嫁ぎに来ました
それから三ヶ月後。ルティエルは船旅を終え、ラティエス帝国に嫁ぎに来た。ベール越しでも、青く晴れ渡った空が美しい。
船が港に着くと、王への輿入れの知らせを聞いたラティエス帝国の民がルティエルを一目見ようと集まっていた。兵士たちが後ろに下がるようにと叫んでいる。
(大変だ……)
自分なんてそんなに大層なものではない。それなのに、こんなに見に来てくれるなんて、と恐縮して船から降りられずにいるとバサッと空気を切る音がした。
「……あぁ、今日からよろしくね」
ルティエルがそっと視線を上にあげると、白い鳥たちがルティエルを囲うように、ルティエルを迎え入れるように飛んでいた。
「おい、あれ見ろよ!」
「なんて美しい光景なんでしょ」
あちこちから民の歓声が上がって、兵士たちがそれを収めるもの一苦労しているようだ。
(ありゃ……、早く落ち着く様に馬車に乗った方がいいよね)
ルティエルが船から降りていくと、中で最も大きなものが、大きな翼を羽ばたかせながらルティエルの元へと寄って来たので、ルティエルはそっと腕を上げて、乗せてやった。
「お前があの子たちを連れて来たの?」
船のあちらこちらで羽を休める鳥たちは、自らのボスがルティエルに挨拶をする様子をじっと見守っているようだ。ルティエルが反対の手で頭を撫でてやると、心地よさそうにルティエルに頭をすりつけて来た。
「挨拶に来てくれて、ありがとう」
ルティエルが港に降り立つと、ルティエルの腕に乗っていた鳥が飛び立ち、他の鳥たちも一斉に空へと舞い上がった。快晴の空に鳥たちが舞う姿はなんと清々しいものだろう。周囲の民もその様子にまた声が上がっている。
(どうかこの国で、疎まれることなく過ごしていけますように)
そんな中で、ルティエルは祈りにも近い気持ちで空を眺めた。
「ルティエル様、お待ちしておりました。さ、こちらへ」
ルティエルに恭しく近づいてきた王宮からの使いは、ルティエルを馬車の元へと案内した。
(うわ~、なんかおとぎの国のような……)
「どうぞ」
御者の手を借り、ルティエルは馬車に乗り込んだ。民が手を振ってくれるので、慣れないながらもぎこちなく手を振り返すも、自分がこんなものに乗るなんて、と乾いた笑いがこみ上げてくる。
馬車は白を基調とし、扉には小さな紫の花模様が細工され、もちろん中も天井に白い鳥が舞う様が描かれ、座り心地も抜群によかった。
(馬車なんて初めてだから、緊張する)
初めは身を固くしていたルティエルも、馬車から見える街々の活気がふれている様子、初めて見る景色に段々と魅了されていき、窓からの景色を楽しんだ。
「お待ちしておりました、ルティエル様。僕は宮廷秘書官のアイザックと申します。なんなりとお申し付けください」
宮殿に着き、馬車から降りると仰々しく出迎えられた。アイザックの後ろには、ずらりと並んだ侍女が恭しく頭を下げている。
「よ、よろしくお願いします……」
「それでは、ルティエル様の宮へご案内いたします」
「はい」
そうしてアイザックの後ろにルティエルが続くと、馬車を引いていた馬がルティエルに続こうとした。
「こら、どこへ行く」
御者が声を上げるもルティエルに付いていこうとする馬は、ブフンと粗い息を吐いた。
気づいたルティエルは振り返り、馬に駆け寄った。
「こら、お前はここまでだよ。今日は送ってくれてありがとう。またね」
ルティエルが頬を撫でてやると、仕方なしというように大人しくなった馬は御者に従って元の道へと戻っていった。
そんなルティエルをその場にいた者達はじっと見つめていた。
(しまった!待たせてしまった)
ルティエルはハッとしてアイザックのもとに走って戻った。
「ごめんなさい、勝手に」
「いえ、こちらへどうぞ」
にっこり笑ったアイザックに続き、ルティエルは宮殿に足を踏み入れた。
宮殿の中も、ジクルス国とは比べ物にならないほど豪華なものだった。
(贅の限りを尽くすって、こういうことを言うのかなぁ)
置かれている花瓶や絵画ひとつとっても違いがはっきりとわかる。ルティエルは口を開いたまま、宮殿をきょろきょろと見てしまう。
「ルティエル様?どうかなさいましたか?」
