企てます
そうして次の日から、ハロルドとルティエルは食事をともにするようになった。食事の間は広く、壁は金で装飾されているのを見たルティエルは、豊かな国だと改めて思った。大きな窓からは温かな日差しが心地よく降り注ぐ。
「ルティエル様、どうぞ」
食事の際は、大きく長いテーブルの端と端に座り、カラトリーの音が微かにする会話のない、黙食だった。
なにか話した方がいいかとルティエルがハロルドの方を見ると、一瞬でハロルドの眉の間に濃い皴ができ、不快そうな視線を向けられる。それはキャロリアの視線を彷彿させ、ルティエルの心臓は嫌な鼓動を打った。
(やっぱり僕は、どこにいても、誰にとっても目障りな存在でしかないのかな……)
はじめは気のせいかと思っていたが、毎日ハロルドはそんな様子だ。
「では、行ってくる」
黙々と食べるので、食の細いルティエルがゆっくりと食べている間にさっさと食べ終わるハロルドは先に席を立つ。
「お見送りを──」
「結構だ。ゆっくり食べるといい」
鋭い視線を向けられ、ルティエルは動けなくなった。
「陛下、お待ちください」
そうして、スタスタとアイザックすら置き去りにしてハロルドは食事の間を出て行ってしまう。
日中、ハロルドは政務で忙しくしているため、ルティエルと過ごせるのは食事の時間だけ。ハロルドの繁忙によって昼食は別で取ることもあるが、朝晩は必ず食事を一緒に取る。けれど話すことはなく、目が合えばにらまれる。
(そんなに、不快そうにしなくても──)
初めから何も期待していなければ、こんな気持ちにならなかっただろう。けれどそうではなかったルティエルの気持ちは、しぼんでいった。
次第にルティエルは、食事の席で顔を上げなくなっていった。段々と、食事の時間が苦痛となっていく。
(やっぱり、お飾りの后、なのかな……)
そうだとしても、ジクルス国にいるときより、自由がある。食事も暮らしも困ることなく、侍女まで付いている。たから、これくらいは耐えないと。
そう自分に言い聞かせ、そんなことが一か月続いた。
「ルティエル様、お食事の支度が出来ました」
けれど、食事の時間が来ると気が重くて仕方がない。
「ねぇミア。僕のベール、どこにあるかな」
せめて、直接姿が目に入らないように、ハロルドを不快にさせないようにベールを被れば、にらまれないで済むかもしれない。
「ベールは処分いたしました。ルティエル様にはもう不要なものですので」
「そっ、か……」
さぁ参りましょうと部屋の扉を開いたミアを従え暗澹たる気持ちで食事の間に向かうと、すでにハロルドは座っていた。
「申し訳ありません、お待たせいたしました」
「いや……」
目が合うと不快に思うかもしれないから、目を合わさないように詫びてから、ルティエルは席に着いた。
シーンと静かな食事の時間。今日も食事を運ぶ侍女の足音とカトラリーの音だけが小さく響く。
(食欲、ないな……)
ジクルス国にいたときは食事が与えられないこともあった。だから食べられるだけで感謝しなければならないと思っていても、喉がつかえてしまう。
スープとサラダを食べたところで、ルティエルは手を止めた。
無理にでも食べるか、それとも──
「ハロルド様、すみません。食欲がないので部屋に戻ってもよろしいでしょうか」
「……どこか具合でも悪いのか?」
ルティエルが先に部屋に戻るのにも不服なのか、声が低い。
「いえ、少し休めば大丈夫です」
決して目が合わないように、ハロルドの前に置かれているプレートに目をやった。
「私の力で治そう」
「え?」
思わず、ルティエルがハロルドの方を見ると、久々にハロルドは顔をしかめていなかった。
「私の光の力は生命を強化の力。軽い不調なら治せる」
ハロルドが立ち上がって近づいて来るので、結構です、と胸の前で両手を小さく振った。けれど、遅かった。
「医務室に参る!」
(ぎゃあっ!)
