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陛下、心で愛を叫ばないでください!  作者: 碧瀬まど


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「煮るなり焼くなり、好きにしていいと言った」

真顔のハロルドは、最近ルティエルにそう言ってくる。

「きゃ~、かわいいわ」

着替え終わって出てくると、ハイテンションの皇太后に出迎えられた。

「やはり、白が似合うな」

私はもちろんわかって言わんばかりのハロルドは深く頷いている。

これで着替えるのはもう五回目だ。

「もう、よろしくないでしょうか」

着替えるだけでも、その度に髪をセットしてもらうこともあり、ルティエルは疲れて来た。なんなら息切れしてきそうな勢いだ。

煮るなり焼くなり、でハロルドが望んだのは、ルティエルの婚姻式での衣装合わせだった。

「お互い、想い合っていることも確かめたし、そろそろ式の準備をしたい」

期待と恥じらいをもって告げて来たハロルドに、ルティエルがノーと言うわけがなかった。

「あの、婚姻式で着るのは、一着なんですよね……?」

着せ替えすること早数日、皇太后とハロルドは二日前の白と緑のがいいだの、紺と淡い水色のがよかっただの、ルティエルの声も聞こえていないようだ。

「ルティエル様、どうぞ今のうちにお座りください」

「ありがと、ミア」

衣装に気を使いつつ、ルティエルはソファに腰かけた。白のファーがふんだんに使われたこの衣装もただの試着用で、デザインを決める参考としているだけなのだ。

「婚姻式って大変だね」

王族と主要な政務関係者のみで挙げると聞いていたので、まさか衣装で詰まるとは思っていなかった。

「みなさん、ルティエル様がお好きですから。晴れの日にもっとも美しい姿になってほしいのですよ」

ではわたくしも、とミアもハロルドと皇太后の話し合いに混じりに行ってしまった。

(仕事は大丈夫なのかな)

白熱している中、お茶を飲みながら待ちつつも、ルティエルの心には引っかかることがあった。

そうして少しだけ暗い顔になったルティエルに、気づかないハロルドではなかった。

「ルティ」

「はい、ハロルド」

ハッと顔を上げ、ルティエルはにこりと固く微笑んだ。

「お前はどちらがいい?」

ハロルドは、白を基調とした肩から足元まで白のファーが付いたものと、緑を基調としてフレア素材にリボンが装飾されたボリューム感のあるものだった。

「僕は、みなさんが選んだもので」

「だがルティが着るのだから、ルティが気にいるものでないと」

譲らないぞ、とハロルドはルティエルの前に仁王立ちだ。

「……その、どちらかというと、白の方がハロルドとも合うと思います」

まだ自分にどれが似合うかなど考えると、ルティエルはわからなくなる。そんなことを考えることが今までなかったから。でもコーディネートを揃えるハロルドに、自分がどっちを着て欲しいかなら考えられるから、照れながらもルティエルはそう答えた。

「わかった!」

どうやらハロルドは、まだきゅんとすると顔が強面になってしまうようだ。ハロルドは強く胸を抑えた。

「あら、白の方がいいのね」

そんな息子の様子を気にする様子もなく、ハロルドの後ろから皇太后がつぶやいた。

「私は緑でもいいかと思ったのに」

「ルティは白が一番似合うんだ。私も白がいいと思っていた」

やいやいとデザイナーも交えながらまた話し始めた二人に挟まれつつ、ルティエルは違うことを考えてしまう。


「悩み事でもあるのか?」

「え?」

夜、ベッドでハロルドに髪を撫でられ、うとうととしていると、そう聞かれた。

「なにか、婚姻式で不安なことでもあるのか?」

横になりながらルティエルを見つめるハロルドは、寝巻の気の抜けた様子もあるからか、それとも横になってお互いにリラックスしているからか、話しやすい気がする。

「なんでも言え、いや、言ってくれ。お前の心配事は、解消したい」

「ハロルド……」

ルティエルの髪を撫でるのをやめたハロルドは、そっとルティエルの頬を親指で撫でた。

けれど、話すのがためらわれる内容だった。

「ご心配おかけし、申し訳ございません。婚姻式を前に緊張しているようです」

それは理由の半分にも満たない理由だ。

(これは単に、僕のわがままでしかないから……)

