もう遅い
ドサッ……
魔物が倒れた。地に横たえ、僕の目の前まですべての道がチリに消えていた。何故か、手が伸びた……そんな感じだった。僕が光の魔法で幻惑し、そう、"アノン"とか言った魔物が止まったんだった。あいつは何か喚いてた。「嘘だ!!!」ってなんのことはわからない。
「ラディス様やったぜ!!!」偶然近くにいた。生き残った一人の部下が騒いだ。名前もろくに知らない。
「いや、待て魔物だ……何をするかはわからない。どこかへ行ってろ」
「へい、わかりましたぜ!!!よっしようやく自由の身だぜやっほー!!!」部下は喜んで何処かへと行ってしまった。
僕は、その証拠を持って帰らないといけない。……そう、魔物の首を。
魔物の顔を拝むと、耳は私たちと同じく長い。同種の擬態ができる魔物でもいるのであろう……。ミラとかいうやつもそうだった。人間から産まれた魔物も居るらしい。目が開いた……それはくすんだ黄緑の色の眼球だった。黄緑……うっ……痛い。痛い。頭が……頭を抱えてうずくまる。頭をふさいでも、何かが見えてくる気がした。うっ……目がチカチカする……うっ――
「お姉様!ねぇお姉様」そこには無邪気に僕の手を握て、僕を揺する弟が居た。
「どうしたの?……何か誰かに言われたの?」
僕……いや私は、優しく弟に語り掛けた。
「いや……違うんだ。僕はね……みんなに期待されているよね?産まれた時に光の魔法が出せたって、でもね僕は光すら見えないんだ」弟はしょんぼりと俯いている。
「何?どうしたの……前にも言ったよね。私の光が感じられたら十分だって」弟の肩を寄せて語り掛けた。
「そう……そうだよね。大丈夫だよね?……実はぼくもお姉様の"アノン"みたいな立派なお名前を貰えるか不安なんだ……」弟は、不安そうにしている。
私いや……僕が……アノン?アノンはなくなられた姫様のお名前だ。僕の疑問と共に、視界が開けていく。
今のは何だったのだろうか?……分からない、それにしてもこの魔物の"呪い"というのか小癪な。
もう一度、証拠を見せつけるために首に剣を当てようとする。
ふと、綺麗な手が見えた……何も傷つけていない綺麗な手……何故か、吸い込まれるように手を触ってしまった。
わからない……でも、さっき手を握っていた弟と……そう、僕が呼んでいた手とソックリだった……。僕の手とこの魔物の手は全然違った。僕の手は魔物の血で濡れていた。……赤い僕と同じような血だった。
それが……魔物の手にポトリポトリと落ちていく、それを僕は持っていたボロボロの手拭いで拭いてしまう……吹いても拭いても手拭いは血を吸い取ってくれない。この体を汚してはならない……そう王様に証拠として献上するんだ。そうなんだ。
ようやく……赤い血が消えた。魔物は息すらしていない……どうやら本当に息を吹き返すことはないようだ。
首元を見ると……、頭のなかの弟とは違って角張っていた。そう、こいつは魔物なのだ。そう……違うんだ。弟なんかじゃない……もう一度、刃を突き立てる。
そう……神に……、王に献上するのだ。この勝利を。なぜか……、手が動かない。目が霞んでくる……どうしてだろう。私は、この魔物を討ち取ったはずだ。なのになぜ……そ、そうだこれは歓喜の涙だ……そうに……違いない
――
「ねぇ、お姉様……今から何をするの?」弟はくすんだ私にとって綺麗な瞳をらんらんとさせて笑いかけてきた。
「シー……声が大きいわよ。今から大人たちが食べてる"果物" を食べに行くんだからアンタも一緒に行くの」
手を握って……弟の手は良く濡れていた。指を吸っていたからだ。その濡れた手を握ってゆっくりと果物のある部屋に近づいた。
「フフ……何をなさっているのかな?アノン様、弟君様」爺やが笑って後ろにいた。爺やの耳は長くなかった。それだけは覚えている。
「いや、これは……」
「爺や……お姉様がね……一緒に果物を食べるって言ってたんだよ」弟は嬉しそうに爺やに伝えてしまった。
「弟君様……それは本当ですかな」爺やは笑っているが顔に影が入っている……やばい、これは本当に怒ってる時の顔だ。
「うん……そうだよ。お姉様がね……連れてってくれたんだ」それに気づかない……見えない弟は嬉しそうだった。
「それは……良かったですな。弟君様……ささ、今日はゆっくり寝ましょう」
「あれ……果物は?」弟はふと疑問を爺やの手を握って言う。
「あれは、食べてはいけないのですよ……弟君様、もっと大切な時に食べるものなのです」爺やは、弟には優しく宥めるように言った。
「そうなの……爺やがそう言うならそうなんだね」弟は笑顔でそう言った。
「そうでございますよ……さぁ行きますよ弟君様……
アノン様後でお話があります」爺やは弟には笑顔で寝所につれていった。
そうやって……あの時カンカンに怒られたんだっけ?そうだった……そう「あなたがしっかりするのですぞ」と。そう言ってこっそり果物をもらった。
――
剣に映った過去を観て、呆けてしまっていた。どうしてだろう……この魔物からは何故かアノンの記憶が溢れてくる。そう、僕は……私は、「アノン」だった。何故だろう……そう。今、わかった。
その瞬間……魔物の、いや弟だったものが足から順に光となって消えていく。
なんとか、捕まえて、手を握って連れ戻そうとする。もう、私の弟を離さない。
「置いてかないで……ねぇお母様連れ戻してよ!!!お願いだよ!」空に消えていく。そんなことお構いなしにもう光は私の手を離した。
もう……、誰も聴いてくれない。それに弟はきれいさっぱり光となって消えてしまった。
私は、座ったまま虚空を見つめていた。