ルティエルの前に立ったハロルドに、ルティエルは軽く横向きに抱え上げられてしまい、驚きのあまり叫び声すらあげられなかった。
「向かいながら私の力で治す。お前はそのまま医務室で休んでいればいい」
ルティエルを抱えるハロルドの手が、少しずつ温かくなってきているのを感じた。力を使われても、治るわけがない。
「そんな貴重な力、僕に使うなんてもったいないです!」
ハロルドに抱えられながら、ルティエルは大声で拒否した。
「だが──」
「本当に、大丈夫ですから」
ルティエルは、ハロルドと目が合わないように、視線を外しながら弱弱しく微笑んだ。視界の端で、ハロルドがこちらをじっと見ていた。
「……そうか。戻ってよい」
ゆっくりと下におろされたルティエルは、うつむいたままハロルドに一礼した。
「それでは、失礼いたします」
「あぁ」
ルティエルはその場を後にした。
「ルティエル様、医師を呼びましょうか」
「ううん、大丈夫。ありがとう、ミア」
廊下を歩いている中、心配そうなミアには申し訳ないが、それでもあの場から去りたかった。
けれど、いつも避けてはいられない。王の不興を買っては、国に返されるかもしれない。
ルティエルの輿入れる代わりにラティエス帝国から資源と食糧を受け取っている。だから、帰るわけにはいかなかった。
(僕の髪と瞳の色だけ輿入れを決めて、僕自身は不服なのだろう)
目が合うだけで、こうも不快な顔をされると、さすがに傷つく。それが、好意を持ってくれたのではないかと期待していた相手だから、なおさら。
王族の集いで話した一瞬で自分を温かく包んでくれたハロルドは、もう幻のように感じていた。
翌日、朝食の席で珍しくハロルドの方から話しかけられた。
「体調はもう、大丈夫か?」
「えぇ、ご心配をおかけしました」
今度は、ハロルドの手元を見て答えた。
「……そうか」
いつもより覇気がなく、小さなハロルドの声だったが、ルティエルはそれにも気づかなかった。
それから、たまにルティエルは体調が悪いフリをして、ハロルドとの食事を避けるようになった。
(どうしようかな……、虚弱な者などいらないと国に返されたらどうしようか)
まだハロルドとルティエルは正式に婚姻していない。皇太后が『お互いを知り、心が結ばれてからにしましょう』と猶予期間が設けられている。大国の余裕だなと思っていたが、いつでも“返品”される可能性があるということでもある。
(お互いを知り、心が結ばれてから、か)
ふっ、とルティエルは冷笑した。
期待しないようにと自分に言い聞かせてはいたけれど、それでも少しは期待してしまっていたから落胆もあった。もしかしたらハロルドとなら、良い関係が築けるかもしれないと思っていたが、そうはならないようだ。
(いつも僕は、自分の容姿に振り回されるな)
力がないことは、この容姿で許されているのだろう。けれどこの銀の髪と、翡翠の瞳を持つこと、そして子を産める体質が、いつも自分を惨めにする。そんな自分の本質をハロルドは気に入らないのだろう。
これからのことを思案しながら、宮廷の温室を寄って来た小鳥たちと戯れながら、ふらふらと歩いていると、「ルティエル様―!」と後ろから走って来たアイザックに言われたのだ。
「陛下がいかに、ルティエル様を愛しているかを、です!」
「………」
ルティエルの顔は能面になった。
「あの、アイザック」
「はいっす」
キラキラとした視線を向けてくるアイザックに告げるのは酷かもしれない。けれど、落ち着いてルティエルは話し始めた。声が震えないように、両手をぎゅっと握りしめた。
「そう言っていただけるのはありがたいのですが、きっと、ハロルド様は僕が“聖鳥”と同じ銀髪で緑の瞳だから迎え入れたに過ぎないのです。だから、后としてハロルド様の隣に立たれる方は他の方に──」
「違うんす、陛下はルティエル様に惚れこんでいるので他の方をお迎えする気なんてありません!」
「………ありがとうございます」
その励ましに、ルティエルは無理して笑うしかなかった。
そんなルティエルの諦めがわかったのだろう。
「ルティエル様、ちょっとこっち付いてきてほしいです」
「え?どこへ?」
「いいから、こっちっす」
そうして足早にアイザックが行ってしまうから、ルティエルは付いていくしかなかった。
「フィル、いるか?」
アイザックが入って行ったのは、宮廷内の『魔導課』だった。
「わぁ……」
ルティエルは声を上げてしまった。魔導課の、その部屋の汚さに。
「おーい、フィル」
