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聖女だけど聖魔法はアンチです! ―元プログラマー、異世界でバグだらけの魔法をデバッグします―  作者: チキントマト
第1章

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境界の森の異常【未知の例外処理】

音速の放物線を描いた自由落下の末、私は落下速度のベクトルを反転させる『クリーン(空気クッション仕様)』を直前で展開し、なんとか五体満足で未知の大地へと着地した。


そこは、エルラディン聖教国の干渉が及ばない、国境沿いに広がる通称「境界の森」。

だが、一歩足を踏み入れた瞬間に、プログラマーとしての私のシステムセンサー(直感)が、明確な「違和感」を検知して警報を鳴らし始めた。


「……何かしら、このエリア。空気の通りが悪いというか、背景のレンダリング(風景の描画)が妙にギザギザしていて、システム全体がひどく重い(ラグい)気がするわ」


「そうね……。ここは昔から『神に捨てられた迷宮』って呼ばれていて、どんな高位の魔導士でも魔法がうまく発動できなくなる、呪われた土地として有名なのよ」


フェリスが錆びた剣の柄に手をかけ、周囲の暗がりを警戒しながら教えてくれた。

彼女の美しい銀髪が、森のあちこちに群生している「奇妙な赤い花」の光を浴びて、妖しく紫色に明滅している。


その赤い花は、まるで独自の脈動を刻むように怪しく点滅し、周囲に微細な赤い光粒子エフェクトを撒き散らしていた。


「魔法が発動しなくなる……? そんなの仕様書にないわ。ちょっと試してみるわね」


私は手元に、最もエラーの起きにくい基本スクリプト、火属性一サークルの『ティンダー(火ツキ)』を呼び出そうとした。

脳内で変数と関数を組み立て、魔力の出力を最適化ビルドして、指を鳴らす。


――パチン。


【Error: Exception in thread "main" NullPointerException】

【プロセスはコード -1 で強制終了しました】


「……は? 嘘でしょ? 完全に構文シンタックスは正しいのに、コンパイルすら通らずに強制終了タスクキルされたわ」


私は自分の指先を見つめて目を見張った。火種どころか、煙すら出ない。

私の持つ十サークルのルート権限(魔力)は完全に満タンなのに、術式を出力するためのパイプラインそのものが、根元から強引に「遮断ブロック」されたような感覚だ。


「言ったでしょう、イルハ。ここではどんな奇跡も無効化されるの。教会の教えでは、神の加護が届かない『世界の果てのバグ』だって……」


フェリスが悲しげに目を伏せる。

だが、その言葉を聞いた瞬間、私のデバッガーとしての魂がパチパチと火花を散らした。


「バグですって? 笑わせないで。世界システムという巨大なプログラムが、こんな局所的なエラーを放置して稼働し続けられるわけがないわ。これはバグ(不具合)じゃない……明確な意図を持って埋め込まれた【例外処理(try-catch文)】よ!」


私はドレスの裾をひるがえし、足元に咲く「赤い花」の前にしゃがみ込んだ。

そして、その花から放出されている赤い光粒子の波形を、魔力解像度を最大にして凝視する。


ビンゴだ。この赤い花から放たれている光粒子は、周囲の空間にあるすべての魔力データに対して、強制的に『abort();(処理中断)』のコマンドを送り続ける、ジャミング(電波妨害)コードの役割を果たしていたのだ。


「なるほどね……!この赤い花は、世界システムが『想定外の過大魔力』によってサーバーダウンするのを防ぐために、あらかじめ配置された安全弁ファイアウォールなのよ。私たちが近づいただけで魔法が消えるのは、私の十サークルの魔力に花が過剰反応して、エリア全体の魔法機能を緊急停止システムシャットダウンさせているからだわ!」


「理屈は全く分からないけれど、つまり、イルハの規格外の魔力のせいで、この森のセキュリティが最高レベルに跳ね上がってるってこと!?」


「その通りよフェリス! 私の存在自体が、このエリアにとっては致命的な不正アクセス(ウイルス)扱いになっているのね!」


「自慢そうに言わないで! 魔法が使えないなら、私たちはただの非力な女の子二人じゃない! どうするのよ!」


フェリスが頭を抱えたその時。

森の奥の茂みがガサガサと大きく揺れ、赤い光粒子を全身から激しく吹き出す、巨大な魔獣が姿を現した。

その姿は狼に似ていたが、頭部がいくつも重なり合ってブレているような、まるでグラフィックの処理落ち(残像バグ)を起こしているかのような不気味な姿をしていた。


ガアアアアアアアアアッ!!!


