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聖女だけど聖魔法はアンチです! ―元プログラマー、異世界でバグだらけの魔法をデバッグします―  作者: チキントマト
第1章

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染色魔法のオーバーフロー【漆黒の魔女誕生】

教会の地下通路を駆け抜け、排水口のセキュリティホール(ただの鉄格子。もちろん物理デリートした)から外へ脱出した私たちは、深夜の商業区にある薄暗い路地裏へと身を潜めていた。


レンガ造りの壁に背を預け、フェリスが「はぁ、はぁ……」と激しく肩を上下させている。

さすがの近衛騎士も、大聖堂破壊からの脱獄、そして私を引っ張っての全力疾走は、CPUにかなりの負荷(疲労)がかかったらしい。


「……ひとまず、ヘイト(追手の視線)は切れたみたいね。お疲れ様、フェリス。はい、これ冷たいおウォーター


私は手元に極小の術式を展開し、今度は慎重に、本当に慎重に出力を落として、手鏡ほどの水球を作って彼女に差し出した。


「ありがとう、イルハ……って、ひゃっ!? ち、冷たすぎるわよこれ! 氷点下フリーズ寸前じゃない!」


「おかしいわね、水温のパラメータを『常温(20)』に指定したつもりが、符号プラスマイナスが反転して『マイナス20』の絶対零度バッファが適用されちゃったみたい。まあ、冷えてて美味しいでしょ?」


「心臓が止まるかと思ったわよ……」


フェリスはぶつぶつ文句を言いつつも、喉がカラカラだったのか、差し出した氷水を一気に飲み干した。

生き返ったように息を吐き出す彼女の唇が、少しだけ瑞々しく 濡れている。それをぼんやりと眺めていると、フェリスが自分の服と、私の服を交互に見比べながら、深刻な表情で眉をひそめた。


「……でも、一息ついている場合じゃないわ。イルハ、あなたのその格好、夜の街だと完全に『光源』レベルで目立っているのよ」


言われて自分の体を見下ろす。

そこに隠されていたのは、最高級のシルクで編まれ、教会の聖なる加護(という名のプロテクト)が施された、まばゆいばかりの「純白の聖女ドレス」だ。暗い路地裏にあっても、月光を反射してプラチナのように白く輝いている。


「確かに、このグラフィック(見た目)のままじゃ、街の巡回兵(デバッグ部隊)に見つかるのは時間の問題ね。完全に指名手配犯の専用スキンだわ」


「どこかのお店で普通の服を調達ドロップできればいいけれど、この時間じゃどこも閉まっているし……。私の騎士団の制服も、これはこれで目立つし、どうすれば……」


フェリスが困り果てて銀髪をかき上げる。

だが、私にとってこの程度の問題は、フロントエンドのデザインをほんの少し書き換える(CSSを変更する)程度の造作もないことだった。


「大丈夫。こういう時のために、生活魔法には『カラー(染色)』のプリセットが用意されているわ。服の繊維に含まれる色素データ(RGB値)を直接書き換えて、夜に紛れるステルスカラーに偽装してあげる」


「カラー……? そんな、生活魔法の染色なんて、せいぜい白い布をうっすらお茶の葉色に染めるくらいしかできない、魔力の無駄遣いって言われている地味な魔法よ?」


「それは運営(教会)の仕様書しか見ていない一般ユーザーの意見。私に言わせれば、カラーデータの書き換えなんて、色の三原色の数値をちょっと操作するだけの基本処理よ。ただ、生活魔法の元々の出力上限バッファが小さすぎるから、みんな淡い色にしか染められないの」


私はニヤリと笑い、ドレスの裾をつまんだ。

私の持つ十サークルのルート権限(魔力)を、この『カラー』の術式へ一気に流し込む。


「ターゲット指定、この聖女ドレス。カラーコードを『#000000(純黒)』に固定。ただし、ただの黒じゃ面白くないから、カラーパラメータの数値を極限まで引き上げて、光すら透過しない『完全なシャドウ』の値を代入インプットする!」


