使ってみました
ハロルドにブレスレットを渡したルティエル。そうして聞こえて来たハロルドの"声"は──。
「失礼いたします」
ルティエルの前では砕けた様子のアイザックも、己の主の前では違う。今日はたくらみもあるせいか、胸に手をあて、一礼して王の執務室に入って行く姿は一段と凛々しく見える。
「本当に大丈夫なの?」
「行ける気しかしません」
執務室の外で声を潜めてミアに聞くも、ドヤ顔をされただけだった。
(その自信はどこから来るんだろうか……)
億劫さを前面に出していると、さぁ行きますよとミアに背中を押された。
(行きたくないよぉ~)
嘆きつつも、この二人を止められなかったのは自分だ。
ルティエルも執務室にそっと一歩踏み入れた。
「なんだ?」
書類から目を離さず用を尋ねるハロルドは、今日も多忙な様子だ。
「陛下にお渡ししたいものがありまして」
「急を要するものでないなら、後にしてくれ」
「ですが、こうしてルティエル様にもお越しいただいておりますし」
「え?」
急に顔を上げたハロルドとバッチリ目が合ってしまった。つい反射で、ルティエルは目をそらした。
(あ……、しまった)
不敬、少なくとも気を悪くするかと、ハロルドの方を向くかと迷っていると
「ルティエル、どうした?こんなところまで来るとは。なにか困りごとでもあったのか?」
席を立ったハロルドが急に近づいてきて、思わずルティエルは一歩下がった。
しまったと、また思ったときには遅かった。
ルティエルにもわかるくらいに、ハロルドは傷ついた顔をしていた。それでも、気を使われたのだろう。ハロルドもまたルティエルから一歩遠ざかった。
気まずい雰囲気が流れる中、コホンとミアが咳払いをした。
「わたしとアイザックから、お二人にプレゼントです」
「なに?」
「さ、ルティエル様」
「う、うん」
ミアに促され、おずおずとルティエルは掌に乗せた先ほどのブレスレットをハロルドに差し出した。
「その、こちらです」
しばらく迷うように手をさまよわせてから、ハロルドはそのブレスレットを手に取った。
「その、七日でいいので、つけていただけないでしょうか?」
目が合わないように気をつけながら、ルティエルはハロルドの斜め横を見上げた。
視界の端のハロルドは、なにやら考え込んでいる様子。
「……そなたもつけるのか?」
「はい、あ、いえ」
「どっちなんだ」
返事でさえきちんとできない。苛立たせてしまっただろうかと不安に思いつつ、ルティエルはこたえた。
「僕はブレスレットではなく、揃いのネックレスでして」
そうしてルティエルはつけていたネックレスに手をやった。
そんなルティエルをじーっと見てくるハロルドに、ルティエルは気まずさしかなくてうつむいた。
「その、お嫌でしたら結構ですので」
「いや、つけよう」
ぱっと顔を上げると、ハロルドはもう手首にブレスレットをつけていた。
「こういうのは、照れるものだな」
(笑って──)
初めて見た、はにかむハロルドからルティエルは目が離せなかった。
「……なんだ?」
けれど、すぐにその顔は不機嫌さんになってしまった。
「いえ、なんでもありません。失礼いたします」
一礼したルティエルは、アイザックもミアも置いて執務室から出て行った。
(なんで笑ったの⁉)
素直な感情を出したハロルドに、ルティエルは心臓がきゅうっとして、思わず逃げてしまった。
「それで、使用方法なんですけどね」
すっかり温室が作戦会議場になってしまった。小鳥もウサギもなにしてるの?と、ルティエルたちのまわりにそっと集まってきている。
「ほんとに、心の声が聞こえるの?」
ルティエルは首から下げた、ひし形の水晶が付いたネックレスを手に取った。
「えぇ。ちゃんと僕とミアとで確認もしましたし、フィルにも注意事項を聞いたのでバッチリっす!」
「えぇ、アイザックの心の声を聞くなんて苦痛でした」
「ちょっと!ひどくない?僕、ただフィルに協力しただけなのに」
もともとはフィリエルがおちゃめ心満載で作ったもので、それを作る過程でアイザックとミアが協力したということだ。まさか本当に人の心の声が聞こえるものが作れるとは思っていなかった三人は、完成品を前に“これは秘匿しておかなければ”と魔導課の最もセキュリティ万全の箱庫に入れていたのをこうして引っ張り出してきたというわけだ。
ルティエルのアフターヌーンティ―の準備を終えたミアも、そっと隣に控えている。
「それで、僕はどうしたらいいの?」
最近、食の進みが悪いので、このアフタヌーンのサンドイッチ、ケーキやスコーンは全部食べろとミアに恐ろしい笑みで言われた。
頷くしかなかったルティエルは、早速ハムときゅうりのサンドイッチを食べながら、アイザックを見上げた。
「ルティエル様は、そのネックレスをつけいれば大丈夫っす。問題は陛下の方ですね、ブレスレットをつけている対象者と五十から百メートル以内にいれば、ネックレスの装着者が対象者の心の声が聞こえます」
「じゃあ、食事の時間につけていたらいいんだね?」
「そうっすね」
「いえ、常につけていてください」
アイザックとミアの声が重なり、アイザックも首をかしげている。
「どうして?」
「付けていれば、わかりますから」
静々とミアにそう言われ、アイザックとルティエルは顔を見合わせた。
そうして、その夜。食事の時間がやってきた。
「ねぇ、ミア」
「はい、ルティエル様」
「その、心の声が聞こえるとして、どう聞こえるの?」
まだルティエルは疑わしく思っていた。そんな人の心の声が聞こえるなんてことありえるのか、と。
「お聞きになればわかります」
しかしミアは、それしか言ってくれなかった。
「ルティエル様がお越しになりました」
侍女に扉を開かれ中に入ると、昼間とは打って変わっての、ざっくばらんなところなどないアイザックがハロルドのそばに控えていた。
(アイザックはちゃんと仕事ができているんだろうか……)
そんなことが気になるルティエルだったが、すぐにその考えは消えた。
『がわいいっ‼』
突然、脳裏に響いた大声に驚いたルティエルは、席に着く前に大きく肩が震えた。
(え?なに?今のどこから聞こえたの?)
