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陛下、心で愛を叫ばないでください!  作者: 碧瀬まど


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治療されました

ルティエルの目が覚めた時、真っ暗でなにも見えなかった。わかるのは、穏やかな温かさに包まれていることだけ。

(僕、どうしたんだろう……)

頭がぼんやりとして、靄がかかったようだ。

(確か、皇太后さまのところに行って、お話を聞いて、お茶を飲んでから……)

思い出していくと、段々と脳が起きてくると、同時に痛みも広がっていく。

「あ、……いたいっ!」

ありとあらゆる血管の中でパチパチと火花が弾けるように、熱が痛みとなって体中で暴れているようだ。

(この痛みは──)

「ルティエル!」

振ってきた声に、強く掴まれた腕に、目を開いた。

「……ハロルド」

そばにあった温かさは、ハロルドだった。

目を覚ましたルティエルをハロルドはそっと腕に抱いた。

「僕、どうして……、ここは……」

咳のせいか、声がかすれてしまう。

「ここはお前の部屋だ。母上とのお茶会中に倒れたんだ。侍女の一人が紅茶に毒を入れていた、火の粉の入った毒を」

「火の粉の、どく……」

瞬間、ルティエルは見慣れた後ろ姿が頭に浮かんだ。

(キャロリア姉上……)

ルティエルはよく似た痛みを知っていた。それは幼い頃から何度も、折檻の際にキャロリアが自身の火の力を混ぜていたから。火傷が残るまではしなかった。それは父王に「いずれ他国に嫁がせる身に傷を残すな」と言われていたから。だから、王城の外の雪で冷やせば治る程度の火の粉を、何度もキャロリアから浴びせられた。痛みに叫べば、より厳しい戒めを与えられ、叫ぶことさえ許されはしなかった。

よく似た痛みが、全身を駆け巡っている。

(こうして他国に来てまでも、僕が気に入らないのか──)

ルティエルのすべてを、キャロリアは否定したいのだろう。きっと、この国で早々に迫害されると思っていたルティエルが穏やかに過ごしていることを知り、間者に毒を仕込ませたのだろう。

「今、それを治療している」

目線を下げると、ルティエルの胸にハロルドの手があてられ、そこだけひんやりとしている。

「ちりょう……?」

「そうだ。けれど時間がかかっている。光の力では治せなかった。だから今、闇で毒を閉じ込めている」

ルティエルの部屋のベッドの上で、ルティエルはハロルドの肩元に頭を乗せ、だらりともたれかかっている。

(──…汗が)

ハロルドの汗ばんだ様子からルティエルに長時間、力を使っていることは容易に想像できた。

一度に強い力を使う方がどれほど楽か。ルティエルに害が及ばぬよう痛みの原因のみを抑えるため、ハロルドは非常に繊細な力のコントロールしている。

まだ自力で動けないルティエルの上体をそっと起こしたハロルドは、ルティエルを自分の胸もとに寄りかからせながら、

「これを飲め。少しは痛みが和らぐはずだ」

ハロルドは腕を伸ばしベッドサイドテーブルから取った黒緑の液体の入ったスプーンをルティエルの口元にあてた。

(く、臭い!)

ボーっとした頭も瞬間的に覚醒するほどの匂いで、思わず顔を引いた。

「ルティエル」

飲むんだ、とあやすようなハロルドに

「ん~!(無理!)」

近づけられるだけで涙目になったルティエルは、固く口を閉じ、首をゆすった。

「ルティエル、確かに匂いはひどいが効果も抜群なんだ」

「ん~ん」

ルティエルは小さな子どものように目をぎゅっとつぶってフルフルと首を振る。

(こんなの飲んだ方が、余計に悪くなる!)

潤んだ瞳、熱におかされ火照った頬のルティエルがハロルドを見上げると、ハロルドも少しだけたじろいだ。

これで飲まなくて済むかも、とハロルドと見つめ合ったルティエルがほっとしたのも束の間。

「……ルティ、飲んでくれ」

ルティエルの顔を少しだけ持ち上げたハロルドが、口元を指でさすった。

(……急に愛称で呼びだすなんて、甘やかすなんてずるい!)

熱のせいだけじゃない、「ほら、あー」とハロルドに口の端をくすぐられ、内からこみ上げるものに惚けさせられたルティエルは耐えきれず軽く口を開けてしまった。

「いい子だ」

ほっとしたような、気の抜けたようなゆるい笑みを浮かべたハロルドは、ルティエルの口にスプーンを、激マズの妙薬を入れた。

「……………⁉」

飲んでしまったルティエルは、尋常じゃないその味に、これ以上苦みも酸味も臭みも口の中で広がらないように両手を口に当てた。

「水を飲め」

ハロルドがコップいっぱいの水をルティエルに飲まそうとするも、ルティエルは首を大きく振るばかり。

(今、絶対、口、開けません!)

