地下牢のセキュリティホールと物理クラッシュ
大聖堂を精密なレーザー加工のようにくり抜き、パニックになった神官たちを置いて脱出を試みた私たちだったが、さすがに多勢に無勢。応援に駆けつけた神殿騎士団の物理的な包囲網(人海戦術)に阻まれ、あえなく御用となってしまった。
建前は「暴走した聖女様の頭を冷やすための保護」だったが、連行された先は、エルラディン聖教国の最下層に位置する地下牢。
カビ臭い空気と湿った土の匂いが満ちる、光の届かない薄暗い空間だった。
「ハッキング完了。……というか、この世界の監獄、セキュリティがガバガバすぎるわね。これじゃあ実質、管理者パスワードが『1234』のまま、ファイアウォールも設定せずに公開サーバーを放置しているようなものよ」
私は冷たい鉄格子を指先でコンコンと叩きながら、呆れたようにつぶやいた。
「イルハ、お願いだから静かにして。通路の奥に見張りの神殿騎士がいるのよ。彼らに聞こえたら、今度こそ弁解の余地なく『即刻処分』のタスクが実行されるわ」
隣で錆びかけた鉄の剣を抱えたまま、冷や冷やした様子で私を睨みつけているのは、もちろんフェリスだ。
彼女は完全に巻き込まれた被害者であるはずなのに、私の突飛なプログラマー言語に毒されてきたのか、不器用に「タスク」なんて単語を使い始めている。大聖堂で見せたあの熱い輝きを宿した瞳はそのままに、今は必死に見張りの様子を伺っていた。その生真面目な横顔が少し愛しくて、私はフッと笑みをこぼした。
「大丈夫よフェリス。周囲の空気の振動数(音波)を任意に減衰させる防音スクリプトを、私の周囲一メートルに常駐させてあるから。私たちの声は、この見えないプロトコルを越えて外に漏れることはないわ。それより見て、この鉄格子」
教会側は、私が「聖魔法しか使えない無知な聖女」だと思い込んでいる。
だからこの牢獄には、囚人の聖魔力を強制的に吸い上げて無効化する、特殊な刻印が施された呪符がこれでもかと貼り付けられていた。聖魔法という、教会(運営)が用意したお仕着せのユーザーインターフェース(GUI)しか持たない普通の聖女なら、魔力の供給元を断たれてここで完全に手詰まり(フリーズ)になるところだろう。
だが、私の目は誤魔化せない。
「この呪符の仕様、『聖魔力の特定の波形』しか検知してないのよね。つまり、私が一度体内で魔力を基本五属性にキャスト(型変換)してしまえば、この防御システムにとってはただの認識できない無害なデータ――プログラミングで言うところの『コメントアウト』になるの。完全な設計ミス、いわゆる致命的なセキュリティホールね」
「……ごめんなさい、あなたの言う『キャスト』とか『コメントアウト』とかは本当に一文字も理解できないけれど、つまり、ここから出られるということ?」
フェリスが銀髪をハラリと揺らしながら、期待と、それ以上の不安が混ざった複雑な瞳で私を見つめてくる。
暗闇の中でも、彼女の瞳だけは澄んだ宝石のように輝いていた。その視線を受け止めながら、私は不敵に微笑む。
「ええ。せっかくだから、一番スマートな方法でこのドアをアンロック(開錠)しましょう。監視カメラもないし、ログを残さないようにステルスで処理するわ」
私は鉄格子の鍵穴に狙いを定めた。
10サークルという世界最高峰のルート権限(魔力)を慎重に引き出し、今度は金属を分子レベルで腐食・劣化させる『土属性1サークル』の術式を脳内で組み立てる。
前回の『ウォーター』での大失敗(高圧レーザー化)の反省は完全に活線化してある。魔力の出力解像度を極限まで高め、鍵の内部構造の噛み合わせだけをピンポイントで狙い撃ち、そこだけをサラサラとした砂に変える。
これなら音も立てず、ドアだけを綺麗に開くことができるはずだ。
「――物質の結合を緩め、酸化の理を局所的に上書きせよ。土属性1サークル……『ラスト・チェンジ』」
パチン、と指を鳴らす。
バグ対策の局所制限(カプセル化)は完璧。
これで鍵の内部のピンだけが綺麗に摩耗し、ガチャリと静かに扉が開く――。
ボムッ!!!!!
激しい爆発音と共に、目を開けていられないほどの白い煙が地下牢に立ち込めた。
「いや、ドアどころか壁ごと概念消滅(物理クラッシュ)してるじゃないのよォォォ!!!???」
案の定、本日何度目か分からないフェリスの鋭いツッコミが炸裂した。
スマートに鍵だけを腐食させるつもりが、またしても魔力変換時の乗算処理が暴走。鉄格子どころか、地下牢を形作っていた厚さ一メートル以上の頑丈な石壁ごと、直径三メートルにわたって綺麗に「完全消滅」していた。
削り取られた断面は、相変わらず私の大好きな「バグのない綺麗なツルツル仕様」の球体状にくり抜かれており、その向こうには外の広い通路が丸見えになっている。
通路の向こうでは、椅子に座って油断していた見張りの神殿騎士たちが、口をあんぐりと開けたまま石像のように固まっていた。
「……あ、おかしいわね。局所バリデーション(範囲限定)の記述をマイナスにするつもりが、絶対値で処理されちゃったみたい。でもフェリス、ドアが開かないというバグは、ドア自体を消去することで完全に解決したわ」
「それを世間では『脱獄』って言うのよイルハ!! ほら、見張りが正気に戻るわ、もういいから走るわよ!」
「うわっ、ちょっと、フェリス!?」
慌てたフェリスが、私の手首をぐいと掴んだ。
彼女の手のひらは、剣を握り慣れているせいで少し硬く、けれど驚くほど熱い。前世の冷え切ったオフィスで、ただキーボードを叩くだけだった私の孤独な指先に、本物の人間の体温がダイレクトに伝わってくる。
「曲者だぁぁ! 聖女と反逆者の騎士が脱獄したぞ! 追えぇ!」
背後から神殿騎士たちの怒号と、金属鎧が激しく擦れ合う足音が響いてくる。
しかし、フェリスの足取りに迷いはなかった。彼女は私の手を引いたまま、月明かりの差す地下通路を、風のような速さで駆け抜けていく。
(……ああ、やっぱり心地いいわ)
私の暴走するロジック(魔法)を、その圧倒的な身体能力と直感で補い、現実の形へと着地させてくれる唯一のパートナー。
教会が作ったガチガチのクソ仕様(教義)の中にいながら、私の歪なコードを「奇跡」ではなく「私の意思」として認めてくれた、銀髪のデバッガー。
彼女となら、どんなバグだらけの、スパゲティコードみたいな世界だって、ハックして塗り替えていける。
「待ちなさいイルハ! そっちは行き止まりよ!」
「大丈夫、そこには臨時のルート(バックドア)を作ればいいだけだから!」
「お願いだからもう何も爆発させないでぇぇ!!」
重なる二人の足音とフェリスの悲鳴が、夜の街へと繋がる隠し通路に心地よく響き渡っていた。教会の用意したシナリオ(運営)をハッキングする二人の逃避行は、ここから本格的に起動する。
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