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陛下、心で愛を叫ばないでください!  作者: 碧瀬まど


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プロローグ

「ですからね、ちゃんと聞いてもらった方がいいと思うんです!」

「なにをですか?」

陽の光に包まれた宮廷の温室を散歩していたルティエルは、宮廷秘書官のアイザックを前に目を丸くした。

「陛下がいかに、ルティエル様を愛しているかを、です!」

アイザックのその大声に、ルティエルのそばでくつろいでいた鳥たちが驚いて一斉に飛び立っていった。


「王族の集い、ですか?」

「そうだ」

ベールの向こうの父は、こちらを見ようとはしない。

(急に呼び出されたからなにかと思えば──)

ルティエルが国王である父と話すのは、いつぶりのことか。記憶にも薄い。

『冬の国』諸外国からそう呼ばれるジクルス国の第十二席王子、ルティエル・セス・ジクルス。王城暮らし、といえど幸せな生活を送って来たわけじゃない。幼い頃に母親は城から下がり、その母親の身分が低かったため、他の兄妹からも見下され、肩身狭く、家臣からも冷ややかな視線を浴びながらひっそりと、存在を消して生きてきた。父王から声をかけられたことも、視線を寄せられたことも、話したことさえ記憶に乏しい。

「先日、第六席王女のキャロリアの婚姻が決まった。お前もそろそろ嫁ぐ準備をはじめろ」

父王の執務室で、当の王は窓の外の城下を眺めながら、ルティエルに命じた。こちらを見る気配もない背中から、ルティエル視線をそらせた。

(嫁ぎ先、か)

兄や姉と比べ、なんの“力”も持たない──利用価値のないルティエルは、王にとっては厄介者でしかないのだろう。

(集いに行き、相手は自分で見つけて来いということか。難儀なことでしかないな)

思わず、ため息が漏れそうになり、ルティエルはぐっと口に力を入れた。

「お前も、国のために務めを果たせ」

「……承知いたしました」

いずれ国を追い出されることはわかっていた。けれど、相手くらいはあてがってもらえると思っていたと、今になってその甘さを自覚した。

ジクルス国は一年の大半が雪に覆われる“肥沃な土地も、資源にも恵まれず、諸外国との外交と、高い工学と魔法学を組み合わせた技術力でなんとか国を守ってきている。

(王族の婚姻は、諸外国との外交の道具であり、国に恵みをもたらせるか、だ)

“この国にお前は不要だから出ていけ、ただし国の利益になる相手と結ばれろ”と言うことだろう。

(無理難題でしかないな)

けれど、ノーと言うこともできない。

「それでは、失礼いたします」

「あぁ。……そうだ」

部屋を出ようとしたルティエルを呼び止めた王は、ようやくルティエルを一瞥し、眉をひそめた。

「必ず、ベールを外さないように」

それだけ言うと、王はまた窓の向こうに目を向けた。

「………言われるまでもありません」

ルティエルは一礼し、執務室を後にした。

(姿を見せず、国に利益をもたらせる相手を自力で見つけて来いって言うことか)