紙と本の山をかきわけながら、アイザックはどしどしと進んでいく。アイザックがかきわけた通路に続き中に入ると、棚に見たことのない草花がゆるやかな光を放つ瓶や、銀細工でできた秤のような、何に使うのかもわからないものが置かれていた。
「おや、アイザック。どうしたんだい?」
「ちょっと貸してほしいもんがあってさ」
いったいどこから声がしているのかと思えば、
デスクにおかれた紙の山のせいで、人がいるのが見えなかった。
ひょいとその山を覗くと、丸メガネで小柄な少年が座っていた。
「おや、これはこれはルティエル様ではありませんか」
丸メガネの少年はくるりとルティエルを向いた。
「初めまして。魔導課副官のフィリエルと申します」
「初めまして」
人好きの良い笑顔を向けてきたフィリエルは、ルティエルの全身をじろじろと見、なるほどとつぶやいた。
「この方が陛下の想い人ですか~」
「いや、そういうわけでは」
ルティエルが否定しようとしたが、「そうなんだよ!」とアイザックの声が響いた。
「それなのに陛下ときたら、てんでダメなんすよ。だから、こないだ見せてくれたアレをルティエル様に貸していただきたい」
「あ~、アレね」
フィリエルが立ち上がると同時に紙の山が崩れたが、当人は全く気にもしないで奥の棚から手のひらに乗るも重量感のある小さな箱を取り出した。フィリエルが魔力の鍵を何度も出現させ開錠していくも、何重ものシールドがかけられているのだろう。バラの蕾が花開く様に箱は自ら開き、また中の箱を出現させる。
(いったい、なにを取り出そうとしているんだろう)
目当てのものを取るまで一苦労な様子に、ルティエルは少し不安になった。
「どうぞ。また効果のほどを教えてくださいね」
けれど、当のフィリエルはいたずらっ子の笑みを浮かべ、アイザックにそれを渡した。アイザックは軽く礼を言うと、そのままルティエルを連れて魔導課を後にした。
「アイザック、それはいったいなんですか?」
温室に戻ってからルティエルがそう聞くと、回答したのはミアだった。
「これは、相手の心が声が聞こえる魔道具です」
「え⁉」
驚くルティエルに対し、ミアは静かにお茶を入れた。
「どうぞ。茶菓子もたんとお食べください。今日の朝食も少なかったですから」
「あ、ありがとう」
ミアの圧に押され、ひとまずルティエルは紅茶を一口飲んだ。
「その、それで二人はこれを使って僕にどうしろと?」
ルティエルがクッキーを手に取ると小鳥たちがテーブルに降りて来た。ルティエルは砕いたクッキーを置いてやった。
ミアとアイザックは顔を見合わせ、頷いた。
「もう陛下がルティエル様に照れて照れて仕方がないので、最終兵器です!」
「照れてって……」
語弊が激しいと思っていると、フィリエルから受け取った二つのアクセサリーをアイザックがルティエルに渡した。
「これ、こっちのブレスレットを陛下にお渡しください。そしてこのネックレスはルティエル様に」
ルティエルが指でつまんだブレスレットには、小さな水晶が付いていた。
これでバッチリ!と、アイザックもミアもルティエルに親指を立てて向けた。
「これで恥ずかしがり屋の陛下の心を知れば、いかに陛下がルティエル様を愛しているかわかるはずです」
熱を入れて語るアイザックに、腕を組んでミアは深く頷いている。
「そんな、バレたら本当に殺されるのでは……」
今でさえ、ハロルドのひとにらみで心の痛みが大きいのだ。こんなものを使ってハロルドにバレでもしたら、物理的にも大きな傷を負う危険性が高すぎる。そんな自分を想像して、ルティエルは震えあがった。
「大丈夫ですよ、少なくとも陛下はルティエル様には手出しできません。いろいろと噂はありますが、そんな簡単に人を殺す人でもありませんので、多分!」
「多分って……」
ルティエルが不安げに両掌に乗るアクセサリーと、アイザックとミアを交互に見ていると、アイザックは話をつづけた。
「もうミアとも話して、この手しかないかと。そうじゃないといつまで経っても解決しないから力づく、です」
ふんっ、とアイザックは左手の拳を強く握った。
「だからってこの方法はどうかと」
「いいえ、陛下の奥手具合はわたしたちの想像を遥かに超えていました。ルティエル様が陛下に愛想をつかす前に、わたしたちは何とかしなければならない使命があるのです!」
ミアも淡々とした口ぶりであるが、風の使い手のミアの足元には軽く風のサークルが出来上がり、ミアのスカートの裾が軽くなびいていた。
(えぇ~……)
もうこの二人を止めるのは無理だと悟ったルティエルは、心の底から観念した。
次回からついに本編くらいの気持ちです




