第11話:バレンタイン・ハート
呼ばれ方が変わるだけで、
こうも印象が違うなんて・・・
勇気を出して、呼び方を変えたは良いものの、
呼ばれる側の対策が全く不十分だった。
牧は・・・慎二くんから、今までの「六依さん」から「由依」へと呼ばれ方が変わって、もうドキドキしてどうしようもない。
これ、相手もそうなってるのかな・・・
「はい正彦ー。あーん」
「美樹またー?しょうがないなー」
隣のカップルは平気で呼びあっていちゃついている。
どこまで経験を積めばあんなレベルに達するんだろうか。
「あれ、したいのか?」
「うぇ?」
不意に牧・・・慎二くんから声をかけられて変な声を上げる。
「ほら、あの食べさせ合う奴」
いやいやいやいやいや
「えっ?いや、そんなこと・・・」
でもこのバイキングはそれを推奨している。
何故ならば、ここにはお一人様一種類限定の特別ケーキが二種類。
つまり、お互いに交換しあわなければ両方を食べられないシステムだ。
そして、それは凄い美味しそうなスペシャルなケーキ。
「でも限定ケーキずっと食べたそうに見てるし・・・」
そうです。やれるんなら食べたい。食べてみたい。
でも、恥ずかしいじゃん。
「食べたいならやるぞ」
そう言いながらま・・・慎二くんが限定ケーキを一口分切り分けて、フォークにのせてこっちへ持ってくる。
恥か、ケーキか。
・・・
・・・隣もやってるし・・・
ちょっとくらい・・・
「じゃ、じゃあ・・・あ、あーん・・・」
おずおずと口を開けてケーキを受け入れる体勢を取る。
・・・
迫ってくるケーキと、真剣な慎二くんの顔。
あっ!やっぱこれ凄い恥ずかしい!
止めときゃ良かった!
思わず目を閉じてしまったその瞬間、口にケーキが押し込まれる。
「んぐ・・・・・・・・・あ、美味しい」
ケーキはとってもおいしかったけど、恥ずかしさで顔は凄い事になってるに違いない。
「で、ゆ、由依」
「ほぁい」
口にまだケーキが入っているので、また変な返事になる。
「そっちのも気になるからさ、出来ればでいいから、俺にも一口・・・」
「・・・そ、そうだよね。気になるよね」
自分のケーキを一口大に切り分けて、フォークに載せて前へと持っていく。
「はい」
・・・
うわー!これやるのも恥ずかしい!!
後で思えば、普通に皿を交換する方法もあったなぁ・・・って。
その後のスイーツバイキングも、ケーキは美味しかったけど、楽しいというよりも、緊張して堪らないという感情の方が強かった。
店を出ると、既に日は落ちかけていた。
やっぱり冬は暗くなるのが早い。
だけど、さっきから火照りっぱなしの体は、2月の屋外の寒さを軽く耐え抜く程の熱量を産み出している。
バイキングの時からずっとそうだけど、顔が熱くてたまらない。
「どうだった?」
・・・慎二くんが聞いてくる。
「う、うん。美味しかったし、楽しかったよ。しん・・・そ、そっちはどうだった?」
「ああ、こっちも大満足だよ」
「よかった」
二人称を使わない駆け引きが始まる。
まだお互いに新しい呼び名を呼び慣れてないから、凄く気まずい。
刻々と日は沈み、橙から藍、黒へと空はみるみるうちに移り変わっていく。
駅へと向かう道には、一本の大きな橋がある。
日の落ちた後のその橋は、両側にビル郡の夜景が広がる、絶好のナイトスポットと化していた。
バレンタインという日も相まって、橋には沢山のカップルが歩いている。
「ねえ」
ふと呼び止める。
「ん?」
「今日・・・いきなり二人きりになっちゃったけどさ・・・どうだった?その・・・嫌じゃ無かった?」
「いや?全然。楽しかったよ?」
「そ、そう?じゃ、じゃあさ・・・その、私の事・・・どう思ってるのかなー・・・って・・・」
どうして聞けたんだろう。
勢いか、夜景の雰囲気の成せる業か。
言っちゃったあと急に恥ずかしくなってきたけど、もう、撤回はできない。
「・・・ゆ、由依の事?」
「そう。・・・私がしっ、慎二くんの事どう思ってるか知ってるんだし、・・・慎二くんが私の事どう思ってるか聞かないと不公平じゃん」
恥かしさや雰囲気に中てられて、テンションがおかしくなっていたのだろう。
橋に寄りかかりながら、食い下がる。
欄干にバッグが当たり、カランと音を立てる。
「・・・あー・・・そっか・・・」
慎二くんも私の隣に寄りかかる。
自然と、二人で夜景を眺める体勢になった。
「・・・俺は由依の事・・・悪くないと思ってるよ」
「・・・曖昧な言い方だね」
「俺にとって身近な女子って、朱音くらいしか居なかったから、友情とか、恋とか、正直良くわかんないんだよな・・・」
「そっか・・・でも、一個だけ聞かせて?」
「何?」
「私の事・・・好きか、普通か、嫌いかで言えば・・・どれ?」
こんな質問、大胆過ぎて、普段の私なら絶対できなかった。
だけど、この夜景と、今の気分だと、なんでか自然に出来た。
「そっ・・・それだと・・・」
慎二くんは狼狽えながら言う。
「・・・好き・・・かな・・・」
その横顔は、いつもより魅力的に見えた。