ルティエルは自分で、伝えるようなことではないと自分の中におさめようとしている。

「それは、本当か?」

「……はい」

静かに微笑むルティエルを、ハロルドが腑に落ちない様子で見つめてくるのもわかった。

「今日はもう、休みましょう」

そうしてルティエルがころりとハロルドの胸元に転がるも、それでは誤魔化せなかったようだ。ハロルドはルティエルの顔をそっと持ち上げた。

「どうしました?」

けれどルティエルは、わからないふりをした。

「……なんでもない」

そうしてハロルドがぎゅっと抱きしめてくれるから、ルティエルはその腕の中で目を閉じた。

(今はまだ、僕だけのハロルドだから──)


「こういう場に、僕が来るのは時期早々ではないでしょうか」

「いや、そんなことはない」

プルプルと首を振るハロルドは、ルティエルの肩をそっと抱きつつテントから出た。

「今日は私の雄姿を存分に見ているといい」

自信満々なハロルドだが、表情は真剣そのものだ。

(政務の時はこういう感じなのか)

なるほど、確かに穏やかならない空気も身にまとっている冷めきった顔つきに怯える臣下も出てくるのだろう。

『まさか初めての遠出が狩りの場になるとは、なんともロマンティックではない。あぁ、こんなことになるならもっと早くにルティと旅に出ていればよかった。夕陽が美しいあの地で二人で過ごしていればきっとルティエルも……。キャー』

「陛下」

ハロルドが楽しく妄想している中、ルティエルは冷たい声を出した。

「なんだ?陛下だなんて……」

ルティエルが急にそんな呼び方をして肩を抱くハロルドの手にそっと手を乗せたので、戸惑いを持ってハロルドはルティエルを見下ろした。

「今日、僕がネックレスをしていること、お忘れですか?」

「……すまない」

邪念が聞こえてますよ、と張り付けた笑顔で注意したルティエルにハロルドはしおれた様子。

(しまった、今から狩りに行くというのに、これは良くなかったかもしれない)

思いなおしたルティエルは

「旅に出る機会なんて、これからいくらでもあるでしょう。今日はハロルドの雄姿を楽しみにしています」

微笑みながらルティエルが見つめると、ハロルドはちょろいくらいに機嫌よくコクコクとうなずいた。

『ルティの言うとおりだ。早く狩りを終わらせて、旅支度をせねば。そうすれば──』

そこでハロルドの心の声がプツリと途切れた。あとから知ったことだが、ハロルドは心の声を聞かれたくないときは闇の力でブレスレットの効力を無効にしていたそうだ。それを聞いたフィリエルが新たなる研究材料に嬉々としていたが、ブレスレットを使いこなせるのはハロルドしかいないだろうと却下されて嘆いていた。

(いったい、なにを想像しているのか)

一気にやる気が増したハロルドから燃えるような熱だけが流れ込んでくる。

『本当に、ルティは私だけを見ていればよい。私もルティしか目に入らん』

きりっとルティエルを見つめるハロルドに、ルティエルは乾いた笑みを浮かべた。

(いや、狩りなので僕より獲物を見ていただかないと……)