キョロキョロとあたりを見回しても、話している者など誰もいない。
「ルティエル様?どうかなさいましたか?」
「え?いや……、なんでもないよ」
しいて言えば、ものすごい形相でハロルドがルティエルを見つめているのが気になるくらいだ。
(今の、なんだったんだろう。でもそれよりも、ハロルドの顔がこわい……)
席に着いてからも、落ち着かない。
ちらりとハロルドを見ると、さっきよりも眼光鋭くルティエルを見つめていた。ハロルドより遅れてきたうえに、席に着くのも遅かったから怒っているのだろうかと逡巡していると、
『なんて愛らしいんだルティエル‼』
またあの声が脳に響いた。
『昨日の丸襟のタイトな服もよかったが、今日の襟元にレースがあしらわれて、ふんわりとした服もルティエルの雰囲気によく似合っている。やはり寒色系が似合うのか⁉いや、一昨日の淡いオレンジの洋装も──……』
延々とルティエルを褒める声が頭に流れてくる。
(これって、これがもしかして、心の声⁉)
しかし確かめるすべがない。ミアに聞こうにも今は食事を運ぼうとしてくれているので、止めるわけにもいかない。
ルティエルは、ちらりと向かいにいるハロルドに目をやった。
『ぎゃあ―――――――――――‼ルティエルと目が合った!かわいい!愛らしい!好きっ‼』
とてもそんなことを考えているとは思えない、迫力のある顔をしているが、今、ルティエルと目が合っているのは、ひとりしかいない。
「……あの、ハロルド様」
「なんだ?」
ルティエルが話しかけると、急に真顔になったハロルドであるが、
『ルティエルに話しかけられた‼声も話し方もかわいすぎる‼』
同じ声で、全く正反対の声が聞こえてくる。
「その、今日は突然執務室にお邪魔して、申し訳ございません」
確かめるためにも、ルティエルは少し話しかけてみることにした。
「気にすることはない。用があれば、いつでも来るといい」
そう言ってテーブルに立てた手に顔を隠したハロルドだが
『ダメだ、目を合わせているだけで意識を持っていかれそうだ。あの大きな目に吸い込まれてしまう!でも毎日来てくれてもいい、ルティエルならいつでも大歓迎だって言いたい!』
「あ、ありがとうございます」
結局、そのあとはなにも話せることはなかった。が、その日の夕食は違う意味で大変だった。
「で、どうでした?聞こえましたか?」
翌日、また温室にてアイザックとミアと集合していた。
「その、聞こえはしたんだけど」
「けど?」
ルティエルは苦渋の顔をしつつ、口をパクパクとした。聞いてるこっちが恥ずかしくなるほどの声を、何とつたえればいいのか考え込んでいる。
(ハロルドがもし、僕が聞いたままのことを考えているんだったら、二人のハロルドに対するイメージも変わってしまうのでは)
臣下として、二人がハロルドを尊敬し、慕っているのはわかっている。だから、あんなことを思っていると言っていいものか悩んでいた。
「ルティエル様、感じたまま仰っていただいて結構です。わたしとアイザックは存じ上げておりますので」
ミアにそう言われても、ためらってしまうルティエルにミアは続けて言った。
「どうせ、『ルティエル様かわいい!天使!』『一挙一動が見逃せない!』や、『愛らしすぎてどうしたらいいんだ!』と言うことを思われていたのでしょう?」
わかりきったようにそう言うミアに、ルティエルは開いた口が塞がらなかった。
「……ミアも、ネックレスを付けているの?」
呆然と聞いてきたルティエルがまるで小さな子どものようで、ミアはその愛らしさに思わず頬が緩んだ。
「いえ、陛下の考えていることが手に取るようにわかるだけです。もう一杯、お茶はいかがですか?」
「あ、ありがとうございます」
新たに入れてもらったカモミールティーはとても香りがいい。茶葉の精製過程で心を落ち着かせる効能も加えられているのだろう。一口飲むだけで気持ちが落ち着いていく。
「その、あれがほんとに、ハロルド様のお声、なの?」
「えぇ」
「ルティエル様もおわかりになりましたでしょう?陛下は、ルティエル様を愛していらっしゃるんです!」
まだ疑う気持ちがうっすらとあったが、二人から太鼓判を押され、ルティエルは顔を真っ赤にした。
「ルティエル様、どうしました?」
「だって、昨日の夕食の時……」
ルティエルは、ずっと大変だった。なにが大変かと言えば、食事をしている間中ずっとハロルドがルティエルを『かわいい』『愛らしい』『お口が小さい』『話したいのに恥ずかしくて声かけられない』『食べるのがゆっくりなところもきゅんとする』とずっと、ずっと言っていたのだ!それが食事中ずっと脳裏に響き、とてもじゃないけれど顔を上げることさえできなかった。