大きな目に涙をため込み、ルティエは必死の形相だ。

「はぁ……、仕方ない。手をどけろ」

そうしてルティエルの口に当てた手を強引に剥がしたハロルドは、その手を片手で抑えたまま口いっぱいに水を含み、ルティエルに口付けた。

「……………⁉」

ハロルドが口移しで水を飲ませようとするも、ルティエルの口元からあごへと水が垂れていく。

(なに、なになになになに⁉)

唇を付けたまま、じっと至近距離で見つめてくるハロルドは、ルティエルのあごもとを軽く撫で、ついには唇の端から端までを舌でなぞった。

(そんな目で見られて、こんなことされて、無理無理‼)

ルティエルは完敗だった。固く口を閉じていたはずなのに、ゆるく開いた口元から水が流れ込んでくる。けれど口元から水がだらだらと垂れたからだろう、はじめはためらうような、触れるような感触だったのに、ルティエルの後頭部に手をまわしたハロルドはぐっと唇を押し付け、ルティエルは口を覆われるようにしてハロルドから口移しされた水を飲みこんだ。ルティエルが口を閉じないように、差し込まれたハロルドの舌が優しく触れるだけだったのに、ひどく意識させられる。

そっと柔らかな感触が離れると、見つめ合う二人に聞こえるのは互いの吐息だけ。

(……ハロルド、真っ赤)

正気に戻ったのだろう、ハロルドは首から上がどんどん朱に染まっていった。それを隠すように両手で顔を覆ったハロルドの手が、ゆっくりと口元に降りていき

「………まずい」

顔色を悪くして、ハロルドは軽くえずいた。

「だ、だから言ったのに……」

ルティエルもルティエルで、口から鼻に上がってくる激臭とうるさすぎる心臓のせいで涙していた。

「すまない……」

ベッドサイドの水差しからコップに満杯の水を入れたハロルドは、それをルティエルに差し出した。

「ハロルド、先に」

王より先に飲むわけにはいかないとルティエルが断ると、ハロルドは勢いよく水を煽って

「────ん」

両手でルティエルの顔を引き寄せて、またルティエルに口移しで水を飲ませた。

「……ましになったか?」

「……はい」

額をくっつけたままそう聞いて来るハロルドに気を取られて、薬のことなんてどうでもよくなっていった。

初めて会ったときのように、いや、それよりも久々に見るハロルドの優しい笑顔に、ルティエルを愛し気に見つめる瞳に離れがたくて、思わずルティエルはハロルドの上着をぎゅっと握りしめていた。

「……ルティ、もう休め」

そっとハロルドに横にされても、ルティエルはハロルドの上着の裾をつかんだままだ。

(寝たら、出て行ってしまうのかな──)

それは、寂しい。そう思うと手を離せなかった。

そんなルティエルをハロルドはじっと見つめた。

「……ルティ、手を、離してくれないか?」

けれど願いに反してハロルドにそう言われたルティエルは、固く握った手を震わせながら、ゆっくりと離した。

(なんで、こんなことで泣きたくなるんだろう。まるで小さな子どもだ)

弱っていることも、甘やかされた反動もあるからだろう。極度に悲しくなったルティエルの大きな瞳から一滴、涙が零れ落ちてしまった。

「ルティ⁉」

「大丈夫ですから、どうぞお部屋に戻ってください……」

恥ずかしさで、ルティエルは枕に顔を押しつけようとした。

「そうではない、こうしたかっただけなのだ」

けれどその前にハロルドが己の方へとルティエルを抱き寄せるから、ルティエルはハロルドを見上げた。

「お前が許すなら、今日はこのまま一緒に休もう」

耳元でささやくハロルドの声が心地よくて、優しく甘い目で見られているのがわかって、それだけですごく安心させられる。

(なんだかとても、甘えたい気分だ)

一瞬、どうしようと思った。甘えすぎじゃないかと。けれどルティエルは心のまま、ハロルドの胸に頭をすりつけた。

(そばに、いてくれるんだ)

それだけで、どれだけほっとしていることか。

少しだけ強く抱きしめてくれるハロルドには、わからないかもしれない。

 しばらくして薬は効いてきたようだが、痛みと熱でなかなか寝付けそうにない。

ルティエルが荒く短い息をしていると、ハロルドがそっと背中を撫でてくれた。

「ルティ」

「はい」

一息おいてからハロルドは言った。

「すまない。私がお前をそばに置いたから、こんなにもお前を苦しませている。私のせいだ」

目の前のハロルドは、今にも泣きだしそうな、悔しくて仕方のない顔をしていた。

(そんな、ハロルドが悪いわけじゃないのに……)

ハロルドにそんな顔、させたくなかった。自然とハロルドの頬に、手が伸びた。

「ハロルド、泣かないで。僕をそばに置いたことを後悔しないで。あなたのそばにいるようになってから、僕がどれほど幸せで、喜びにあふれた日々を送っていたか。そんな僕を、否定しないで」

暗くて冷たくて、愛されたくて手を伸ばしても今まで誰も見向きもしてくれなかった。

けれどラティエス帝国に来てからは違う。

アイザックもミアも、ルティエルを大切にしてくれる。

そして誰よりもハロルドが慈しんでくれていることで、どれほど救われたことか。

「ルティ……」

ハロルドはルティエルの手を強く握った。

「大丈夫です。ハロルドがなおしてくれるんでしょう?だから、すぐよくなりますから……」

すぐそばにいるハロルドから、不安と心配な気持ちが流れ込んでくる。そんなハロルドを安心させたくて、でも流れ込んでくる気持ちが切なくて仕方がない。

「すぐ私が治す。だからもう少しだけ耐えてくれ」

ルティエルの手を握るハロルドの手はぎこちなくて、力加減を間違えないように気をつけてるのがわかって、微かに震えていた。

こんなにも想ってくれるハロルドを、もう悲しませたくない。

「ハロルド、明日は、いっしょにいましょう」

ハロルドが力を強めたからだろう。体がふわりと浮くような心地よさに、ルティエルは意識を失うように眠りについた。

どうでしたでしょうか。

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