分かり合いました
「ハロルド、お話があります」
「……どうしたというのだ?」
今日も枕を持ってあらわれたハロルドを迎え入れたルティエルは、ハロルドにベッド乗るように急かした。いつものゆったりした雰囲気と違い、ピリリとしたルティエルに、ハロルドもベッドの上で正座になった。
「今から話したいことがあります。それを聞いた後は、煮るなり焼くなり好きにしてください」
そう言ってルティエルは、手を膝の前についてベッドに額を付けた。
「それは、心して聞かないといけないようだな」
ルティエルに頭を上げさせたハロルドは、怯えているように見えた。
『どうしよう、もう一緒に寝たくないって言われたら⁉寝相でも悪かったのだろうか⁉いや、それならまだよい。もしや婚約破棄……⁉』
全く見当違いのとことで焦るハロルドを前に、小さく息を吸ってからルティエルは話し始めた。
「ハロルド、黙っていてごめんなさい」
「……ルティ?」
沈み込んだルティエルの肩をハロルドはそっと抱いた。
「どうしたというのだ、いったい」
なにを話されるかまだわかっていないハロルドは、心配そうな目をしてルティエルを見つめた。その優しさがルティエルの中の罪悪感を大きくする。
「僕がお渡ししたブレスレット、今も身に着けていらっしゃいますよね?」
「あぁ」
ハロルドはブレスレットを付けた方の手をあげ、ルティエルにもブレスレットを見えるようにした。
「その件で……、秘密にしていたことがあります」
ルティエルは、ブレスレットを手に乗せた。
「このブレスレットとネックレス、対になっているのです。一定以内の距離にいたとき、ネックレスを付けている者はブレスレット装着者の……心の声が、聞こえます」
そっとルティエルは、ハロルドの手を肩から降ろした。もう、顔を見ていられなかった。
「ごめんなさい、ずっと僕、ハロルドの心の声を聞いていた。僕のことをかわいいっていう声も、好きだっていう声も、全部、知ってたんだ」
ついに言った、よりも言ってしまったに近い感覚にルティエルは襲われた。
そんな中、ハロルドからは尋常じゃない羞恥心だろう、カァッと奥底から喚くような熱が流れ込んでくる。
「…………それは、本当か?」
ルティエルは、こくりとうなずいた。
永遠にも続くんじゃないかと思うほどの、長い沈黙が訪れた。
(僕が心の声を聞かれていたとしたら、恥ずかしくて悶え死んでしまうかもしれない。きっとハロルドもそうだろう。それでも、僕はハロルドの心の声に救われたから……)
本当はそのこともちゃんと話そうと思っていた。けれど流れ込んできたハロルドの感情と、この長い沈黙で、ルティエルは話を続けることも顔を上げる勇気もなかった。
しばらくすると、はぁ、と大きなため息がハロルドから漏れ、ルティエルはそれに大きく肩を震わせた。
「ルティエル」
ハロルドは息遣いのように言った。
「知っていた」
「……え?」
聞くのがこわくて、聞こえなかったところもあるだろう。
「知っていた。全部、知ってたんだ」
「……」
ハロルドはルティエルの顔にそっと手を添えて、己の方にその顔を向けた。
「……知っ、てたの?」
呆然と、見開いた大きな目を瞬きもできずにルティエルは言った。
「あぁ。けれど、ルティエルに聞いていたと言われると、やはり恥ずかしいものだな」
真っ赤になった照れた顔で、ハロルドはブレスレットを腕から抜き、ルティエルの掌に乗せた。
「どう伝えればいいのだろうな」
うーんと悩むハロルドの前に、ルティエルは停止していた。想定外過ぎて頭が追い付かないのだ。
「あぁ、そうだ。ルティエルに力があると、私は最初から気づいていたと言ったのを覚えているか?」
「うん、覚えてる」
ハロルドはくるりと、ルティエルの掌に乗るブレスレットを指でなぞった。
「私は、力があるものがわかるんだ。どの力も光もしくは闇から派生したものだから、根源となる力を持つ私は人でも、動物でも、物でも、力が宿るものはわかる。だから初めから、これになんらかの力があることには気づいていた。すまないが、念のため魔導課にも私がこれを付けていて支障がないか確認した。ルティエルからもらったものだから大丈夫だとは思っていたが、ルティエルが手にする前に何者かに術を施されている可能性がぬぐえなかった。立場上すまない」
「いえ、そんな!」
ハロルドに頭を下げられ、ルティエルは両手を横に振った。
「そのときにフィンがにやついていてな、問いただしてこれの効果を吐かせたんだ。多分、アイザックもミアも私にバレているのはわかっているだろう」
まさかハロルドが知ったうえで身に着けていただなんて、啞然とした。
「……その、どうして、心の声が聞かれるってわかっていたのに、つけてくださったのですか?」