ブレスレットもネックレスも、もう不要だろうと話していた。けれど今日に限っては付けてくれ、とハロルドから言われた。

「他の貴族との交流の場でもあるからな。私がしっかりサポートする」

事前にルティエルの部屋で今回の狩りについての話が合った。ソファに座るルティエルとハロルドの前にアイザックとミアが控えている。

どんと安心すればいい!と胸に手をあて目を輝かせるハロルドに、「いえ、大丈夫です」とは言えずルティエルは苦笑いを浮かべた。

「陛下、ご安心ください。ルティエル様にはアイザックとわたしがついておりますので」

「いや、ルティエルは私のそばに置く」

「陛下、ご冗談ですよね」

「私はいたって本気だ」

ハロルドとミアがバチバチと火花を飛ばす中、まぁまぁとアイザックが仲裁に入っている。

「陛下は貴族たちとの交流と狩りで功績を上げることに集中してください。ルティエル様には今回、テントの中から貴族の顔と名前を一致させることに集中いただきますので」

「アイザックの言うとおりです。ルティエル様のことはわたくしどもにお任せください」

そう言われて、明らかにハロルドは拗ねていた。むぅっと下唇が出ている。

「……あの、ハロルド?」

ルティエルが呼びかけると、ちらりとルティエルを見て、またプイッと顔を背ける。それを何度か繰り返す。

(ハロルドは、意外と甘えん坊さんなんだね)

とても恐面のときのハロルドからは想像もできない、幼い子どものようだ。

しばらくすると眉を下げ、しょんぼりしたハロルドがじっと、ルティエルの指にそっと指を絡めてきた。いじいじと指を擦られ、じっと見つめてくるハロルドはルティエルの手を取り、その手を己の口元に持っていった。

「ルティエル……」

ハロルドが声を出すと手に息遣いと唇の動きが伝わり──

「~~~っ、わかりましたっ!ハロルドと一緒にいますから」

ルティエルは敗北した。ルティエルはまだまだ、ハロルドからいちゃいちゃされるのに慣れない。恥ずかしくて仕方がないのだ。

ルティエルが折れると、ハロルドはパァッと明るいオーラを放った。それと同時に、ミアがにらむようにハロルドを見つめていた。

(ミアがこわい……)

結局、狩りの場で流れ矢で怪我したら大変だということで、ハロルドが狩りに行くときはルティエルはテントでお留守番、それ以外はハロルドと行動をともにすることとなった。

ミアがルティエルを心配してくれていることはわかっている。けれど惚れた相手から甘えられ、拒めるようなルティエルではない。

(精いっぱい、存在を消そう)

ルティエルがそう心に決めていると

「それでは、参ろうか」

ハロルドが差し出してきた手に、ルティエルはそっと手を乗せた。

(いざ参らん!)

存在は消す、けれど気合は充分。

そんなルティエルをハロルドが微笑ましく見つめていたが、ルティエルは気づく余裕もない。

テントからハロルドとルティエルが姿を現すと、貴族たちの視線が集まった。

(視線が、痛い……)

思わずハロルドの腕にかけた手に力が入ったからだろう、ハロルドがルティエルの手に己の手を重ね、ぎゅっぎゅっと握って来た。

『緊張しているルティエルもかわいい♡今すぐテントに戻って抱きしめたい!ルティエル、ルティ──』

感情を排除した目でルティエルを見下ろしているハロルドがルティエルに言い寄っているとは誰も思わないだろう。

(こんなときにやめてほしい!)

ハロルドからのラブコールに耐え切れず、ハロルドと反対側に顔を向けたルティエルの目に、ある光景が入った。

視線の先では、柵に囲まれたエリアでポニーに乗る子どもたちの笑い声が響いていた。そこから少し離れた場所で、落ち着いた赤いドレスを着た令嬢が指揮するように腕を振ると、それに呼応するように赤と白のバラが蔦を伸ばして柵を彩っていく。

(すごい──)

素朴な景色が一転。その優雅な様子に、周囲からも感嘆の声が上がった。周囲の子どもたちも大変な騒ぎようだ。ポニーに乗ってる子は落ちなくなるかと心配になるくらいだ。

広範囲に咲き誇るバラを一瞬にして作り出した令嬢から、ルティエルは目が離せなかった。

するとルティエルの視線に気づいたのだろう。こちらを向いた令嬢とバッチリ目が合い、ルティエルは思わず目をそらした。

(あぁ、いやだ──)

