決めました
「今日も、ですか?」
扉の先のハロルドにルティエルは戸惑った。
昨日までは持ってこなかった枕を胸に抱え、ルティエルの部屋までやって来たハロルドは幼く見える。
(寝にくいでしょうと、確かに昨日言ったけど)
そういう意味で言ったわけではない。
「……ダメか?」
ハロルドからはキューンと鳴き声が聞こえそうな、垂れ下がっている耳が見えるかのようだ。
そんなことされたら、断れない。
「……いい、です、よ?」
胸を打たれたルティエルのぎこちない返事に、垂れ下がった耳もぴょんと立ったようだ。あくまでハロルドは無表情であるが、嬉々とした気持ちがネックレスから伝わってくる。
『今日もルティエルと一緒に眠れる、うれしいな♪』
上機嫌な心の声が聞こえる中、ルティエルは部屋の扉を静かに閉めた。
あの日、ルティエルに毒を盛った侍女は捕らえられてすぐ、口の中に忍ばせていた毒で自害したそうだ。
「捨て駒だったのだろう」
ルティエルへ報告をしていると、一緒に聞いていたミアがそっと手を上げた。口を出さずにはいられなかったようだ。
「ゴーダン卿が裏にいる可能性は?ご息女を陛下に嫁がせようと動いておられますし」
ハロルドは首を振った。
「あの男はそんなことはしない。あれでも王族に仕えることにプライドを持っている男だ。まぁ、裏で手を引いているかもしれないが」
ふっ、と笑ったハロルドの恐ろしいこと。
「まぁ誰であろうと私のルティエルに手を出したのだ。ただではおかない……」
黒い笑みを浮かべるハロルドの向かいで、ルティエルは顔を伏せていた。
「ルティエル様、どうされました?」
「……何でもない」
ルティエルは、予期せず聞いてしまい心落ち着かずにいた。なにせハロルドが”私のルティエル”と言ったのだから。
(普段はそんなこと、言わないくせに……)
当然のように言われ、自分が殺されそうになった話を聞いていたのに、ときめいてしまった。
それと同時に、ひどく安心していた。
“ここにいていい”と許されていると思えるから。
それはルティエルにとって喉から手が出るほど欲し、けれど何度もその手を払われ、それでも欲しくて仕方なかったこと。
「ルティ、しばらく時間をくれ。おそらくお前を狙った者も、私を狙った者も同じだ。けれど、すぐに捕らえることは難しい。だが、必ず私がお前を守る。約束する」
ハロルドの真剣な眼差しに、ルティエルは心奪われた。
「ハロルド様……」
「様?」
けれど、敬称をつけたことで不満げなハロルドの表情にハッとさせられた。
「いえ!ハロルド、ありがとうございます」
今日のハロルドはなんて頼もしいのだろう。
感動しながらハロルドを見つめていると、今度はハッとしたハロルドが手で顔を覆った。
『ルティと5秒も見つめ合ってしまった!このままでは瞳に吸い込まれてしまう!』
凛々しいハロルドは、すぐいつものハロルドに戻ってしまった。
(でも、言ってくれたことはうれしかった)
ハロルドといると、心の中がポカポカしてくる。
もうその気持ちがなにか、ルティエルはわかっていた。
ジクルス国にいたときは狙われることもなかった。『存在のない王子』だったから。
だからルティエルは毒殺されかけた日以降、己の身を守る手段についても学ぶことになった。
それと、もう一つ。
「ハロルド、ここで寝ては疲れが取れないでしょう?」
ハロルドが、毎日一緒に眠るようになった。
「そんなことはない」
駄々をこねるようにハロルドは左右に首を振った。
「でも、こうして眠る前に僕に力を使っては」
「ここで眠るのが一番疲れが取れる」
“絶対に出て行かないもん”と言わんばかりに、ベッドの上に座り込んだハロルドは首を振った。
「ルティ」
ポン、とベッドを軽く叩いたハロルドの要望通り、今日もルティエルはベッドに横になった。
ルティエルの胸あたりに軽く手をかざしたハロルドの掌がぽうっと光る。
(僕は全然大丈夫なのに……)
ハロルドは心配で仕方がないのだろう。
ルティエルが飲んだ毒の治療方法をハロルドから聞いた。光の力で毒を浄化することはできなかったため、闇の力で毒そして体中に散らばった火の粉をルティエルの体内で小さく小さく閉じ込め、光の力でそれを包んだということだ。
そして、治療の日以降「心配だから」「念のため」と毎晩寝る前に光と闇の力をルティエルに施し、そのまま一緒に眠るようになった、
(ハロルドの気のすむまでしてもらった方がいいのか、もう一度大丈夫と告げた方がいいのか)
治療の翌日は、汗をかき、高熱を出した後のような症状はあったが、それ以降体調に異常はない。医師にも問題ないと言われている。
真剣に力を放ち続けるハロルドを見上げながら、ふぅ、とルティエルは息を吐いた。
「……やはり、嫌か?」