「くっ、追手じゃなくて魔獣(原生バグ)のお出ましね……! イルハ、下がって! 魔法が使えないなら、私の物理攻撃(剣技)で切り抜けるわ!」


フェリスが錆びた剣を引き抜き、鋭い踏み込みで魔獣の前に躍り出た。

彼女の剣技は、魔法の加護を失ってなお、精密で圧倒的な速度を誇っていた。一閃。魔獣の首を正確に捉え――。


スカッ。


「え……!?」


剣は、確かに魔獣の身体を捉えたはずだった。しかし、手応えは一切なく、剣先は虚空を切り裂いただけだった。魔獣の姿が、まるでテレビの砂嵐のように一瞬だけザザッ、とブレて、次の瞬間には何事もなかったかのようにフェリスの目の前に「再配置ポップ」されていた。


「攻撃が、透過した……!? 幻影ホログラムなの!?」


フェリスが驚愕に目を見開く。魔獣の鋭い爪が、体勢を崩した彼女の胸元へと迫る――。


「フェリス、そこを動かないで(フリーズ)!」


私は路地裏から飛び出し、フェリスの身体を後ろから抱きすくめるようにして、その爪の軌道上へと自分の「純黒の手袋」をはめた右手を突き出した。


「イルハ、だめよ! 魔法は使えないのよ!!」


「魔法が使えないなら――世界システムの『コアデータ』を直接、物理ハッキング(メモリ改ざん)するだけよ!!」


私は迫り来る魔獣の爪に向かって、あえて掌を完全に開き、接触させた。

魔法の術式インターフェースが使えないなら、オブジェクトに直接触れて、その構成データ(ポインタ)を私の十サークルのルート権限で強引に書き換えてしまえばいい。


(ロジック構築:ターゲット、接触したオブジェクトの存在定義。この魔獣のグラフィックがブレているのは、座標データがループ処理でバグっているからよ。ならば、その存在確率(生存フラグ)の変数を――『false(偽)』に直接書き換える(オーバーライト)!)


私の手のひらから、魔法ではない、なまの、剥き出しのシステム魔力が魔獣の身体へと直接流し込まれた。


その瞬間。


ピキィィィィィィィィィィィン……!!!


魔獣の全身が、完全に真っ白な「立方体のブロック(豆腐バグ)」へと変貌し、そのまま音もなくサラサラとした塵(消去データ)になって消滅した。


「……は?」


限界突破したフェリスのツッコミが、今度は声にすらならず、ただの乾いた裏返り声となって森に消えた。

魔法を無効化するはずの例外処理の森で、魔法を使わずに「存在そのものをデータ抹消」するという、もはや神の領域チートに近いバグ技を繰り出した私を見て、フェリスは完全に魂が抜けたような顔をしていた。


「……あ、おかしいわね。魔獣の座標バグを直してあげるつもりが、存在の定義ファイル(マスターデータ)ごと上書き保存(上書きデリート)しちゃったみたい」


「……もういいわ。もう驚かない。あなたは魔法が使えなくても、触るだけで世界を壊せる『歩くシステムエラー』なんだって、今ので完全に理解コンパイルしたから……」


フェリスは錆びた剣を鞘に収め、がっくりと項垂れながらも、その唇にはどこか諦め混じりの、けれど最高に愛おしそうな苦笑いを浮かべていた。


私はそんな彼女の手を、再びぎゅっと握り締める。

手袋越しでも伝わってくる彼女の確かな体温。世界システムがどれだけ私たちを「例外エラー」として排除しようとも、この相棒デバッガーが隣にいる限り、私のロジックが負けることは絶対にない。


「ふふ、さあ行きましょう、フェリス。この例外処理の森をハックして、新しい新天地へのバックドア(抜け道)を見つけるわよ!」


「はいはい、どこまでもお付き合いしますよ、私の破天荒な魔女様」


怪しく光る赤い花の森を、私たちは恐れることなく、むしろ楽しげな足取りで突き進んでいく。

世界のクソ仕様を根本からリファクタリングする二人の逃避行は、未知の例外すらも味方につけて、さらに深く、世界の核心へとランタイムを加速させていくのだった。

お読みいただきありがとうございました!

魔法が無効化される呪われた森で、まさかの「生データの直接改ざん(豆腐バグ化デリート)」という力技を披露したイルハ。フェリスのツッコミも、ついに声が出なくなる領域へと達してしまいました。

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