すっかり宮を眺めるのに夢中で、アイザックと離れてしまっていた。
「すみません、宮殿が美しく、足を止めてしまっていました」
「それはよかったです!陛下もルティエル様が来られるからと、張り切っておられました」
男としては小柄なルティエルが少し見上げるくらいのこの秘書官は、少し年上と言ったところだろうか。短めの茶髪に薄く青い目、はきはきと元気良い雰囲気に好感が持てる。紺地に金色の刺繍の入った詰襟服に黒のズボンと品の良い服装であるが、本人の性格のせいか、少し幼く見える。
「あ、陛下は政務が立て込んでおりますが、終わり次第こちらに来られるとのことです」
「わかりました」
「先に湯あみしておくつろぎください。お疲れでしょうし。そうしている間に陛下も来ると思います」
「ありがとうございます」
部屋まで案内されると、アイザックと交代に侍女長のミアに連れられ浴場までやってきた。こちらも年齢はさほど変わらないだろう。ひざ下から足首までスリットの入ったタイト過ぎないロングワンピースに白いエプロンがこちらの侍女の服装のようだ。きっちりと上げた髪に几帳面さが見える。
浴場も予想以上に広く、それに花が浮かべてあり、いい香りがする。
「今日は疲れているだろうからと、陛下が朝から摘んできた花です」
ふふ、とミアが微笑んだ。
「王が、自らですか?」
「えぇ。陛下は本当に今日という日を楽しみにしておられました」
信じられない。本当にそうなのだろうかと思いながらも、期待する気持ちが膨らんでしまう。
(僕が来たことを、喜んでくれるだろうか)
段々と緊張が期待を超えそうになっていた。
「さ、お召し物を」
「え、大丈夫です。あとは僕一人で」
ルティエルは恐縮しつつ、ミアから一歩後ろに引いた。
「そうは参りません。これもわたくしどもの仕事ですから」
さ、と侍女に服を脱がされつつも、ルティエルは慣れないことに体を固くしていた。なにせジクルス国にいたときも他の王子王女はお付きの侍女に世話されていたが、ルティエルはそうではなかった。最低限、王子としての扱いは受けていたが、自分のことは自分でするが大半だった。自分付の侍女にかしづかれるのも初めてのことだ。
それに、もう一つドキドキしてしまう理由がある。
そっとミアがベールの裾に手をかけた。
「ルティエル様、ベールもお預かりしてよろしいでしょうか」
「あ……」
上着を脱いだところでそう言われ、ルティエルは一瞬躊躇した。
ミアは決して、無理に取ろうとせず、そっとベールに触れているだけだ。もしかすると、先に王からなにか言われているのかもしれない。
(いずれは、わかることだ)
ゴクリと唾を飲みこみ、意を決したルティエルは、ゆっくりと己の手でベールを外した。肩までかかる銀髪と、緑の瞳があらわになる。さっきとは違う鼓動がルティエルの胸を打つ。
ベールを外してから、周りにいた侍女たちがじっとルティエルを見つめてきているのを肌で感じた。
(……やっぱり、気味悪かっただろうか)
ルティエルが強く目をつぶると、ベールを握る手がそっと温かな手に包まれた。
「まぁ、ルティエル様。なんてお美しいのでしょう」
「……え?」
その声にそっと目を開けると、周りの侍女が頬を染めてルティエルを見つめていた。
「陛下からも聞いておりましたが、光り輝く美しい銀髪に、大きな翡翠の瞳。陛下が惚れこむのもわかりますわ」
「………気味、悪くないの?」
「えぇ、もちろんです!聖鳥と同じ色を持つ方を后に迎えられるだなんて、こんな幸運めったにありませんわ」
「……聖鳥?」
湯あみをしながら、ミアから説明を受けた。
「聖鳥は遠い昔、我が国が獣害により飢饉に陥った時にメシア、アクティス様より遣われた緑の瞳と銀の翼を聖獣です。聖鳥が一鳴きすると、魔獣は人から奪うことをやめ、森に帰り、この国に恵みがもたらされたと伝えられております。ですから、特に魔獣被害のある特に北西の街では信仰が厚くはございますが、我が国ではルティエル様の持つ色には特別な意味があります」
(そうか、それでか)