「あ、あんなことをいつも思ってるの……?」
本当は、怖くて仕方がなかった。二人はいいことばかり言ってくれたが、ルティエルへの苛立ちや嫌悪する気持ちが流れ込んで来たらどうしようかと怯えてもいた。けれど結果は全く逆で、耳を塞いでしまいたくなるほどの愛をずっとささやかれていた。だから、今朝の朝食の時間はネックレスを付けていかなかった。あの声がまた聞こえてきたら、どうすればいいのかわからなくなるから。
へにゃりと泣きだしそうになってしまったルティエルを心配するように、肩に乗った小鳥が顔をすりつけて来た。ルティエルもその小さな温かさで穏やかさを取り戻そうとするが中々に難しい。
(てっきり、容姿だけで選ばれたと思ってたのに……)
あんな強い好意を向けられたことなんて初めてで、ルティエルは非常に驚き、戸惑っている。
「いつも思っているでしょうね」
「絶対そうっす。仕事もルティエル様との食事の時間を確保するために、以前よりも効率的に進めるようにされてますし」
当たり前のように二人はうなずいた。
「そうなの?」
単なる義務感で一緒に食事を取るようにしているだけだとルティエルは思っていたのだ。
「ルティエル様、今、ネックレスはどうされていますか?」
急にミアに聞かれた。
「ここにあるよ」
万が一、盗まれて悪用されることもあればと考えるとネックレスを部屋に置いておくわけにもいかず、ルティエルはハンカチに包んでポケットに入れていたネックレスを取り出した。
「もう一度申し上げますが、常に身につけるようにしてください」
そうしてササっとミアにネックレスをつけられてしまった。
「でも、またあの声が聞こえてくるかと思うと」
もしかしたら嫌われているのかもしれないと思っていた相手から、これでもかというくらい愛をささやかれ続けるなんて、急な展開すぎる。心がついていかない。
「ご不快でしたか?」
「そんなことはないよ!ただ……」
本当に、本当にハロルドが昨日聞いた通りのことを思っていてくれているのなら、うれしいけれど恥ずかしくて仕方がない。
ミアもアイザックも、心配してくれているのはわかっている。でもハロルドの心の声を勝手に聞いているのも確かで、それに対してはやましい気持ちも大きい。
ルティエルは考え込み過ぎて、両手で顔を覆った。
「いいのですよ、それくらい。我々どれほど陛下に申し上げたことか」
「そうですそうです、直接愛をささやけないのなら、ささやいているところを聞いていただくしかないのです」
変なところで気が合う二人である。
「それで、ルティエル様は今後どうされますか?」
「え?僕?」
「はい、陛下がルティエル様に惚れこんでいるのはお判りいただけたかと思います。ルティエル様が陛下とこのままご婚姻いただけるのであれば、我々は惜しみなく協力したいと思っています。うちの陛下が本当に、国政の場でも戦場でもあんなに素晴らしく活躍されるのに、こんなに恋に奥手であるというのは、ため息ものですが」
はぁ、と深いため息を吐くミアの隣で、アイザックもお手上げだというように首を振っている。
「そのため、ルティエル様がどうしたいのかお聞きしたいのです」
ミアとアイザックの真剣な視線に、ルティエルは黙り込んだ。
(僕がどうしたいか──)
できればこのままこの国にいたい。それは戻れば必ずこれまでよりもひどい扱いを受け続けるジクルス国に戻りたくないという気持ちも、ラティエス帝国から資源と食糧をジクルス国が受けているというのもある。けれど、それよりも
(“きれいだと、思うがな”)
あんなこと、初めて言われた。ちゃんと話をして、話を聞いてくれた。自分を否定しない人と、初めて出会った。だから本当はまだ、諦めたくなかった。
これが友情なのか、恋情なのか、愛情なのかはまだわからない。でも、あのときハロルドと過ごした時間を、もう一度過ごしたいと願うから。
「ハロルド様と、もう少しだけでも近づきたい。でも、僕は本当に、家族とすら距離のある関係しか築けて来なかったから、その、ハロルド様とも仲良くできるか自信がない。だから、協力してくれる?」
不安げに見上げたルティエルに、ミアとアイザックはにっこりと笑った。
「もちろんです」
「お任せください」
自信満々に笑う二人に、ルティエルは心の底からほっとした。




