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聖女だけど聖魔法はアンチです! ―元プログラマー、異世界でバグだらけの魔法をデバッグします―  作者: チキントマト
第1章

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クソ仕様の聖魔法を拒絶します

【初期化完了。世界サーバー『エルラディン』への接続を開始します。ロール:聖女】


接続完了を告げる無機質な声と共に、強烈な閃光が私の視界を塗りつぶした。

前世の、あの午前二時の重苦しいオフィスも、心臓を締め付けたあの激痛も、すべてが白い光の彼方に消え去っていく。


「――おお! 成功だ! 召喚儀式は成功いたしましたぞ!」


次に意識が再起動リブートしたとき、耳に飛び込んできたのは老齢の男たちの狂喜に満ちた叫び声だった。


まぶたを持ち上げると、そこはあまりにも壮麗で広大な空間だった。

視界を埋め尽くすのは、硬質な大理石の床と、天を衝くかのような高さのステンドグラス。色とりどりの光が、重厚な空気の中で乱反射している。


(状況分析、開始。場所は……石造りの閉鎖空間。天井の高さから推測するに、大規模な儀式を執り行うための聖堂。周囲の老人たちは……服の様式、装飾品の配置からして、明らかに高位の聖職者。床の幾何学模様がまだ淡く発光している。……あれは単なる装飾じゃない。魔力を特定の周波数に変換して出力するための、緻密なシリアル通信回路パターンだ)


プログラマーとしての本能が、瞬時に周囲の状況をログとして記録していく。


ふと、自分の姿に視線を落として息を呑んだ。

そこにいたのは、前世の疲弊しきった二十六歳の自分ではなく、陶器のような肌を持ち、絹のような金髪を長く伸ばした、見知らぬ美少女の姿だった。


(……アバター設定が大幅に変わってる。金髪ロング? しかもこの純白のドレス、布の質感が尋常じゃない。……なるほど、これが異世界転生における『初期装備』というやつか)


「さあ、異世界より至りし救世の『聖女』様! お名前を、あなたのお名前をお聞かせください!」


大司教と思しき老人が、床に膝をつきながら興奮気味に顔を近づけてくる。

その瞳には純粋な信仰心と、それ以上に「最高のレアキャラを手に入れた」という功利的な輝きが宿っていた。


名前。一色いろはという名前は、この世界のシステムにおいてどれほどの互換性があるのか。仮にそのまま名乗って、現地語のデータベースと衝突しない保証はない。


(データクレンジングを施し、最適化された変数名を名乗るべきね)


「……あ、イルハ。私の名前は、イルハ・イッシキです」


口から出たのは、前世の名前の響きを西洋風にリネームした「イルハ・イッシキ」。これなら現地民にも発音しやすく、かつ私という個体を明確に定義できる。


「おお、イルハ様! なんと聖なる響きか! さあ、神より与えられしその『聖魔力』の測定を!」


大司教が差し出したのは、大きくて透明な水晶球だった。私の掌をかざすよう促される。

魔法。それは、前世で私がどれほど切望しても手に入らなかった、論理と現象を直接操作する特権。この水晶は、魔力の総量を測定するためのベンチマークソフトのようなものに違いない。


私は水晶にそっと手を触れ、己の内に宿る未知のエネルギーを解き放った。


瞬間、水晶の中を光の輪が駆け抜けた。

一、二、三……。光の輪は止まることなく、次々と生成されていく。


「……測定完了! イルハ様の魔力サークル数は……じゅ、テンッ! 『神話級』ですッ!!」


大聖堂が揺れた。測定神官の絶叫が木霊する。周囲の信徒たちは一斉に歓喜の声を上げ、地面に額を擦りつけ始めた。


(十サークル……。格ゲーで言えばゲージ常時MAX、プログラミング環境で言えばリソース無限大のroot権限。これだけの潤沢な魔力があれば、私は世界の物理演算を自由自在に上書きできるはず……!)


期待に胸を躍らせる私に、大司教がこれ以上ないほど慈愛に満ちた(しかしどこか危うい)笑みを向けてくる。


「さあ、偉大なる聖女イルハ様。その神話級の『聖魔力』をもって、まずは基本の聖魔法『ヒール(癒しの祈り)』を。神への純粋な感謝と共に、ポワァンと清らかな光をお放ちください。さあ!」


その言葉を聞いた瞬間、私の脳内の処理が、致命的なエラーを吐き出した。


「……は?」


大司教の言葉の節々に、あまりにも論理的でない単語が散見される。


聖魔力?

ヒール?

ポワァン……?


