第11話:正射必中
「・・・ふぅーーーー・・・」
桜さんが大きな息を吐く。
この一射を外してしまえば、
桜さんは負ける。
そうすれば、楓さんの弓は神木先輩に折られ、
二度と再戦の機会はやってこない。
自然と私たちの視線が鋭くなる。
私の心臓の鼓動はもちろんの事、
隣の楓さんの心音も聞こえてきそうなほどだ。
桜さんは、さっきと全く変わらぬ美しい動作で矢を番える。
しかし、構えたその手はプルプルと震え、狙いが定まらない。
「・・・姉さん・・・」
楓さんがつぶやく。
「・・・ふう」
桜さんは、小さく息を吐くと、番えた矢を下ろしてしまう。
「大丈夫・・・私は・・・覚悟はできてる・・・」
小さな声で呟いている。
どうやら、私と楓さんにしか聞こえてはいないようだ。
「私の為に・・・楓の為に・・・御堂の為に・・・由依ちゃんの為に・・・だから・・・」
・・・私も入ってるの?
「私は・・・当てる・・・っ!」
そういって、桜さんは遥か先の弓を見据える。
そして、
「ふぅーーーーー・・・・・・はぁーーーー・・・・・・・」
大きな、とても大きな深呼吸を一回。
もう一度、矢を構える。
さっきよりも、遥かにゆっくりと。
矢を番えるその瞬間。桜さんはふっと目を閉じる。
そこから桜さんはピタッと動かなくなった。
目の前には、動くものも、聞こえるものも無い。
まるで時が止まっているような。
そんな感覚がする。
だから、桜さんが静止していた時間は、よくわからなかった。
5秒以上止まってたのかもしれないし、1秒くらいだったのかもしれない。
桜さんがスっと、目を開ける。
その目は、今まで見たどの桜さんよりも、真剣な目つきをしていた。
その姿は、私が見惚れるほど凛としていた。
・・・それは、矢を放った後も見つめていたほど。
私がそれに気が付いたのは、遠くで聞こえた、バキィ!という何かの破壊音。
ハッとして。音の方へ振り向く。
皆そうだったのだろう。
私と振り向くタイミングが同じ人も沢山いた。
音のした先には、弓は無かった。
・・・あ、あった。立ててあったはずの弓は下に転がっている。
その弓は、真ん中で真っ二つに砕けていた。
「あっ・・・」
それを見つけた私は、うっかり声を漏らしてしまったけれど、それが気にならないくらいの歓声が起きる。
「御堂先輩が神木先輩を破ったぞ!」
「すげー!あんなの見たこと無いよ」
「次期部長は決定だなぁ」
そんな中、
ふぅ、と小さく息を吐く桜さんに、楓さんが駆け寄る。
「姉さん・・・っ!」
「楓、これでいい?」
「うん。はぁ・・・やっぱり姉さんには敵わないか」
「楓が心の在り方で勝てないって言うなら、それを証明するのが私の務めよね」
「六依、お前も何か、言いたいことはないか?」
え?言いたいこと?
「そうですね・・・桜さん、おめでとうございます」
「もっとこっちにきて言えば良いのに」
そう、そうしたいんですけど、
「そ、そのっ、足が痺れて・・・立てないっていうか、その・・・」
助けて!
「ふふっ」
「あはははっ、なんだそりゃ、軟弱だぞ?六依」
「わ、笑ってないで、た、助けてください・・・」
楓さんに起こしてもらっている間に、桜さんの姿が見えなくなっていた。
「あ、ありがとうございます・・・あれ?桜さんは?」
「姉さんならあそこだ」
指す先には、神木先輩と桜さんが話しているのが見えた。
何かを話しているのはわかるけど、内容まではわからない。
「わざわざ離れて話してるんだから、あんまり聞かれたくない話なんじゃないの?」
楓さんはそう言う。
じゃあ、聞かない方がよさそうだね。
「神木先輩」
「なんだ?」
部活が終わった後、一人でいた神木先輩に、私は聞いてみる。
「あの時、桜さんと対決をしたのは何故なんですか?」
「あの時言っただろう、あいつに俺を越えさせる為だよ」
「本当ですか?」
「なんで疑ってるんだ・・・あぁ、いや、普通の高校生は後輩に抜かれるのはあんまり良いことじゃないか」
「ま、まぁそこら辺はあんまり私もよくわからないですけど・・・」
私は後輩って、知らないから。
「そうだな・・・興味を持ったって言えばいいか?」
「興味・・・ですか?」
「ああ、あいつの射に興味を持った。でもあいつは俺という存在がネックになって、伸び悩んでた。だからそれから解放してやった。って答えじゃだめか?」
「いいえ、大丈夫です」
でも聞きたいことはもう少し。
「だったら、一射外したのはわざとなんですか?」
私がそう聞くと、彼は微笑みながら、
「いいや?本気だったよ。勝負の場に妥協なんて相手への冒涜だしね。だから、もし二射目、あいつが外したら、容赦なく俺は射貫いてたよ」
その笑顔は、底が見えないような不気味さを湛えていた。
きっと、本当に二回目、この人は当てていたのだろう。
「なんか、とんでもない話ですね」
「そうか?俺だって人並みの感情は持ってるよ」
私は人並みの感情は持ってないなんて、そこまでは言ってない。
「俺が、あいつに超えてもらいたかったのは、俺が見た世界と、同じ世界を見てもらいたかったからだよ」
「世界?」
「そう、極限まで集中した時に訪れる、自分と的以外存在しない世界。俺は何回か見たことあるんだけど、誰に言っても信じてくれなくてな・・・共感者が欲しかったんだよ」
なんかさらっととんでもない事言ってる気がするんだけど・・・
「桜さんは、見たんですかね・・・その世界」
「あいつは、見えたって言ってたな。ま、俺の見たそれと同じだって保証はないが」
そういう神木先輩の顔は、とても満足気だった。
・・・ここら辺の人たち、超人ばっかりで、全然その世界に追いつけないよ・・・。
あれから、御堂姉妹は、ずっと仲良くなった。
登下校の間も、何か話しているらしいし、
休み時間も一緒にいるらしい。
二人は、昔のような、純粋に笑い合える仲に戻ったのだろう。
そして結局、二人とも、今までの負い目を部の皆にも話したらしい。
それからというもの、吹っ切れたのか、二人の調子はうなぎ上りだと聞いた。
桜さん曰く、
「心の片隅にあった靄が晴れたから、いつもより的がくっきり見えるわ」
とのこと。
楓さん曰く、
「今の私は強いぞ。なんたって、反則負けしない」
とのこと。