そっとルティエルから手をどけたハロルドは、後ろに手を付いた。
「なにがですか?」
「私と一緒に眠ることだ」
なぜそんなことを言い出したのだろう。
起き上がってハロルドをのぞくと、どうやら拗ねているようだ。
「別に、なにもしない。ただ一緒に眠るだけだ」
ハロルドは、プイッと横を向いてしまった。
(ここに来た頃に比べ、いろんな顔を見せてくれるようになったな)
ルティエルはそれがうれしくてたまらなくて、クスッと笑ってしまった。
「なんだ?」
横目でちらりと見てくるハロルドのこんな姿、ルティエルしかしらない。
「いいえ、なんでもありません。もう休みましょう」
リラックスした笑みを浮かべたルティエルに、ハロルドの機嫌も直ったのだろう。
ベッドに入ると、ハロルドは昨日までと同じようにルティエルに腕枕をしてぎゅっと抱きしめた。
「おやすみ、ルティエル」
「おやすみなさい、ハロルド」
昨日までと同じであるが、ベッドに入ってしばらくはまるで羽交い締めかと思うほど強く抱きしめられているので、ルティエルはとても眠れない。加えてここ数日、ハロルドがルティエルの頭に鼻をあて、吸ったり吐いたりを繰り返されている。はじめは『やってしまった‼』と聞こえたが、気づかないフリして放っておいたら毎日になった。
『ルティエルはいつもいい香りがする』
(それはきっと湯あみの際の香料だと思うのですが……)
心の中でつぶやくことしかできない。
『落ち着く香りだ』
けれどそれだけでハロルドがくつろげるならまぁいいか、と思える。
しばらくすると、ハロルドの規則正しい寝息が聞こえてきた。
(今日も、政務が忙しそうだった)
多忙な中、ルティエルとの時間を取るためにハロルドが日中どれだけ仕事を早く片付けようとしているか、アイザックからも聞いている。
一緒に寝始めた当初こそ緊張でなかなか眠れないようだったが、日中の疲れもあるのだろう。しばらく経つと、ハロルドはすぐに眠るようになった。
そっと見上げた先のハロルドの頬に、ルティエルは手をあてた。
(穏やかな寝息、規則正しい心音……、温かい)
ルティエルはもぞもぞとハロルドに近づいた。
(愛しい人のそばで眠ることが、こんなに心満たされるなんて知らなかった)
そうしてルティエルはゆっくりと眠りについた。
ハロルドと一緒に眠るのも最初は緊張したけれど、今はもうそうではない。自室で休んではどうか、なんて言ってはいるが、今日は来てくれるだろうかと扉のそばで待つ日もあるほど。ハロルドの腕の中だと、安心して深く眠れる。
ただ、ひとつだけ問題がある。
『ぎゃあ!かわいい!』
急な大声に、ルティエルは眠りから叩き起こされた。
ボーっとした眼を開けると、鋭い視線を向けてくるハロルドがいた。
「……おはようございます、ハロルド」
「お、おはよう」
ハロルドはひどく渋い声だ。
『かわいいかわいいかわいいかわいい、朝からかわいい!天使か、天使なのか⁉とろんとした瞳に白い肌に赤らんだりんごほっぺ!どうしよう、好き!』
(寝起きなんだから仕方ないよ……)
ルティエルは朝から恥ずかしい思いでベッドに顔をうずめた。
毎日、朝起きた瞬間にハロルドは衝撃を受けたように大声で叫ぶ(心の中で)。その声で毎朝ルティエルは起こされる。
一度、寝るときはブレスレットを取ったらどうかと言ったが、「お揃いだからいやだ」と当たり前のように断られてしまった。そうなると、ルティエルだけ寝るときにネックレスを取るのもよろしくない気がした。
(……本当に、そろそろやめないと)
どうしようかとうーんと悩んでいると、気づかないうちにハロルドを見つめてしまっていたのだろう。
『えっ⁉どうしよう、すごくルティエルが私を見つめてくる。これは、まさか、もしかして、なにか期待されているのか──』
いらぬ誤解を与えてしまった。
「ル、ルティエル……」
尋常じゃなく緊張して息も荒くなっているハロルドが、ルティエルの頬に手を添え、反対の腕で身を起こした。
(これは、もしかして──)
それがわからないルティエルではなかった。
ゆっくりと顔を近づけてくるハロルドに、ルティエルはそっと目を閉じた。
あともう少し、もう少しで触れる、ところだった。
「おはようございます、陛下、ルティエル様。入ってもよろしいでしょうか」
朝の支度にやって来たミアのノック音が響いた。
瞬時にハロルドは、ルティエルから距離を置いた。
「あ、あぁ、入っていいぞ」
「失礼いたします。……どうかしましたか?」
「いいや、なにもどうもしていない!」
腕を組み、ミアと反対の壁を見つめるハロルドの顔は、まだカーテンが開いてなくとも赤くなっているのがよくわかる。
『あー、もう少しだったのに!』
