魔獣討伐
討伐出発地点の街で町長による決起の挨拶のあと、「では、ルティエル様からも一言」と突然言われ、ルティエルは兵士たちを前にあたふたと挨拶をした。その姿にハロルドは密かに涙し、ミアは大きく拍手していた。
(これからは、こういう場合を想定して一言言えるよう準備をしておこう……)
早くも頭の中で反省会をしていたルティエルは、この後は討伐に向かうハロルドたちの帰還を待つ予定だった。
だから挨拶が終わった後、町長の屋敷に戻ろうと馬車へ向かうところで聞こえた声に目を丸くした。
「ルティエル様も一緒に行っていただけるとのことで、兵士の士気も上がっております。我々は今回の討伐が成功に終わることを確信しております」
「……へ?」
知らないうちに、ルティエルも一緒に行くと、街の兵士たちには伝わっていたらしい。
町長の後ろで、兵士たちが状況について行けずポカンとしたルティエルにビシッと揃った敬礼をした。
(え~~~~~~~~~~~~~⁇)
その場の雰囲気に飲まれそうになっていると
「いや、ルティエルはおいていく。戦闘経験のない者を連れて行くのは、足手まといだ」
きっぱりと、冷たくハロルドが言い放った。瞬間、周囲は静まり返った。“己の后に対してなんて冷酷な”と空気が凍り付いたかのようだ。
が、ルティエルは違った。
『ルティエルを前にこんなことを言わないといけないだなんて、悲しすぎる……』
ハロルドが目を赤くし、歯を食いしばり、なんなら顎を震わせて見つめてくる様子に
(自分で泣きそうになってる……)
ルティエルを危険な場所に連れて行きたくなくて、守ろうとしてのルティエル無能発言。それを十分わかっていた。
けれど、ルティエルが行くというだけで兵士の士気が高まっているのであれば、水を差すのも良くないだろう。
ルティエルはハロルドのもとへと近づいた。
「ハロルド、兵士の方々のご迷惑にならないところで待ってますから。ね?僕も一緒に連れて行ってください」
「だが」
「僕も、ハロルドがいるところが僕の居場所だと思っています」
本心から思っている。けれど、今回は気になることがある。だから、自分の目で確認したい。
きゅっと手を握ったルティエルが上目づかいでハロルドにあやすように言うと、ハロルドが胸を抑えた。
『心臓が、撃ち抜かれたかもしれない……!』
胸を撫で、ふーっと息を吐いたハロルドは
「……………仕方ないな」
頬を染めながら諦めた。
周囲からは“あの冷たい陛下を懐柔するとは⁉”のざわめきとともに、ハロルドがルティエルを抱えて離さない溺愛ぶりに生温かい目を向けられることとなった。
『ルティエル、ルティ、今日も愛しい』
愛をささやくハロルドを前に
(みんなの前は恥ずかしいよぉ~)
羞恥で顔を上げられないルティエルであった。
そうしてルティエルはハロルドと共にに、ついに魔獣の住処である森までやって来た。
「ハロルド、そう心配しなくても大丈夫です。ミアも一緒にいますから」
さっきからルティエルの手をハロルドは離そうとしない。
「だが、ルティエルがここに来るように仕向けた者がいる。私は心配なんだ。私がそばにいない間に何も起こらなければよいのだが」
そっと頬を撫でられ、見上げた先のハロルドは不安げな表情をしていた。
『ミアの言う通り、やはりルティは王宮に残して来ればよかった……』
ミアがいるといっても、心配なものは心配なのだろう。先遣隊からの報告で森の中心部に魔獣がいると報告があり、ゴーダン卿とともに向かうまで、ハロルドはルティエルのそばから離れようとはしなかった。
「ハロルド、僕もお願いがあります」
「なんだ?言ってみろ」
ルティエルは、ハロルドの手を強く握った。
「どうか、怪我なくお戻りください」
ルティエルが祈るように握った手にこつんと額をつけると、ルティエルの後頭部にハロルドが頭を乗せた。
「当り前だ。新郎が怪我をしていては、婚姻式で恰好がつかないからな」
冗談口調なのが、逆にルティエルに安心感を与える。ハロルドから柔らかく温かな気持ちが伝わってくる。この温かさがどれほど大切なものか、ルティエルは胸に抱く様に噛みしめた。
この地を荒らす魔獣は、数百年永らえていると聞く。他の地でも獣害被害はあるが、規模も被害も格段に違う。魔力も多く持っているのだろう。だからルティエルも、ハロルドの強さがわかっていても心配でならない。
「陛下、そろそろ」
「あぁ、行ってくる」
迎えに来たアイザックを従え、兵士たちを率いて馬を走らせ、魔獣討伐にハロルドが向かう後ろ姿を、ルティエルは大きく手を振って見送った。
「行ってしまわれましたね」
「うん」