なんとか言葉を紡いでハロルドに尋ねた。
嫌だと思う人の方が大半、いやほとんどだろう。それなのに、ハロルドは付けてくれた。
そう聞くと、ハロルドは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「私は、本当に情けないことに、ルティエル。お前に自分の想いを口にできなくて、歯がゆくて………、少し、逃げたところもある。お前に頼って、ゆだねてしまった。口に出さないで、心の声を聞いてもらえれば、と」
「でも、初めて会ったときはちゃんと話せてたじゃないですか」
「あれは、……あのときは必死で、必死に格好つけていた」
「かっこ……」
「ミアにもアイザックにも、私の見てくれは非常に良いと言っていたから格好つけて、あわよくば惚れてもらえればと思っていた」
白状した赤面のハロルドを前に、ルティエルはぽかんと開いた口が塞がらない。そんな呆然としたルティエルの手を、ハロルドはそっと包んだ。
「本当は、口に出して言いたかった。でもルティエルを前にすると緊張して、言えなかった。でも言いたかった。私がどれほど……、お前を可愛く思っていて……、愛しく思っているか」
涙目で真っ赤になっていくハロルドの、熱くなっていくその手から、ハロルドの熱がルティエルの中にじわりと染み込んでいくようだ。
「初めて会ったとき、ベールを取ったお前が鳥と戯れている姿を見て、一瞬で魅了された。自分でも気づかないうちに、お前の元へと足を進めていた。話しかけると素直で、私のことを恐がることもなく、温かかった。けれど、自分の容姿や体質のことになると、急に沈んだ顔をする。そんなお前を守りたくなった。私の元で慈しんで、もう悲しい思いをさせたくなかった」
ルティエルは心も身体もハロルドに囚われて、もう身動きもできないくらいだった。
「正直、心の声を聞かれるのはものすごく恥ずかしかった。でも段々と暗くなっていく、私を見ようとしないルティエルを見て、方法はなんでもいいから私の想いを伝えたかった。私は臆病者だ。だから面と向かって言って、私の想いを受け止めてもらえるかと思うと怖かった。それ以上に、お前が私のそばから離れるのが怖くて仕方なかった。情けなくてすまない」
「そんな、僕はハロルドからの気持ちがうれしくて仕方なかったんです!だから、謝るようなことしないでください」
悔いるようなハロルドの手をルティエルは強く握り返した。
「ルティエル……、私は」
ハロルドが、どれほどの想いで伝えようとしているのか、ルティエルはもうわかっている。
「私は、お前を心の底から愛している」
ずっと聞きたかった。いつ言ってもらえるだろうと、ずっと待っていた。
ルティエルは自分でも気づく前に、ハロルドを抱きしめていた。
「ル、ルティエル……」
ルティエルがハロルドの首元に顔をすりつけると、大きく温かい手がルティエルの背中に添えられた。
「僕も、ハロルドのことが大好きです」
ハロルドの首に抱きついたまま、ルティエルも想いを伝え、しばらく抱きしめ合っていた。しばらくすると、ツンと背中を引っ張られ、少しだけハロルドから離れた。
「本当に、本当に私のことが好きか?」
ハロルドが、額をくっつけたまま、いつもより甘い声でささやく。
「……好きです」
きっとハロルドと同じくらい、赤い顔をしているだろう。正直、見られるのも恥ずかしくて顔を背けようとしが、ハロルドがルティエルの顔を包んだ。
「ルティエル、かわいい」
そうだった、ハロルドはそうだった。
「いつもこの銀の髪に触れたいと思っていた」
ハロルドはルティエルの髪を頭から毛先まで撫でた。触れる手が優しくて、どうしようもなかった。
「ルティエル、もっと触れて、いいか?」
ハロルドは、一度経験したことはできるようになるのだった。そっとルティエルの唇に指で触れた。
「……そんなこと、返事させないで」
消え入りそうな声で、そう言うだけで精いっぱいだった。
「ルティエル、愛している」
そうしてゆっくりと、近づいた距離を確かめるように触れたハロルドの唇は、少しだけ固かった。
(……お互い、緊張しているんだ)
ハロルドの不器用さも、見つめ合ったときにはにかむところも、ルティエルは愛しくてたまらない。
「ルティエル、ずっとそばにいてくれ。私から離れないでくれ」
本当に、物理的にも離さないんじゃないかと思うほど、ハロルドはルティエルを強く抱きしめた。
「ハロルド、少し、きついです」
「すまないっ!」
そうして少しだけゆるめられたハロルドの腕の中で、ルティエルがハロルドに微笑むと、ハロルドも同じように優しくて柔らかな笑みを返した。
その日はそのまま、ハロルドの腕の中でルティエルは穏やかな眠りについた。




