第6話:記憶の在処
一応、校内新聞に私の記事を再掲し、お悩み相談の復活ができそうだという事を、
皆に伝える事にした。
「やったね。これで元通りになれるといいね」
鈴もまるで自分の事かのように嬉しそうにしている。
「あたしの事記事にするのは難しいって言ってたのにね。何やったの?」
本庄さんは怪しむような眼をして聞いてくる。
「た、大したことはしてないよ・・・」
本当は大層な事になってしまっているのだけど、言えなかった。
あんなの知られたら鈴とか腹抱えて大爆笑とかしそうだもの。
「ふーん・・・ま、いっか、あたしの方はもうじき元に戻るだろうしね」
「まあほら、なんにせよ二人とも状況が良くなるのは良いことでしょ」
と朱音さん。
うん。その為に二人頑張って来たんだし。
当初の協力して、ってところはあんまりなされてないけど。
四人でだらだらと話をしながら校舎へ向かう階段を上っていると、ふと鈴が、
「あ、そうだお姉ちゃん」
と急に振り返って来た。
そして、その振り返る遠心力の勢いで飛んできた鞄にぶつかって、
私はバランスを崩してしまう。
「あっ」
ここは階段。
まだ下の方とは言え、こんなところで体勢を崩したら・・・
ヤバいと思っていても、立て直す余裕は無く
離れていく皆を見ていることしかできな
「うっ!」
ゴッ、という音と共に、視界が暗転する。
お尻と背中と頭に、鈍い痛みが走る。
頭の中で音が反響して、周りの音も聞こえにくいし、
視界も黒い靄のようなもので覆われてよくわからない中、
なんとか手探りで体を起こす。
「ぅ・・・ぅうん・・・」
呻き声を挙げながら体を起こすうちに、視覚と聴覚が戻ってくる。
「由依!由依!?」
「お姉ちゃん!」
「ちょっと、あんた大丈夫!?」
視界が晴れてくると、皆が目の前にいた。
口々に私に声をかけてくる。
「うぅー・・・痛ぁ・・・」
「あ、大丈夫。ちゃんと生きてるよ」
安堵の表情で胸を撫でおろす朱音さんに対し、
「大丈夫?また記憶無くなってたりしない!?」
鈴が凄い剣幕で迫ってくる。
「記憶?」
「うん。ちゃんとわたしの名前、憶えてる?」
鈴が鈴自身を指さしながら聞いてくる。
「うん。鈴でしょ?」
それに私はちゃんと答えてあげる。
「よかったー・・・また記憶喪失になってたら今度こそ心折れるよわたし」
そういながら鈴は階段の踊り場で座っている私のお腹の辺りに顔を埋めてくる。
「あの・・・立てないんだけど・・・」
手に地面の土と草が付いている。
地面を見るとクローバーの群生地に私の手形が残っていた。
・・・うわ、恥ずかしいな。
あの時はそれで終わったけど、
その日の夜。宿題をしながら、私は考えていた。
一度記憶を失った事のある私としては、
今持っているこの記憶が、今後もあり続けているという確証はないんだなと、
その時、ふと思った。
全てを失った時の恐怖と不安は、忘れる事は無かった。
もし・・・それすら忘れてしまった時、私は今度こそどうなるだろうか。
色々な人達に助けられてここまで来たこれが、
もう一度やり直すなんて・・・
自分が辛いっていうのもそうだし、
それを目の当たりにした家族や友達が、どうなってしまうのかを考えたら、今度こそ心が折れてしまうと思う。
・・・その日その日であったこと、日記にでも書いておこうかな・・・?
いや、忘れたらどうしようってのもそうだけど、
なるべく忘れないようにする努力をしよう。
・・・
・・・・・・やっぱりそれも日記を書く事が大切なのでは・・・?
勉強の時も、書くのが大切って言うし。
そんなことを思いながら、古文の宿題を進めていた。
翌日。生徒会活動が早めに終わった私は、鈴より一足早めに帰宅し、駅前の本屋に、日記を買いに来ていた。
「うゎ・・・いっぱいあるなぁ・・・」
全部目的は日記を書くことだというのに、沢山の種類がある。
家計簿のように、出費や収入の欄があるもの。
イラストを描くスペースがあるもの。
装飾が派手で、書くところが少ないもの。
どんなものにしようか選んでいると、
「あっ、六依さん」
「星野さん?」
同じ生徒会役員の星野さんと偶然出会った。
「六依さん、日記書いてるの?」
「えっ、ううん、これから書き始めようかなって・・・」
「へぇー。日記って、何かいいよね」
星野さんは、並んでいる様々な日記帳を見ながら言う。
「星野さんって、日記、好きなの?」
星野さんの日記帳を見る目はとても楽しそうだ。
「うん。流石に毎日って訳じゃ無いけど、何か面白いことがあった日は書いてるよ」
「そうなんだ」
「今日は六依さんが日記書き始めたって、書いちゃおうかなー」
ふふっ、と可憐に笑う。
「ちょっと、恥ずかしいよー」
人の日記に、自分の事が書かれるって知らされるとなんかくすぐったいな。
「そういえばさ、六依さんは、どんな日記を書くの?」
ふと星野さんが聞いてくる。
どんな・・・?
私が日記を書く目的は、思い出を、記憶を、忘れないため。
「記憶に残る・・・日記が書きたいかな・・・」
「記憶に?」
「そう。ほら、前にさ、私記憶喪失になったって、言ってたでしょ」
「うん」
「昨日、急にまた記憶喪失になったらどうしようって思ったらなんか怖くなっちゃって、どうにか記憶を忘れないようにしたいなって」
「そっか・・・記憶を忘れないようにねー・・・」
星野さんも、私の日記帳探しに協力してくれている。
私も数あるなかから、何かピンと来る日記帳を探す、
全体的なデザインや、ページのレイアウトを見ながら、ベストな日記を探していると、
一つの日記が目に入った。
それは、薄水色のやや小さめな日記帳で、
ラベルに、「大切な思い出を忘れないために」と書かれていた。
私はそれに誘われるように手に取って、パラリとページをめくってみた。
そこには、他の日記帳には無かった、大事な人の情報を書いておく欄。があった。
顔写真を書いておくスペース。その人がどんな人か、私とはどんな関係だったか、
そんなことを書く場所もあった。
これは、私にピッタリの日記かもしれない、
そう思って、日記を書くスペースも見てみた。
日記スペース自体は、他と対して変わりは無かったけれど、
ひとつだけ、違う所があった。
それは、日記の最後に、記入者を書きこむ欄。
個人の日記としては、珍しいと思う。
けど、思い出を忘れないように、という面では、最後に自分の名前を書くことは、自身を自覚するために、大切なんだろうと思う。
・・・うん。これがいいかも。
「星野さん。よさそうなのがあったよ」
レジに向かう前に、一緒に探してくれている星野さんに一言かける。
「良かったね・・・へぇ・・・そんなのもあるんだ、六依さんにピッタリだね」
私の選んだ日記を見ながら、星野さんも絶賛してくれた、
私の記憶は、今日から、
この日記帳にも、刻まれる事になる。
言わば、これは私の、もうひとつの記憶の拠り所。