目が合った瞬間に、足もとからゾクリとした。思い出してしまったのだ。

「ルティエル?どうした?」

うつむいたルティエルの顔をハロルドが持ち上げようとすると

「これはこれは!帝国の光たる陛下にご挨拶申し上げます」

快活なゴーダン卿がハロルドに近づいて来ると、その後ろに相変わらず猫背のザンク卿が付いてきているのが見えた。

「今日はよろしく頼む、ゴーダン卿。私も狩りは久しいでな」

「えぇ。今日はみな、陛下がいらっしゃり気合が入っております」

ご覧くださいと言わんばかりに、ゴーダン卿は手で周囲を指し示した。

「狩場では、ザンク卿に陛下の案内を務めさせます」

「へ、陛下。お困りごとなどございましたら、このザンクにお申し付けください」

「あぁ、よろしく頼む」

ザンク卿はそれだけ言うと、またゴーダン卿の後ろに下がった。

「ときにゴーダン卿、あれは?」

ハロルドが視線だけで尋ねた。

「あぁ、あちらはですね。我が娘が子どもも楽しめるようにとポニーを用意しました」

ゴーダン卿が目配せをすると、近づいてきていた令嬢がゴーダン卿の隣に立った。

「帝国の光たる陛下にご挨拶申し上げます。ゴーダン卿が長女、レナティスでございます」

意志の強さを示す赤い瞳に、赤茶色の髪、優雅に挨拶をする姿も完璧だ。

(この子が、ハロルドに嫁がせたいと言っていた子か)

顔を上げたレナティスとまたもや目が合ってしまったルティエルは、そっと視線をそらした。

(あぁ、また──)

レナティスが嫌だったわけじゃない。

ただ、違うとわかっていても怖気の走るキャロリアの赤の瞳を思い出してしまう。

『ルティ、大丈夫だ』

ルティエルがうつむいていると、ハロルドがぐっとルティエルの肩を己の方へと引き寄せた。

「お会いするのは初めてだろうか」

ハロルドはルティエルの肩に置いていた手をルティエルの頭に乗せ、己の肩にルティエルの頭をコテンともたせかけるようにした。

「えぇ、お会いできて大変光栄です」

ルティエルをかまうハロルドの様子に、ゴーダン卿もレナティスも顔色一つ変わらず余裕の笑み。その後ろのザンク卿は恥じらうように両手で目を覆った。

「ルティ、ゴーダン卿とその娘た。挨拶できるか?」

一変したのは、ハロルドがルティエルのあごに指をかけ、猫のあご下を撫でるようにかわいがってからだ。

ゴーダン卿は感心するように見つめる隣で、レナティスの頬がぴくりと動いた。(ザンク卿は指の隙間からちらりと見ている。)

「まぁ、陛下のあの様子」

「えぇ、いつも目が合うだけでこちらが凍てつきそうなのに、あのご寵愛」

ゴーダン卿とレナティスを退けたかっただけなのに、周囲の貴族たち、第一后でなくともハロルドに嫁ぎたい者、嫁ぐよう言われている者もこの場には多いだろう。そういう者らが一斉にコソコソと騒ぎだした。

けれど、それよりもルティエルは気に障った。

(僕にしか見せなかった姿、この場で見せるなんて──)

「ルティ、どうした?」

宮殿外でもルティエルを溺愛でき、満足気に見つめてくるハロルドに対するいら立ちも、この場の緊張感も相まってだろう。

「初めまして」

ルティエルの顔はこわばってしまっただけであるが、その表情は大変に怜悧で、“氷結の王”の后にふさわしく、怖気が走るほど美しかった。

ルティエルの様子にポニーと遊ぶ子どもの声だけが響き渡るほど、辺りはシーンとした。

『なに今の⁉私でさえ初めて見る!正面から見たかったー!』

一瞬静まった後の周囲のざわめきよりなにより、一番騒がしかったのはハロルドであった。

ハロルド、だんだんと騒がしい

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