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陛下、心で愛を叫ばないでください!  作者: 碧瀬まど


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2/18

出会いました

思わず声を上げたルティエルに、男は怪訝な顔をした。

「し、失礼いたしました」

急いで被らないと、とルティエルがベールに手を伸ばすも、ベールの上では遊び疲れた小鳥がスヤスヤと休んでいた。

「お前たち、ごめんね、どいて」

ルティエルがベールを引っ張っても、小鳥たちはきょとんとした目で見上げて来るばかり。

「なぜそんなに焦っている?」

「へ?」

いつの間にか慌てるルティエルの隣にしゃがんだ男は、じっと真横からルティエルを見つめた。

しっかりと目を合わせてしまったルティエルの背中に、サーっと冷たいものが流れた。己の銀髪も、翡翠の瞳も、しっかり見られてしまった。

(“お前は本当に、気味が悪いね”)

耳から離れない声が、頭に響いた。

急いで顔を下げるも、もう遅い。

「申し訳ございません」

勢いよく頭を下げたルティエルに、不思議そうな男の声が振って来た。

「なぜ、謝る?」

「……その、気味が悪いでしょう?僕の容姿は」

自分で言っていても情けない。だがその通りだから仕方がない。

ようやく小鳥たちを両手で己の足の上に乗せたルティエルは、ベールを被った。突然のことに、心臓が嫌な脈を打つ。

(見られた……)

終わった。そんな気持ちでいっぱいだった。

「きれいだと、思うがな」

その零れ落ちた声に、ルティエルはすぐに反応できなかった。聞き間違いかと思ったのだ。

「……え?」

そっと隣に座った男は、じっとルティエルを見つめていた。その頬が、若干赤くなっている。

「だから、その、きれいだと言ったのだ」

その照れた顔を、ルティエルもじっと見つめた。

「……目がお悪いのですか?」

「失礼な!」

そう言うと、男はプイッとそっぽ向いてしまった。そうすると、耳も首も赤くなっているのが視界に入った。

(本当に、そう思ってくれたんだろうか)

信じられない。自分をきれいだと思う人がいるなんて、思いもしなかった。男の素直な反応に、困ってしまう。

「……なんだ?」

「いえ、なんでもありません」

不貞腐れているようだが、男は再びルティエルに顔を向けた。

形のいい頭に、金髪に碧眼、形のいい薄い唇。一目で良い体躯をしているのもわかる。手足も長いからか、隣に座っているだけなのに窮屈そうだ。

(この人さっき、人垣の中心にいた人だ)

気づくまで、時間はかからなかった。

会場にいたときは見えなかったが、その髪と瞳の色に合わせた白地に金と水色の刺繍を施し、細やかな宝石をあしらっている装束を見るだけでも、高価なものだとわかる。それに引き換え──

(白地にレースをあしらっているだけの僕の服装はさぞ簡素に見えるだろうな)

さぞ豊かな国の王子なのだろうと察しが付く。

「どうした?」

静かになったルティエルを不思議に思ったのだろう。男はルティエルを覗き見た。

「いえ、なんでもありません」

急に近づかれて驚いたルティエルが男と反対の方に手を付いて距離を取ると、膝に乗っていた小鳥たちがピヨピヨと飛んでいってしまった。

(び、びっくりしたー!あんなに顔を近づけて来るだなんて)

さっきとは違う鼓動を心臓が打った。

人から遠巻きにされるのがルティエルの日常だ。見知らぬ人に近づかれるだけでも、緊張するのに、誰に聞いても綺麗だと言われるだろう顔が近づいてきたんだからなおさらだ。

そんなルティエルの様子に男は首を傾げた。

「まぁよい。それで、お前はここでなにをしている?」

ルティエルの隣でだらっとあぐらをかいた男は、リラックスした様子で話しかけて来た。

「えと、少し疲れてしまって休んでいました。あまり人が多い場所は慣れてなく……。その、あたなは?」

「ハロルドだ」

「その、ハロルド様は?」

「私も同じようなものだ。挨拶だけでくたびれた」

ハロルドは肘をついた手に顔を乗せ、大きくため息をついた。

あれだけ人に囲まれていれば、疲れるのも当然だろう。

(大国の王子なのだろうか……)