ふっ、と自嘲気味にベール越しに窓の外を見やった。重苦しい空から深深と降り積もる雪は、いつもと変わらない。美しいとも、きれいだとも思えない。

「あぁ、面倒なことだ」

ボリボリとベール越しに髪を掻きむしり、自室に向かっていると、会いたくない人が向こうからやって来た。

「おや、ルティエル。こんなところでどうしたのですか?」

金の髪に赤い目、目の色に揃えた真っ赤なドレスに扇子を持ちあらわれたのは、キャロリアだった。

「キャロリア姉上、婚姻が決まったとのことでおめでとうございます」

兄妹と言っても、キャロリアの方がずっと身分が高い。ルティエルは廊下の端に寄り、頭を下げた。というより、頭を上げていられず、体も小刻みに震えてしまう。

「あぁ、父上から聞いたのですね。私はちゃんと、父上が良き方を見つけてくださいました」

「……」

いつも通り、下賤の者への視線を向けてくるキャロリアが早くこの場から去ることを願うもそうはならない。

「相変わらず、お前は気味が悪いね」

クスリと意地悪く笑いながら、キャロリアはルティエルのベールの端を扇子で持ち上げた。頭を下げたままのルティエルの銀の髪があらわになった。

「あぁ、気持ち悪い」

「早くいなくなればよいものを」

キャロリアの後ろにいる侍女たちの声がひそひそと聞こえてくる。その声が、またキャロリアを助長させる。

機嫌よさそうに口元に笑みを浮かべているが、内実は違う。ルティエルを見た瞬間から、ひどく不快なものを見る目つきをしている。

「お前がいつまで経ってもここに閉じこもってばかりだから、私が言ってあげたのです。そろそろルティエルも嫁がせてはどうかと。お前は適齢期を迎えてますからね」

「……ご配慮ありがとうございます」

本当は、よくも余計なことをしてくれたな、と思っていたが、そんなことは口にできない。

幼くてまだ何もわからない頃から、何度もキャロリアに口答えをして、罰として折檻を受けて来た。その恐怖に体が支配されている。

「お前を引き取ってくれる方なんているのかしらね?まぁでも、父上も私が言ってすぐ手配するということは、お前を早くどこから引き払ってしまいたいのでしょうか。まだ嫁ぎ先の決まっていない者もいるのに、末弟のお前に行かせるなんて」

周りの侍女も、キャロリアと同じようにクスクス笑っている。

「せいぜい国のために良い相手を見つけてきなさい。例えお前自身がどうなろうとも」

「………はい」

キャロリアは扇子でルティエルのベールを床にわざと落としてから、王の執務室へと向かった。キャロリアの後に続く侍女たちに、落とされたベールが踏みつけられるのを、ルティエルは苦い気持ちを抱きながら見つめていた。

しばらく、顔を下げたままルティエルは動けなかった。視界に映る、自分の銀髪が恨めしい。

すぅっと息を吸って吐いてを繰り返してから、ルティエルは床に落ちたベールを払ってから被りなおした。

銀髪に翡翠の瞳、陶器のような白い肌。キャロリアの容姿が強くて美しいとされるこの国でルティエルの儚く消え入りそうな容姿は忌み嫌われている。加えて、ルティエルの体質も関係している。王からは周囲を不快にするその容姿を隠すようにと、いつもベールを被っているようにと命じられた。唯一の王からの贈り物が、ルティエルの容姿を隠すこの白いレースのベールだ。

(嫁げば、もうこんな思いをしなくても済むのだろうか──)

遠い雪空を見上げながら、ルティエルは小さな希望を抱くことにさえ恐れを抱いていた。

 王族の集いは、ジクルス国とは遠く離れた南国の保養地で行われた。広い会場に集まる王子王女たちは出会いの場とする者もいれば、外交の場として立ち回っている者もいた。

ルティエルも始まってすぐは何人かと交流をしていたけれど、しばらくすると会場の端でそっと潜むようにしていた。少しでも相手を見つける機会を増やさねばと思うものの、日頃は人を避けるように過ごしているせいか、早々に疲れてきてしまったこともある。それよりも、何人かと話して強く感じたことがあった。

(容姿のこともあるか、ここでは僕の体のことの方が問題のようだ)

絶望的だな、と早くも感傷的になって来た。

ルティエルが“嫁ぎ先”を探しているのは、ルティエルが子を孕む体だからだ。

この世界には男女以外に、四つの性別がある。男で子種を持つ者、女で子を孕む者が一般的であり、大多数だ。それ以外に、女で子種を持つ者、男で子を孕む者が僅かに存在する。ルティエルは“希少種”と言われる男で子を孕む者だ。そのため、ルティエルが探す嫁ぎ相手は男で子種を持つ者となる。

今日の集いで、希少種はルティエルのみだった。

あたりを見回しても、良き相手を見つけに来ただろう者らは男女で話し合っている。

(まぁ、そうだろうな。わざわざ男相手にするやつなんていないよな)