戻ってくるまで、一晩かもしれない。数日かかるかもしれない。食糧を含む備蓄品と数人の兵士たちとともに、ルティエルとミアは森の入り口にテントを張って彼らの帰りを待つこととなる。彼らが帰ってきたら、ここでしばらく休息を取ってから、半日以上かけて街へと戻る予定だ。
「さて、僕達もテント張るの手伝おうか」
「あら、ルティエル様。テントを張ったご経験は?」
「ないよ、彼らに教えてもらおうかな」
「不器用ですものね」
「ひどいよ、ミア」
気持ちを切り替えるように、ミアとおしゃべりをしながらテントを張る兵士たちのもとに戻ろうと振り向いた時だった。
「ギャ───────────っ‼」
ルティエルの背後から耳をつんざくような大きな金切り声が響き、思わずその場にしゃがみこんだ。
(いったい、何が──)
耳を抑えながら顔を上げると、茂みから巨大な獣が姿を現した。ギラリと光る眼に捕らえられたと体を強張らせていると
「ルティエル様っ‼」
ミアが手を伸ばすも、その手はルティエルには届かなかった。
森の中心部に向かったハロルドたちが戻ってきたのは、それから数時間後のことだった。
(普段、この辺りを寝床にしているようだが……)
森の木々をなぎ倒し、街から奪った稲で作られた巣は、もぬけの殻だった。巣に落ちている木の実や村から奪った作物が辺りに散らばり、それを森の動物が慣れた様子で食べている。
「来たぞっ!迎え撃てー!」
巣の周辺は、討伐対象の魔獣がいなくなったからだろう。それまで大人しくしていた小物の魔獣から討伐するのに一苦労する大型魔獣にまで兵士たちは襲い掛かられることとなった。
「陛下、この辺りには見当たらないようです」
先遣隊の一部が野営地に知らせに行った後、見張っていた先遣隊に気づいた魔獣はその大きく長い尻尾で先遣隊をなぎ倒し、どこかに飛んでいったらしい。後を追っていた者らも、火を吹かれ、翼であちこちに飛ばされることになり、すでに魔獣の居場所は不明となっていた。
加えて、討伐対象ではない魔獣を倒し過ぎると生態系への影響や、今は魔獣がいることで免れている他国から侵入にも影響を及ぼす。
(これ以上、長居はできない──)
ハロルドは近くにいたゴーダン卿を呼び寄せた。
「見つかったか?」
「いえ、我が兵士を総動員して探していますが……、もうこの近くにはいないかと」
「そうか」
ならば、ここに留まる理由がない。
「仕方がない、仕切りなおそう。一旦、野営地に戻る」
「はっ!」
馬を走らせ、野営地に戻る中でもハロルドは違和感があった。
(木々の状態から、数百年はあの巣を起点としているはず。簡単に捨てるようなところではなかった。それを捨ててまで、いったいどこに──)
考えを巡らせながら野営地に戻ったハロルドの前には、思いもよらぬ景色が広がっていた。
「な──っ⁉」
野営地ではテントはなぎ倒され、食糧から鍋から樽まで辺りに散らばり、兵士たちもみな倒れていた。そこから数メートル離れた場所で倒れていたミアに気づいたアイザックが駆け寄った。
「ミア、おいっ!しっかりしろ!」
アイザックがミアを起こして強く揺らすと、苦し気な表情でミアは目を開けた。
「アイザック……?」
「いったいなにがあった?」
バタバタと兵士たちが状況確認に走る中、ハロルドもミアに近づいた。頭痛がするのだろう、ミアは暗い表情で頭を手で抑えながら口を開いた。
「陛下たちがここを離れてから、魔獣に襲撃されました。多分、今回の討伐対象ではないかと……」
「なにっ⁉」
この近くに魔獣がいるかと周囲を見回し、探知しようと数キロにわたり気配を探るも、どこからも見つからない。
「おそらく、魔力を極力まで抑えることができる魔獣です。さきほども、叫び声がするまでなにも感じ取れませんでした。声自体もおそらく、攻撃対象にのみ、超音波のように聞こえるものかと」
ミアはまだ、そのノイズの中にいるのだろう。アイザックの腕の中で段々と意識が遠のいているようだ。けれど、息が荒くなる中、声が切れ切れになりながらミアは告げた。
「目的は、ルティエル様、でした……」
聞いた瞬間、ハロルドは怖気が走った。
「は……?」
ハロルドは確かに聞こえたことが、遠のいていくような気がした。
「魔獣は、ルティエル様を咥えると、西の空へと、飛んでいきました……」
そう述べると、混濁した意識の中にミアは落ちていった。
「ミア、おい、ミア!」
何度アイザックが呼びかけてもミアは目を覚まさない。
そんなミアの額にハロルドが人差し指をあてた。ポゥッと灯った光が消えるころには、ミアの呼吸も整っていた。アイザックがほっとしている中、ハロルドが立ち上がった。
「アイザック、ここは頼む」
「陛下、お待ちください!ルティエル様を探しに行くなら、我らも、陛下!」
アイザックの呼び止めも聞こえないように、ハロルドは西へと走り出していた。
(ルティエル、どうか無事でいてくれ!)