今後はルティエルが首をかしげていると淡々と聞かれた。

「お前、名は?」

「あ、申し遅れました。僕はルティエルと申します」

「ルティエル」

確かめるように名を呼んだハロルドは、そっとルティエルのベールに手を伸ばした。伸ばされた手首を、ルティエルは反射でつかんでだ。

「なにをする」

「それは、こちらのセリフです」

ハロルドは先ほどからあまり表情が変わらないが、それでもむぅっとしたように眉が寄った。

「ベールを外して、顔を見せて話してくれないか?この私に無礼だ」

「非礼はお詫びします。ですが、お聞きできません」

「なぜだ?」

「その、僕の国では、これがルールですので」

ルティエルが手を離すと、ハロルドはもっと納得のいかない顔をした。

「ルティエルはいつも、ベールを被っているのか?」

ベール越しでもハロルドが、立てた膝に顔を乗せてじっとこちらを見つめているのがわかる。そのふてくされた幼い様子に、ルティエルの心は少し穏やかさを取り戻した。

「えぇ、僕の容姿は人を不快にさせますので」

淡々と、事実として伝えた。

「……それは、美しすぎるからか?」

きょとんと尋ねて来たハロルドがなにを言っているのか、ルティエルはわからなかった。

「そうではなく、……ハロルド様は僕を気味悪く思いませんか?」

「全く」

首を振るハロルドは嘘をついているようにも見えない。素直にそう答えたように思えた。

そんなハロルドの様子に、思わずルティエルは膝に顔を乗せた。

「どうした?」

「……そんな風に言ってもらえたのは初めてで」

泣きたくて、仕方なかった。けれどいきなり泣き出したら迷惑をかけてしまうこともわかっている。膝を抱えたままルティエルは我慢した。

(その言葉を聞けただけでも、今日ここに来れてよかった)

国が違えば、価値観も違うのかもしれない。忌み嫌われる自分の容姿も、ハロルドにとってはそうでないように。

「ルティエルは、どうしてここに来たのだ?外交のためか?」

ベールの下でうっすらと涙をぬぐいながらも、ルティエルはこたえた。

「いえ。お恥ずかしながら、嫁ぎ先を見つけに来ました。その、僕は男ですが、子を宿せますので……」

だが、こちらの問題は一生付きまとうものだ。言いながらも、ルティエルからは先ほどの幸福感が遠ざかり、惨めな気持ちがやって来た。

「そうか。私もだ。縁談は来るのだが、一度も会ったことのない者との婚姻など嫌だと言っていたら、自分で伴侶を見つけて来いと言われてな」

はじめから自分の相手ではないと思っているからだろうか。ハロルドはルティエルの体質を聞いても、表情一つ変わらなかった。

「良い方は見つかりましたか?」

ルティエルのその問いに、ハロルドはじっとルティエルを見つめてから、ふっと笑った。

「………ハロルド様?」

聞いてはいけなかったのだろうか。

だんだんとルティエルが不安になってきていると

「そうだな。良き相手が見つかった」

やっとこたえたハロルドは、小さく微笑んだ。

(よかった、失礼なことを言ったかと思った)

ルティエルが目を伏せて安心していると、ハロルドがルティエルのベールをそっとめくり上げ、己の顔を入れてきた。

「あっ……」

ルティエルが後ろに引こうとすると、そのせいでベールがひらりと舞い落ちる。

急いでベールを拾おうとルティエルが左手を横へ伸ばすも、その手はハロルドに捕まれてしまった。

(どうしよう、どうしよう……)

ハロルドがじっと見つめてくるので、ルティエルは羞恥で目元がジワリとして来た。加えて、どうしようもなく距離が近い。ハロルドの胸板が、ルティエルの肩に触れている。

「ルティエル、こっちを向け」

ベールの方を向いたまま、ルティエルは固まった。

嫌に音を立てる心臓と、焦る気持ちが抑えられない。きっと小さく手が震えているのもハロルドには気づかれているだろう。

さっきハロルドはルティエルをきれいだと言ってくれた。でも今まで気味が悪いと言われ続けたルティエルには、ベールを取ったまま他人と顔を合わせることなどハードルが高すぎる。

「ルティエル」

そんなルティエルに気づいたのだろう。ハロルドは横を向いたままのルティエルの耳元に、そっとささやいた。

「しばらく待っているといい。そのときは、ベールを外して、私と顔を合わせて話してくれ」

「……え?あ……」

たじろいでいるルティエルから顔を離したハロルドはルティエルから手を離し、隣に落ちたベールを拾ってルティエルに被せてやると、そのままハロルドは静かに会場へと戻っていった。

(なにか、なにがどうなって……)

さっき言われたことが何だったのか。去っていくハロルドの背中を眺めつつ、ルティエルが回らなくなった頭で考えようとしても、頭が動かない。

そうしていると、ハロルドが振り返った。

「そういえば、お前はどこの国の者だ?」

「……ジクルス国です」

「そうか。では、手紙を送ろう」

ハロルドは自分の聞きたいことだけ聞いて、行ってしまった。

(僕も、知りたかったのに……)

あなたはどこのだれで、どうして僕にあんなことを言ったのかを──。

会場でまた聞けばいいと、落ち着いてからルティエルが戻った時には、すでにハロルドの姿はなかった。


(収穫なし、になるんだろうな)

集いではいくつかの国の王子王女と仲良くなれた気がした。特に同じように伴侶を探している人とお近づきになれるよう努めたが、結局は遠巻きにされた。ジクルス国の技術──時計や布や縫物を縫うための機械、寒い中でも温もりを保ち続ける石──については高い関心が集まっても、ルティエル自身になんの力もないということ、そして一番は体質が大きなネックになったようだ。

(跡継ぎのことを考えると、そうなるよなぁ)