根拠はないが、男で子を孕む者は女で子を孕む者よりも子をなしにくいと広く伝わっている。王族として、子孫を残さなくてはならない使命がある。そうなると、可能性が低いものは、はじめから対象外。面と言われたことはない。けれどはじめから、他国との政治的な道具としても役に立たない“お荷物”として、王からも兄妹、侍女からも役立たずの王子として扱われてきたことは身に沁みるほどわかっていたはずだった。

(少し、休憩してから戻ろう)

近くにいた給仕に空いたグラスを渡すと、「失礼ながら」と声をかけられた。

「あちらの方へのご挨拶は終わられましたでしょうか」

そう問われ、手で指された方を見ると人垣ができていた。真ん中にいる男は背が高いのだろう。人垣があれど、反対の壁側にいるルティエルでも金髪に碧眼の姿が見えた。

(いったい、誰だろう)

ルティエルは事前にこの会に集う王族の情報を得ることはなかった。けれど他の参加者はここに来る前に誰が来るのか、誰に挨拶しなければならないのか把握してから来ているのだと、この場での周囲の様子からわかった。

「ご挨拶は、なされた方がよいかと……」

給仕ですらそう言うということは、よほど強い力を持つ国なのだろう。

「ありがとうございます。後ほど伺います」

「かしこまりました」

それだけ言うと、給仕は下がっていった。

(あの人なら、こんな苦労しないのだろうな)

人垣の中心にいた男を横目で見つつ、ルティエルは会場を後にした。

保養所といっても、南国王族所有のものだから、会場から外に出るまでも数分かかる。そこから続く植物園へとルティエルは足を踏み入れた。

「わぁ……」

思わず、声が漏れる。

木が生い茂り、咲き誇る花々をゆっくりと眺めながら、ルティエルは散策した。

(見たことがないものばかりだ。国では花はめったに咲かないし、咲いていても僕が見る機会はないからな)

幼い頃は城の裏の森で過ごすことも多かった。しかし一度、外に出ているときに吹雪に襲われ、兵士に捜索礼がかかることとなった。その途中、ルティエルを捜索していた兵士が森に住まう獣たちに襲われそうになった。戦おうとする兵士と獣らの間に走りこんだルティエルは──

(結局、あの後はどうなったんだっけ?)

そのときの記憶は、靄がかかったようにぼんやりとしていた。

思い出そうと、立ち止まって近くのヤシの実を眺めていると、ピーピーと声を上げて小鳥や小さなウサギが寄って来た。

「こんにちは。ここは暮らしやすいかい?」

ルティエルの言っていることがわかっているのかいないのか。小鳥がルティエルの周囲でさえずった。そんな小鳥の歌声に、ルティエルの心も和らいでいく。

「お前は綺麗に歌うね」

指で頭を撫でてやると、気持ちよさそうにした小鳥は、くちばしでルティエルのベールを引っ張った。

「こらこら、噛んじゃダメだよ」

やめさせようも、どうやらベールの揺れる様子を気に入ってしまったようだ。一向に引っ張るのをやめてくれない。

(少しだけなら、いいかな)

キョロキョロとあたりを見回したルティエルは、ゆっくりとベールを外した。この南国では、ベールの中にだんだんと熱が籠っていき、さっきから暑かったのだ。若干、汗ばんでもいる。

「はー、呼吸しやすい」

ベールを外したルティエルは、大きく深呼吸をしながら腕をぐっと上に伸ばし、足もとにベールを落とした。そうすると、その上に乗った小鳥たちがくちばしでついばんで遊び始めた。

(かわいいなぁ)

そんな小鳥たちを眺めていると、ガサリと音がした。

ウサギたちが茂みから出てくるかと斜め前を見ていると、茂みをかきわけて出て来たのは背の高い男だった。

「げっ⁉」

「げ?」

はじまりました!よろしくお願いします!

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