「……あの、大司教様。魔法というのは、術式を頭の中で組み立てて、魔力を練り上げて、ベクトルを制御して発動するものではないんですか? 私は、火や水といった属性魔法の術式を構築して、現象をデザインしたいのですが」


「ハハハ、何を仰いますか。イルハ様は聖女。お使いになれるのは神聖なる『聖魔法』のみ。基本五属性などの世俗的な魔法は、我々の持つ聖魔力ではシステム上、絶対に発動できない仕様にございます。さあ、神に祈りを捧げ、その奇跡の癒しを!」


大司教は当然のことのように、魔法の本質を否定した。


祈れば出る? ブラックボックスか。

中身の処理アルゴリズムがすべて隠蔽され、ドキュメントも非公開。ただ用意されたユーザーインターフェース(GUI)を叩いてるだけ。


それはつまり、魔法という現象そのものを、開発者が勝手に制限をかけた「クソシステム」に改造しているということではないか。


(これは致命的な設計ミス。魔法という美しいアルゴリズムを、神への祈りという曖昧な操作で隠している。中身が見えないからデバッグもできないし、機能拡張もできない。そんなものは、私が求めていた魔法じゃない)


私のなかで、聖魔法に対する激しい嫌悪アンチが渦巻いた。

聖女だろうがなんだろうが、私は「自分が組み立てたコード(術式)」で世界を動かしたいのだ。仕様に不備があるなら、力技でソースコードを書き換える(ハックする)のがエンジニアの流儀。


「……分かりました。では、魔法を使います」


「おお、さすが聖女様! さあ、奇跡の癒しを!」


私は目を閉じた。体内にある十サークルの魔力を、強制的に基本属性へと引きずり下ろす。本来の聖魔法という正規のパスを完全に無視し、直接、世界の物理エンジンにアクセスするための変換プロセスを実行する。


ゴリゴリと、世界の根幹が悲鳴を上げるのが聞こえた。膨大な聖魔力が、熱となって霧散していく。効率は最悪だ。だが、これでいい。


(変換終了。ターゲットは……生活魔法『ファイア(着火)』。術式展開、完了)


私は目を開き、大聖堂の隅にあったロウソクに向け、そっと人差し指を立てた。


「――来たれ、微小なる熱源。我が指先に集いて、刹那の灯火となれ。1サークル魔法……『ファイア』!」


パチン、と指を鳴らす。

それは、ただロウソクに火を灯すだけの、些細な命令スクリプトのつもりだった。


しかし――。


ドッガアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!


大聖堂が轟音と共に激しく揺れた。

私の指先から放たれたはずの『火種』は、出力のパラメータ調整がバグを起こし、国家戦略級の超巨大爆発へと膨れ上がったのだ。


ロウソクどころか、大聖堂の重厚な外壁が木っ端微塵に吹き飛び、その向こうにあった山肌さえもが綺麗に抉り取られていた。


「ぎゃあああああーーーっ!?」

「ひぃぃ!? なんだ絶級の爆発呪文か!?」


巻き起こった爆風と煙で、大司教をはじめとする神官たちがアフロヘアのようになって床に転がっている。

私は煤煙をふっと息で吹き飛ばし、煤一つついていない指先を眺めた。


「……ふぅ。出力制御(パラメータ調整)をミスったか。本来1サークルの生活魔法なのに、強制変換のせいでオーバーフローを起こしたみたいね」


「せ、聖女様ぁぁぁーーーッ!!」


大司教が泡を吹いて、私にすがりついてくる。


「何ですか今の天変地異は!? ヒールは!? っていうか今のはどう見ても火属性の攻撃魔法!! なぜ聖女様が、1サークルの生活魔法(着火)で国を滅ぼしかけているのですかぁぁ!!」


私は大司教の顔を、まるで故障したサーバーでも見るような冷ややかな目で見下ろした。


「だって大司教様。聖魔法なんて、ただ『祈る』だけで勝手に発動するブラックボックスでしょう? 私は、自分が組み立てたコード(術式)で世界を動かしたいんです」


その時だった。崩れた大理石の瓦礫の影から、一人の少女がひょっこりと姿を現した。

銀髪のショートヘアを揺らす、どこか冷めた瞳をした騎士の少女。


「……今の、祈りじゃなかった」


彼女は周囲の地獄絵図のような惨状にも動じず、ただ私の指先をじっと見つめていた。その瞳には、恐怖や狂信ではなく、言い知れぬ「共鳴」の光が宿っている。


「……私の名前は、イルハ。あなた、名前は?」


私が問いかけると、少女は静かに歩み寄り、私の指先にそっと触れた。その肌の温度が、この異世界に来て初めて、私の孤独な心に温もりを運んでいく。


「……フェリス。そう呼んで。あなたの魔法からは、誰にも奪えない『意思』を感じた」


(この世界で初めて、私の魔法を『奇跡』としてではなく、『私のロジック』として見てくれた人がいる)


イルハの胸が高鳴る。教会というガチガチのシステムの中で、誰よりも自由な精神を持つこの少女。彼女となら、この閉塞した世界の仕様ルールを、二人で書き換えていけるかもしれない。


「フェリス。一緒に来ない? この世界のクソ仕様、二人でデバッグしに行こう」


私のエンジニアとしての誇りと、魔導オタクとしての情熱が、この世界の聖魔法のクソ仕様をすべてぶち壊していく。

伝説の聖女ただしアンチとしての、私の歩む旅が今、始まった。

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