自分でもわかっているつもりだったが、わかっていなかった。実際に誰からも認められない・求められなかったとすれば、この先が思いやられる。

「あぁ~」

自室で頭をかかえて悩んでいると、窓をコツコツと叩く音がした。

「お前、また来たな」

窓辺にとまった小鳥に、ルティエルは食事の時に隠して持ち帰ったパンの欠片をあげた。こうしてたまに訪れる小鳥が、ルティエルに癒しを与えてくれる。

「来ないと言えば、あれも来ないんだよなぁ……」

この一か月、ハロルドから手紙は来なかった。期待していた分、落胆も激しい。

(まぁ、后は無理でもいい友達くらいにはなりたかったな……))

けれど今はそんなことを考えている余裕がない。この後、父王に集いの結果を報告に行かなければならないのだ。

(やはり父上に嫁ぎ先を見つけてもらう方がいいのだろうか)

しかし嫁ぎ先が見つかったとしても、今と同じ、いや、それ以上に冷遇されるかもしれない。

「あ~、どうすればいいんだぁ……」

暖炉にベッドにテーブルと、王子の部屋としては簡素すぎる狭い部屋の中で嘆いていると扉が叩かれた。ベールを被ってから扉を開けた先には、王付きの侍女がいた。

「失礼いたします、ルティエル様。王がお呼びでございます」

「へっ?」

ルティエルは肩が跳ねた。なにせ報告に来いと言われていたのは夕刻だが、今はまだ昼前。予定より早くの呼び出しだ。

「今、伺います」

暗澹たる気持ちで王の執務室を訪ねたルティエルは、耳を疑った。

「………今、なんとおっしゃいましたか?」

「お前の嫁ぎ先が決まった、と言ったのだ」

珍しく王がデスクに座り、ルティエルを待っていただけでも驚きだったが、そんなことを聞かされると思っていなかったルティエルは、声が震えてしまった。

「いったい、どこに──」

「ラティエス帝国だ」

「なんですって⁉」

たまたま執務室にやってきたキャロリアが大声を上げた。

「父上、どういうことですか⁉いったいどうしてルティエルなどにそのような話が舞い込むのですか⁉」

キャロリアは感情的にルティエルを押し退け、王の机に身を乗り出して問うた。その足元でルティエルが倒れていることなど目に入っていないのだろう。

「先日の集いの時に、ルティエルを見初めたそうだ。無論、我々に断る選択肢などない。わかるな、ルティエル」

「……はい」

立ち上がったルティエルは、それ以外の返事を持たない。

ジクルス国が小国とすれば、ラティエス帝国は超大国だ。資源も国力も違い、豊かで実りも多い国だと聞いている。もし争いにでもなった場合、ジクルス国など簡単にひねりつぶされるだろう。そしてそこまでの国力を持つ上で、欠かせない方がいることも知っていた。

「なるほど、あの国は一夫多妻制ですものね。よかったわねルティエル」

キャロリアは自分が嫁ぐ国よりも大国にルティエルが嫁ぐことが気に食わなかったのだろう。顔が引きつっていたが、キャロリアの中で自分の方が“上”だとわかり、落ち着いたようだ。

「僕が嫁ぐ相手は、どなたになるのでしょうか」

ルティエルも、尋ねながらもある程度予想はしていた。ぎゅっと両手を強く握った。

「お前が嫁ぐのは、ハロルド・デイ・ラティエス様だ」

(──……ハロルド……)

聞き覚えのある名に、ルティエルが浮かべたのはただ一人

「まぁ、おめでとうルティエル!あの氷結の王のもとに嫁げるなんてね」

キャロリアは嬉々としてルティエルを見下ろした。

氷結の王──ハロルド・デイ・ラティエス。氷結の王と言われているが、実際はそんなものではない。ラティエス王族のみ受け継ぐ“光”と“闇”の力。代々の王族は大なり小なりこの力のどちらかを受け継ぐが、現王はその両方の力を受け継ぎ、歴代最強と言われている。噂には、数年前に起きたラティエス帝国と野蛮族の国との戦争の中で、現王が闇の力を放ち、敵軍の兵士を塵芥にしたということだ。光は生命に恵みを与え、闇は生命を奪う力だと言われている。そのため、幼い頃から命を狙われることの多かった現王は、闇の力を放ち、刺客も、自らに逆らう者も気に入らない者も、人睨みで殺してきたと聞く。血も涙もない、人の心を持たない王──そのため氷結の王と呼ばれている。

ルティエルもその噂は知っていた。けれど、現王の名がハロルドであるとは知る由もなかった。

「せいぜい殺されないように。まぁ、死んでも構わないけれど」

ルティエルにだけ聞こえるようにルティエルの耳元でそう言ってから、キャロリアはにやりと嫌な笑みを浮かべて出て行った。

けれど、当のルティエルは別のことを考えていた。

(ハロルドは、あの時のハロルドだろうか)

ルティエルの脳裏には、顔を赤くしていたハロルドが浮かんでいた。

そして、嫁ぎに行きます

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