第5話:傷跡
体力テスト。
文字どおり、体力や、身長、体重、それが今どれくらいあるのかを測るものの事。
クラス内は、マラソンがだるいとか、体重が増えたとか、そんな話題でもちきりだ。
私にとっては、死活問題だ。
たかがテストと言えど、登校するだけで筋肉が悲鳴を上げる私は
50メートル走も、反復横跳びも、砲丸投げも、
もちろんマラソンやシャトルランも、全てが物理的に辛い。
私史上最大の筋肉酷使イベントなのだ。
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入学して一週間。
体力的な問題があるため、更衣室で着替える最初の日だ。
それはつまり、学校で初めて、背中の傷を晒す日になるという事。
「まぁ無理そうなら、先生がいろいろ譲歩してくれたりするからなんとかなるでしょ」
今日も朱音さんと妹の鈴と一緒に行動することになっている。いつものメンバーだ。
着替えながら、二人で駄弁っている。
鈴は、トイレに行っていて今は居ない。
「50メートル走どうしようかな・・・私走り方よく知らないんだよね・・・」
実のところ、私は目覚めてから、まだ一度も走るという行為を行ったことが無い。
「走り方・・・?走り方かぁ・・・ごめん。私もあんまり意識した事ないや。」
「だよね・・・ふつうは子供の時とかに自然とできてる事だもんね」
「まぁね。あ、でも陸上部とかなら、こう、しっかり言葉で説明とかできそ・・・あっ・・・」
シャツを脱ぎながら話していると、不意に朱音さんが言葉を詰まらせる。
見ると、私の背を見て、固まっているようだ。
考えられる理由は一つ。背中の傷の事だろう。
「あ・・・これ、見ちゃった・・・?」
「え?あっいや、そのぅ・・・・・・・・・・うん、ごめん。見た・・・」
珍しく声が小さくなる朱音さん。
タブーに触れてしまったと思ったんだと思う。
実際、私も気にしている事だし。
「ねえ・・・この傷跡・・・どう思う?」
だけど、私は逆にその話題に突っ込んでみる事にした。
「この傷、五年前のやつなんだけど・・・」
戦国武将みたいな人ならともかく、女子高生・・・いいや、男女関係なく
間違いなく外見としてはマイナス要素にしかなりえない背中の傷跡。
決め細やかな肌にいきなり現れる、外皮が捲れ上がり、肌の内側が固まってピンク色になっているような生々しい傷痕。
気の利いた返事は期待はしていなかった。
私だってもし友達からこんなの見せられて、うまい返しなんて出来そうにない。
そんな私の無茶ぶりとも言える問いに、朱音さんは心配と困惑が混ざり合ったような声色で返してきた。
「どう思うかって・・・それ・・・痛くないの?」
「痛み?痛みは無いよ。私が目覚めてから一度も」
「そうなんだ、よかったー。毎日動くたびに背中の激痛と戦ってるとか言われたらホントどうしようかと思ったよ。でも痛みは無いんだね、安心した」
「うん・・・それは大丈夫なんだけど、こんな生々しいの見てドン引きとか、してない?」
「え?うーん、まぁ、一瞬ビックリはしたけど、そんな引くほどじゃないよ。・・・確かに、あんまり好きじゃない人は居るかもしれないけど、私は平気」
「よかった・・・これで、ちょっと無理・・・とか言われたら私どうしようもなくなっちゃうし・・・」
あはははは・・・
と二人で柔らかく笑う。
それに何の意味があったのかはわからないけど、
とりあえず私と朱音さんの間に、亀裂ができるなんてことは無いようで安心した。
「でももし彼氏が、うわ・・・とかいうリアクションとったらヘコむなー。私も中学の時経験あるもん。傷じゃないけど、八重歯が嫌いって言われて、それで別れた事が・・・」
どうやら私は朱音さんの要らぬトラウマを掘り起こしてしまったらしい。
「あっ、ごめん・・・なんか変なもの思い出させちゃって」
「いや、由依は関係ないよ・・・私が勝手に思い出しちゃっただけで」
でも、よく考えてみれば
もし、私が誰かを好きになって、それで誰かと付き合うことになって、
何かの拍子に、背中の傷を見られて、それで拒絶されるようになってしまう事だって、当然あり得る。
そうなってしまった時、私はどうなってしまうだろう。
どうすればいいのだろう。
私は私を嫌うようになってしまうだろうか。
この傷は、過去の私のもの?今の私のもの?
「まぁ私は、それが原因で八重歯やめたいとか思ったことは無いけどね」
いつの間にか、朱音さんは調子が戻っていた。
「それが嫌ならもう私そのものとの相性が悪いって事で割り切ったよ。良いとこも悪いとこも合わせて個性だし」
「どうせ一生付き合っていくんだから、受け入れられない人と無理に付き合う必要は無いよね。気になる人なんてどうせすぐ新しいのが出来るよ」
朱音さんのさっぱりとした恋愛観というか、人生観は、見習いたい。
簡単には変えられないとは思うけど、
私もこんな風に、難しく悩み続けることの無い人間になりたい。