ルティエルはなぜ自分が選ばれたのか、疑問に思っていた。ジクルス国にはラティエス帝国から資源がもたらされることになったが、ラティエス帝国にはジクルス国の技術とルティエルが嫁ぐことになったのみ。ジクルス国にとってはこの婚姻に大きなメリットがあるが、ラティエス帝国にとってはそういえないと、ルティエルは考えていた。けれど、これではっきりとした。ハロルドは、ルティエルに興味があるわけではない。きっとルティエルが銀髪で、翡翠の瞳を持っていたから。信仰と紐づけられるから、民にとって『恵の象徴』としやすいだろう。ただそれだけ。銀髪で緑の瞳をしていれば、きっと誰でもよかったのだろう。
「ルティエル様?」
「ううん、なんでもない」
期待もすっかりしぼんでしまったルティエルは、冷えた体で湯から上がった。
(うぅ、視線が痛い……)
湯あみを終え、ルティエルはベールを被るのをやめた。それが、己に望まれていることだと思ったから。ここで生きていくために、必要だと思ったから。
軽やかで上質の絹に細かな刺繍が織り交ぜてあるラティエス帝国の装束に、ブルーダイヤモンドの宝石がルティエルの美しさを際立たせる。
そんなルティエルを周囲の侍女がうっとりと眺めている。
(この国にいるときは、ずっとこういう視線を向けられるのだろうか)
母国とは違う視線の向けられ方に、ルティエルは戸惑っていた。
「失礼いたします。ルティエル様、陛下がお渡りになられまぁ……」
あんぐりと口を開けたまま、アイザックは停止した。
「……あの、アイザック?」
やはりベールを被ったままの方がよかっただろうか。一瞬で消えてしまいたくなるほどの不安に襲われていると、アイザックは「なるほど」とあごに手をあて顔をグッと近づけてきた。
「ひぇ……」
ルティエルは思わず、首をひっこめた。
「いや~、おきれいでびっくりしました!陛下が惚れこむのもわかっ……っ痛!」
急にアイザックが視界から消えた。
「お前は、それ以上近づくな……」
どうやら、しかめ面のハロルドがアイザックを投げ飛ばしたようだ。
「いきなり何するんですか。いたいですよ~」
ハロルドはなにも言わずにアイザックをにらみ続けている。
「アイザックが悪いでしょう。后になられる方に無礼ですよ。いつも言っていますが、あなたはもう少し落ち着かれてはどうですか」
「ミアまでひどい」
嘘泣きをするアイザックをミアがちくちくと刺す。そんな二人のやりとりも、ルティエルは耳に入って来なかった。
(本当に、あのときのハロルドだ)
ソファから見上げたハロルドは、政務後なのだろうか。鮮やかな青のローブ姿で、あの時と同じポーカーフェイスだ。
「ハロルド様……」
小さく名を呼んだルティエルを見たハロルドは、一瞬、顔を赤くしたと思えば
「──⁉」
にらむような形相をルティエルに向けた。
「あ、あの、ハロルド様……」
「長旅であっただろう。今日は早めに休め」
温度のない声でそう言うと、ルティエルの返事も待たずに踵を返して部屋から出て行こうとしたハロルドは、まるで獲物を見るような鋭い眼光で振り返った。
「明日より、食事はともにする」
「わ、わかりました」
立ち上がってハロルドを見送ろうとしたが、その前にハロルドは部屋から出て行ってしまった。しかも、怒っていたのか大きな音を立てて扉を閉めて。
(……なんだ、あれ)
集いの時に会った、透き通った涼やかさのある雰囲気とは違い、今日のハロルドは周りを委縮させる黒いオーラを身にまとっていた。
(僕が怒らせるようなことをしたのか、やっぱりベールを外したから──いやでも、外してほしいと言っていたし。……本当は今のハロルドが素なのだろうか)
さっきまでのアイザックやミアから聞いていたハロルドとも全く違う。
「ルティエル様、申し訳ございません。陛下、お待ちください」
置いて行かれたアイザックは、急いでハロルドを追いかけた。
「照れているようです」
しょうがない、と言わんばかりにミアはため息を吐いた。
「え?あれが?」
「わかりにくいですけど、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか。陛下は緊張しいなんです」
確かに、一瞬であるが頬が赤らんではいた。
「……わかりました」
腑に落ちなかったけど、ミアにそう言われては待つ選択肢しかなかった。
次回、ごはんtime




