勇者(みく視点あり)
今日。私は39層のボスモンスターを倒して40層到達にチャレンジする。
配信開始前には38層を突破しておいて、今日はグレーターミノタウロス戦だけを配信するつもりだ。
『【40層到達を目指して】ボスモンスターを倒す!【みく/MIQQuuM】
「こんばんは!みくです!私は今39層のボス部屋前にいます!」
内心の不安がバレないように、いつも以上に元気に挨拶する。
:待ってた!
:ついにこの時がきた
:初のソロ40層!
:みくちゃん頑張って!
いつもよりコメントの流れが速い。待機の時点で1万人を超えたリスナー数は、今もどんどん増え続けている。
「今日は告知しておいた通り、ついに!39層のグレーターミノタウロス討伐にチャレンジします!」
:みくちゃんならやれる
:頑張れ!
:みくちゃん頑張って!
:みくちゃんなら余裕
コメントは私を応援してくれているものがほとんどだ。早くも2万人を超えたリスナーに見守られながら、私は39層のボス部屋の扉を開けた。
部屋の中央にはボスモンスターであるグレーターミノタウロスが、仁王立ちでじっとこちらを見ている。
中に入ると部屋の扉が重い音を立てて閉じられた。
――ガシャンと鍵が閉まる音。これで退路は断たれた。
「……ふぅ」
一度深呼吸する。自分の中の弱気を吐き出すように。
メテローラ社製の剣を抜いて構えると、それに合わせるように、グレーターミノタウロスも巨大な斧を構えた。
(やれる!……違う。やる!)
自分に言い聞かせ、地を蹴ってグレーターミノタウロスに向かって突っ込んだ。虚を突かれたのか、相手は反応が遅れた。
私の最初の一撃は、完璧に敵をとらえ、その肉を切り裂いた――はずだった。
『グルォォオ!!!』
グレーターミノタウロスが吠える。ボス部屋の空気がビリビリと震える。
――ノーダメージ。
不意を突いた私の一撃は、グレーターミノタウロスを怒らせただけで終わった。
(スピードは私の方が上。翻弄して、攻撃し続ける!)
グレーターミノタウロスが振り回す巨大な斧を紙一重で躱し、死角から斬る。
二度、三度と続けるが、全くダメージが入った様子はない。私の攻撃は、あまりにも軽すぎる。
(このままじゃ……スタミナ切れで負ける……ッ)
逡巡している私に、グレーターミノタウロスが巨大な斧を叩きつけて来た。
慌てて回避するが、そこに敵の蹴りが飛んできた。完璧なタイミング。
――回避は間に合わない。
――ドゴォン!!!
ほとんど反射で剣を割り込ませたおかげでガードが間に合った。しかし、重い蹴りの衝撃で吹き飛ばされてしまった。
「ぐぅっ……ッ!?」
壁に叩きつけられ、少し頭を打ってしまった。視界がぐらりと揺れている。
グレーターミノタウロスは余裕を表しているつもりなのか、ゆっくりと歩み寄ってくる。
(負ける……?私が、死ぬ?)
こちらの攻撃は効かず、相手の攻撃は一撃でこの有様。勝てるわけがない……。
(やっぱり、一人じゃ無理なんだ。私一人じゃ……)
すっかり弱気に飲まれた体が震える。膝はガクガクと震え、歯がカチカチと音を立てる。
――ニヤリ。
勝利を確信したのか、グレーターミノタウロスが嘲笑ったように見えた。
私の心は諦めに支配され、ゆっくりと目を閉じ――
『大事なのは気持ちの強さなんだ。絶対に諦めない、絶対に負けないっていう気持ちが強ければ強いほど効果が上がる』
『皆の応援を力に変えるんだ。絶対にやれるって信じれば、どんな強い相手にだって負けない』
『勇者ってのは人々の想いを力に変えて戦う。みくちゃんは配信を通じてファンの想いを力に変えればいいと思う』
シュウさんの言葉が脳裏に浮かぶ。異世界で本物の『魔王』として勇者と戦って、そして討たれたというシュウさんが教えてくれた言葉。
(皆の……応援を、力に)
閉じていた目を開けて、配信のコメントをみる。
:みくちゃん頑張れ!
