第11話:入学試験
高校に進学するにあたって、今必要なものは学力だ。
私が志望していた高校は、演劇部が活発で家からほど近いという理由で、学力的には高望みしていなかったから、必要な学力はかつての私なら十分すぎるほどだったらしい。
でも、想像していた時よりもそれほど学力は落ちていなかったとはいっても、
今の私に高校に進学できるほどの学力は無かった。
「やっぱり日本史がネックかなぁ」
抜けた記憶の大半は固有名詞。つまり人の名前や出来事、場所の名前や情報など、物ひとつひとつに専用に付けられた情報の事。
日本史は固有名詞の集合体で、全くと言っていいほど記憶から消えてしまっていた。
鈴の為にも、この高校に今年合格する必要がある。
私は自分の為、妹の為、そしてかつての友達の為、
三つの覚悟で勉強に臨んだ。
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二月下旬
既に一度高校の入学試験を突破した経験がある事、
そして、自身の特殊な環境、体力的な問題。
様々な理由から、入学試験は一般生徒たちとは別の場所、時期で受けられるらしい。
高校へと向かう車の中でも、私は最後の確認をしていた。
やれることはやってきた。
確かに、誰よりも突貫工事だったかもしれない。
でも、私はこれ以外の道は残されてはいない。
違う。これ以外の道は考えたくはない。考えられない。
歩み始めた第二の人生は、こんなところで躓いてはいられない。
空っぽになってしまった頭に、できる限りの知識を詰め込みなおして、
私は、戦いに臨む。
いくら体力に難があるといっても、椅子に座って字を書き続ける行為を続けるくらい何てことは無い、
なんて希望は幻想でしかないことはとっくに知っている。
有酸素運動が出来ないことは簡単に想像できた。でも、字を書く。その行為で使われる手首の筋肉がここまで消耗する事は予想外だった。
だから私はリハビリ中、字を書くときに、手首に頼り過ぎない書き方を模索していた。
指を、腕を、総動員し、負荷を分散させ、一文字でも多く書けるよう、そんな努力をしてきた。
「では、試験を始めてください」
優しそうな雰囲気の女性教員が、試験開始の合図をする。
私はペンを手に取り、戦場へと繰り出した。
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これで・・・最後・・・っ!
残り時間はあと三分。
最後の教科、その解ける問題の最後の一問を解き終えて、私はペンを机に落とす。
落とすというより、落としてしまったの方が正しいかな。
もう、ペンを拾う事さえ難しい。
私の右腕は腕も、手首も、指先も、全てが疲労困憊だった。
もしあの、たくさん字を書く練習をしていなかったら、私は最後までテストに臨めなかったかもしれない。
「そこまでっ」
教員の声が響く。
回収されていく答案用紙に全てを託し、私は息を吐く。
やれるだけの全てはやりきった。
半年間。すべてを捧げて臨んだこの試験。私は、どこまで頑張れたのだろう。
私の頑張りは、他の人たちと比べて、どれほどのものだったのだろう。
私の努力はどれだけ通用するのだろう。
私の人生は・・・
気が緩んだ途端、急に不安が襲い掛かってくる
自分ではもうどうにでもならないという不安が、心を蝕んでいく。
心拍数が上がっていく。
顔は紅潮しているのかもしれないし、青ざめているのかもしれない。
自分の感情が、コントロールを失いかけていた。
「お疲れ様、お体の方は大丈夫?」
教員の声が聞こえる。
はっと、我に返る。
「はい、今のところは・・・」
実際、問題という問題は、右腕だけだし、これも少し休んでいれば、ペンを鞄にしまうくらいはできるようになると思う。
「あなたは覚えて無いかもしれないけど、五年前あなたの面接を担当したのは私なのよ」
「そう・・・だったんですか?」
「記憶喪失になってるって聞いてたけど、あなたは、変わってないわね」
「え・・・?」
面接の時の昔の私は、何を言っていたんだろう。
「何かを考えてる時、左手を首元に持っていく癖とかね」
私にそんな癖があるなんて・・・しかも昔から。
「まだ目覚めて半年なんでしょ?そこから高校受験に挑むなんて、大変だったでしょう。もう一年遅らせても良かったんじゃない?」
「いや・・・その、それは・・・」
「もしかして、妹さんの為?」
「え?」
「五年前もね、あなたは志望動機の一つに、「妹が遠くに行っちゃヤダって泣きつくから遠くの学校は選べなかった」って書いてたのよ。あの時はちょっと笑っちゃったけど、本当に妹思いの子なんだなぁって思ったの」
昔の私も、鈴の為に、頑張っていたのかな・・・
「明後日は妹さんの試験日ね。頑張れって、応援してあげたら?」
「きっとあなたは大丈夫だから」
私の不安は、いつの間にか収まっていた。