生活魔法の安全装置リミッターを完全に解除し、数値を上限突破オーバーフローさせる。

瞬時に、私の指先からドロリとした「漆黒の魔力」が溢れ出し、純白のドレスの裾から恐ろしい勢いで侵食を始めた。


「ちょ、ちょっとイルハ!? ドレスが、ドレスが闇に飲まれていくわよ!?」


フェリスが悲鳴を上げる。

白かったシルクの繊維が、魔力のオーバーフローによって次々と反転していく。

ただの黒ではない。光を一切反射せず、周囲の空間の光度すら吸い込むような、世界からそこだけが「切り取られた」かのような、圧倒的な【虚無の黒】。


しかも、魔力の余剰出力が多すぎたせいで、ドレスのデザインそのものが勝手にリファクタリング(再構築)され始めてしまった。

清楚だった襟元は、妖艶に鎖骨を覗かせる深めのカッティングへと変わり、袖口からは夜風に怪しく揺らめく、漆黒のレースが蛇のように伸びる。裾は夜闇を引きずるような美しいマーメイドラインへと変貌し、仕上げとばかりに、頭上には闇の魔力で形成された、不吉で美しい「黒い茨の冠」がポップした。


「――染色完了。カラーコード『限界突破仕様』よ」


ふぅ、と息を吐いて胸を張る。

これで夜闇に完全に同化できる、完璧なステルス衣装(デバッガー専用スーツ)の完成だ。


「……ねえ、イルハ。あなた、自分の姿、見えてる?」


フェリスが、引きつった笑みを浮かべながら、一歩後ろに下がった。

その瞳には、さっきの地下牢の爆発の時とはまた違う、本能的な恐怖(あるいは畏怖)のような輝きが宿っている。


「え? バグのない綺麗な黒に染まったと思うけれど……」


私は近くの水たまりに駆け寄り、自分の姿を映し出した。


そこに映っていたのは。

教会の教義を嘲笑うかのような、圧倒的な威厳と妖艶さを放つ、おとぎ話に出てくる【世界を滅ぼす漆黒の魔女】そのものの姿だった。夜の闇よりも深く、見る者のSAN値を削りにくるレベルの絶対的なダークヒロインが、そこには君臨していた。


「……あ、あれ? おかしいわね。カラーの数値を最大値の『255』にしたつもりが、変数の型を間違えて『65535(限界値)』で処理しちゃったみたい。色が濃くなりすぎて、デザインのレンダリング(形状維持)まで闇属性に引っ張られちゃったわ」


「完全に『魔王軍の幹部』じゃないのよォォォ!!! これじゃ教会の追手だけじゃなくて、国中の冒険者や正義の味方ギルドからも命を狙われるわよ!!」


フェリスの頭を抱えた、本日最高出力のツッコミが路地裏に木霊した。

純白の聖女が、一瞬にして歴史上最凶の「漆黒の魔女」へとシステムアップデートされてしまった瞬間だった。


「だ、誰かいるのか! 今の声はこっちだ!」


路地裏の入り口から、松明を持った神殿騎士たちの足音が近づいてくる。

フェリスは「もう、なるようになれよ!」と半ばやけクソ気味に私の手(黒いレースの手袋に包まれている)を掴み、再び走り出した。


「行きましょう、私の可愛い『魔女様』! この国にいたら、何回システムがクラッシュしても足りないわ!」


「ふふ、付き合うって言ったのはあなたよ、フェリス!」


漆黒のドレスの裾を夜風になびかせ、私は相棒と共に、光の届かない世界の果てへと跳躍した。

バグだらけの世界システムを修正する私たちの旅は、期せずして「魔女と反逆騎士の世直し(物理)」という、とんでもない非公式パッチ(チート)として、本格的に駆動ランタイムしていくのだった。

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