最近、ハロルドは毎日ルティエルにキスしようとして、でもできなくてやきもきしている。一度したことができるようになるハロルドにも、キスはハードルが高いらしい。
(ほんとに、もう少しだった、気がする)
目を閉じているからはっきりとはわからないが、ハロルドの熱(荒い息)がいつもより近かった。
ルティエルも残念な気持ちがある。ハロルドが悔しがっている声が聞こえるとなおさら。
「あの、ハロルド。こちらに来てください」
ルティエルは自分の隣をポンっと叩いた。
「なんだ?」
忠犬のごとく瞬時にルティエルの隣に座ったハロルドの前に膝立ちしたルティエルは
「そのままでいてくださいね?」
「……え?」
ハロルドの頬にキスをした。
(だって、いつまで経ってもしてくれないから)
少し不満げな顔つきで、ハロルドの頬から唇を離したりんごほっぺのルティエルがハロルドを見つめると
『@$‘%’(!#’*?.[><(‘&)‘@』
衝撃過ぎたのだろう。言葉にならない心の叫びをあげた後、ハロルドはベッドに倒れてしまった。
「あ、あの、ハロルド?」
ルティエルが指でつつくも、顔を両手で覆ったままハロルドは起き上がりもしない。
『もぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、好きッ』
真っ赤な顔のハロルドは、「陛下、悶えていないで起き上がってください」とミアに揺すられるも中々起き上がれない様子だった。
『もう好きっ、愛してるっ!もうほんとルティエル、食べてしまいたい』
悶えたまま侍女たちに何とか起き上がらせられたハロルドの後ろ姿を見つめながら、ルティエルの中には後ろめたい気持ちが湧き上がて来た。
(……やっぱり、もうやめないと)
ハロルドの心の声が聞こえてくるとうれしいし、安心する。こんなにも愛されているんだって、くらくらしてしまうほどに。
けれど、それに頼ってばかりではダメだと思っていた。
それから数日後、温室でアイザックとミアと作戦会議。もちろん、ルティエルの前にはティーセットが置かれ、茶菓子目当てのリスや小鳥が続々と集まってきていた。足元でコロコロと転がるハリネズミを掌に乗せたルティエルは、そのまま膝の上に置いた。ハリネズミはルティエルの足の上からテーブルを覗き“お菓子だ!”と手をこまねいている。
「今日で、これを付けるのは最後にしようと思う」
「ルティエル様」
ネックレスを外したルティエルは、二人を見上げた。
「二人ともありがとう。二人のおかげで、僕はハロルドとすれ違わずに済んだ。でも、もうそろそろ自分で、自分の気持ちをちゃんと話し合えるようにならないといけないと思うんだ。だから今日、ハロルドに話そうと思う」
「陛下には、どう伝えるんですか?」
ミアも最近は慣れたらしく、クッキーを砕いて周りの小鳥にやっている。
「本当のところを、言ってはダメかな?心の声を聞いていたって」
膝の上で暴れていたハリネズミを下におろしたルティエルは、どうぞ、とナッツを2つ渡してやった。
「そこまで言わなくてもいいのではないのでしょうか。ルティエル様も、自分の心の声を聞かれていたと知られたら、いい気分ではないでしょう」
アイザックは反対意見のようだ。
「そう思う。伝えても、僕の自己満足かもしれない。でも、僕はハロルドに救われた。ハロルドが僕にささやいてくれた声が、僕を守ってくれた。僕は僕を大事にしていいって、大切な人を作って、一緒に幸せになりたいって思えるようになった。だから──」
「お任せいたします」
ルティエルが迷いながら話していると、ミアの声が降って来た。
「ミア、お前本気かよ⁉」
「えぇ、わたしは陛下がいかにルティエル様をお慕いしているか、そばにいてほしいと願っているかを知っていただきたかった。あの方も大きすぎる力を持って、どこか孤独でいらっしゃいますから」
きっと今、ミアの頭の中にはルティエルの知らないハロルドの姿があるのだろう。
「だから、多少無理やりにでもあの方の恋を成就させたかったのです」
「無理やりすぎるけどな」
アイザックの指摘を、ミアはうるさそうにした。
「勧めたのはアイザックとわたしですから。なにかありましたら、わたくしたちの名前も出してください。でも都合の悪いところは、アイザックのせいということで」
「おいっ‼」
アイザックは恐怖のあまりか、顔を青くした。
「なによ、最初にこの話を持ってきたのはあなたでしょう」
「そりゃそうだが──」
あぁだこうだと、やんや言い合っている二人は、ルティエルからはじゃれ合っているように見える。
「ありがとう、二人とも」
ハロルドなら許してくれるかもしれない。
心の底からそう思えるわけじゃない。やっぱり不安もある。
応援してくれる二人を見ていると穏やかに、けれどすっと心が決まっていった。
次回、どうなる!?