:みくちゃん頑張って!
:みくちゃん負けるな!
:みくちゃん頑張れ!
:みくちゃん頑張れ!
いつもの3倍は速く、滝のように流れていくコメント。だけど、何が書いてあるかはわかる。書いてあることはほとんど同じ。何万人ものリスナーが、私を応援してくれている。
(皆が、応援してくれてる……!)
剣を握る手に力が戻った。
震える膝に拳を叩きつけ、何とか立ち上がる。
(……まだだ。まだやれる!)
絶対の決意をもってグレーターミノタウロスを睨みつける。余裕のつもりなのか、敵はこちらを嘲笑っている。
(長引かせても不利になるだけ。……一撃。次の一撃で決める……!)
両手でメテローラ社製の剣を固く握りしめる。
「お願い……みんなの力を貸して!みんなの応援が、私の力になる!」
画面の向こうにいるリスナーに向けて叫ぶ。シュウさんの言った通りなら、それが私の力になる。
:みくちゃん頑張れ!
:俺の力をみくちゃんに!
:受け取ってくれ!俺の願いを!
:みくちゃん!
コメントが加速する。呼応するように剣が纏っていた光も輝きを増していく。
放たれる光は、やがて私の体をも包み込んでいく。
(力が、溢れて来る……)
今までに感じた事のない高揚感。今なら、何だってやれる気がする。どんな強敵にも、負ける気がしない。
(やれる……ッ!)
両手で強く剣を握ると、輝きは更に強くなった。
――今この瞬間、私は光そのものだ。
剣を下段に構える。
「この一撃で……決める!」
最後の力を振り絞って、みんなの想いを力に変えて。
自分の限界を、超える。
「はああああああ!!!」
光輝く剣を思いっきりグレーターミノタウロスの胴に叩きつけ――
「ああああああああ!!!」
力の限り振りぬいた。
爆発的な光の奔流が立ち上り、グレーターミノタウロスを飲み込んだ。
「はあっ……はあっ……はあっ」
静寂がボス部屋を支配していた。
光が消えたあと、グレーターミノタウロスの姿はもうない。
「やった……?」
代わりにドロップアイテムである『40層の鍵』が床に転がっている。
――39層のボス、グレーターミノタウロスの討伐は達成された。
「……やった。やったよ皆!」
:うおおおおおお
:やった!やった!
:おめでとう!
:みくちゃんマジですごかった!
:初のソロ40層!
:やったああああああああ
祝福のコメントが爆速で流れて行く。もはや1つ1つを読み取ることは不可能だが、皆が祝福してくれていることだけは痛いほど伝わってきた。
「正直、危なかった……。でも、皆の応援のおかげで、力が湧いて来たんだ」
:みくちゃん……
:俺の応援も届いたのか
:みくちゃんを推しててよかった
:みくちゃんが負けるわけない!
「みんな、ありがとう!」
床に転がっている鍵を拾い上げ、39層の出口へと歩いていく。限界以上の力を引き出したせいで、足はガクガクと震えている。
鍵を差し込み、40層へ続く扉を開ける。扉の先には階段があり、これを下りればもう40層だ。
一段ずつ、噛みしめるようにゆっくりと階段を下りていく。
「ここが、40層……」
目の前には40層の転移結晶。
ついに成し遂げた。
史上初、ソロでの40層到達。
「みんな、ほんとにありがとう。ここまでこれたのも、みんなのおかげ。これからも応援してね!」
◇◇◇
「懐かしいですか?」
「そうだなあ。あの時の勇者も、あんな感じだった」
みくちゃんの配信が終わり、俺はミディアと感想を言い合っていた。
「人々の想いを力に変える勇者ってのは、配信者と相性が良すぎるな」
「確かに。リアルタイムでたくさんの人に応援してもらえますからねー」
「すぐに俺なんか追い越されちまうかもしれないな」
異世界で俺が戦った勇者と比べれば、みくちゃんはまだまだ弱い。
だが、最後に見せたあの輝き。リスナーの応援を力に変えた、あの輝きだけは。
最終決戦の時の勇者にすら、全く負けていなかった。
みくちゃんは、間違いなく本物の『勇者』だ。