ハロルドの後を追うようにゆっくりと降り始めた雪が、次第にハロルドの姿を消すことになる。
(いったい、どうしたらいいんだろうか)
そんな中、ルティエルは身動きも取れず悩んでいた。ルティエルが動けないよう、というより巨大な生き物が小さな生き物に巻き付いた結果、魔獣がルティエルを己の腕の中に閉じ込めることとなった。ルティエルは腕だけどうにか自由が利く状態だ。
さらわれたとき、急に現れた魔物はルティエルをパクリと食らえると、用は済んだとばかりに羽ばたいた。
(“ルティエル様──っ”)
力も使って必死にルティエルを追いかけて来たミアも、途中で魔獣の叫び声をあびて倒れてしまった。
(ミア、大丈夫かな……心配してるよね)
はぁ、と大きなため息をつくルティエルに、魔獣──龍のような大きな体、長く伸びた首の先には、サイの顔、ただし鼻は象──がすり寄って来た。
「こら、お前が悪いんだからな。急に僕をさらうから」
ぺちっとルティエルがその顔を手のひらで叩くと、かまってくれると思ったのだろう。その魔獣はもっとすり寄って来た。
「こらこら、もう。だいたい僕達はお前を倒しに来たんだよ。いいか、わかってる?」
そう言ってルティエルが魔獣の顔を両手でつかむと、魔獣はふてくされた。
(なんというか、ハロルドに似てる気がする)
しょげられても仕方がないとルティエルが撫でてやると、魔獣はゴロゴロと喉を鳴らしながらルティエルにすり寄った。
(ハロルドも、心配してるだろうな──)
ルティエルが大きくため息をついていると、ピピっと青く小さな鳥が近づいてきた。
(それにしても、全然、怖がってないんだよな)
人から恐れられるこの獣を、森の動物たちは恐れていない。鳥たちは魔獣の背中で休み、狐は尻尾に乗ってのんきに寝ている。
(きっと、動物たちを守っているんだろう)
だからと言って、魔獣が街を襲うのは別問題。
手に乗せた小鳥に、ルティエルはお願いした。
「ごめんね、近くにハロルドがいると思うから、呼んできてくれないかな?」
けれど小鳥はピピっと鳴いてルティエルの手の上で遊ぶばかり、しばらくして飽きた小鳥はそのままどこかに飛んで行ってしまった。
(僕のお願い、聞いてもらえなかったんだろうな)
むーんと冷え切った空に飛んでいった小鳥を見上げながら、ルティエルは己の力の使い方について考えを巡らせた。
(意識したことなんて、ないからなぁ)
それからも小鳥や、通りかかったシカやウサギを呼んでみても一向にうまくいかなかった。
そうなってくると、段々と焦りが生まれてくる。なにせ元いた場所より数十キロは西に飛び、地上から数メートル掘ったくぼみの中にいるのだ。辺りを見回したとしても、地上より低い場所につくられたこの巣は、きっと近くまで来ないと見つけられないだろう。
(ハロルド、ハロルド──)
何度も、心の中で名前を呼んだ。
けれど、段々と暗くなる空の下、降り立つのは冷たい雪だけだ。
はーっと白い息を吐いたルティエルを引き寄せて、魔獣は己の体温で温めようとしている。ルティエルだけじゃない。魔獣の腕の中にはキツネもウサギも、横ばいの腹にはくっつくように鳥たちがくっついている。カモシカや狼など、寒さに強いものだけが通り過ぎて行く。
「ね、僕そろそろ帰らないと」
魔獣にルティエルがそう言うと、明らかに不満げな目つきで荒い息を吐かれた。
(言葉がわかるということは、知能が高いんだろう)
息がかかり、ルティエルの髪がバサリとなびいた。
「ね、お願いだから」
ルティエルが魔獣を見上げた瞬間、太く大きな蔦が目に入った。その蔦は絡み合い大きな剣となり、真下へと急速に落ちてくる。
「────っ逃げて!」
だが、遅かった。魔獣の近くにいた動物たちは逃げていったが、蔦の剣が刺さる寸前に魔獣は尻尾でなんとか軌道をずらすことができた。けれどそのままバラバラと蔦はほぐれていき、ルティエルごと魔獣に巻きつき一切の動きをできなくした。
(討伐隊が来たんだろうか)
大きく周囲を見渡しているルティエルに、聞こえた。
「おや、まだ生きていたの」
よく知った、怯えとともにある声に、ルティエはびくりと震えた。
(嘘。どうして──)
ゆっくりと、恐る恐るルティエルは地上を見上げ、目を見張った。
「もう死んでいればよかったものを」
深紅の目、同じ赤のドレス、金の髪──キャロリアの姿がそこにはあった。




