ミラ再び戦闘
「おっと」
ゆっくりと横たわるアノンをそっと優しく抱きかかえる。アノンの鳩尾を殴った右手はまだヒリヒリする。殴った手がこんなになるのは初めてだ。
「ミラ!!!テメェ!!!」カンジはものすごい剣幕で私に迫ってきた。首元の襟を掴んでいる。こんな表情もできるんだ。なぜか、私は冷めた目で見てしまっている。
「しょうがない、じゃない。だって、アノン来たら死んじゃうんだもん」
…………
カンジは私の首元を掴みながらじっとこちらを見ている。そして、手を離した。
「それでもよ。オメェだって死ぬかもしれないんだぞ。ここから見えるくらいやられてるんだ。そりゃあすげぇ軍勢で来てるぞ」カンジは少し冷静さを取り戻したみたいに言い放った。
「わかってるわ……わかってるわよ。それでもね、アノンにかっこ悪いところは見せたくないのよ……フフいやアノンは見えなかったわね」
カンジは、面を食らったように口を半開きになってたけど噴き出して笑った。
「オメェ、アノンには言うなよ。あいつはお前の姿が見えないことを悲しんでるんだからな」
「フフ……そうね。そうだとうれしい……いやそうだね。うんと綺麗なお化粧して見せてあげるんだから」
カンジは優しく笑ってくれた。
「そうだ……そっちのほうがうんといい。必ず帰って見せてあげるんだぞ」
「うん」私もようやく笑えた気がした。
「それで……アノンをどうする?」カンジは私の腕のなかでうずくまるアノンを見て言った。
「家においていくわ……正直ここまでは来ないでしょう。それに、私が村に行ってすべてのナガミミを引きつけるわ」
「一緒に逃げることだってできたんだぞ?」
カンジはなぜだか顔を歪めて何かを堪えているようだった。
「……正直逃げたいよ。私も……でもアノンは闘うことを選んでしまったのよ。私が討たれてもアノンは聴こえるかもしれないけど私の首は見えないわ。でも……アノンが討たれたら私は視えてしまう。それが耐えられないの」
私の気持ちが伝わったのか、カンジの顔が元通りのいつもの間の抜けた顔に戻った。しかし、何か気づいたのか少し顔をしかめた。
「そうか……俺も村の奴らのことがある。だからここにいてアノンと一緒に居てやることは出来ない……どうすればいい?すまん、俺にはこんなこと決められない」カンジは頭を下げた。
なんだ……そんなことか。そこが気になるのはカンジらしいな。ありがとう……私たちのお父さん。
「この家にアノン一人で置いていきましょう。この家は見つかってないし、それに一緒に逃げたところで私たちが死ねばアノンは逃げられないわ」
「そうか……そうだよな。すまんな何もしてあげられなくて」
「良いのよ……アノンと一緒にいられたこのひとときが貴重だったのよ。それに最後のお願いたのんでいい?」
「何だよ?縁起が悪いな、最後なんてよ」カンジは顔をしかめた。
「それはどうでもいいじゃない。お願いはね、アノンをベットで寝かせてあげて……そしてちゃんと布団をかけてあげるの……いい?」
カンジの目には少し光るものが見えた。それを必死に丁寧にしまってくれた。
「……お安い御用さ、そんなこと。ミラ俺からも一つお願いだ。生きて、アノンを驚かせるぞ。夢だったって」のどが震えているのがバレバレだ。
「わかったわ……そのお願い、必ず果たすわ。必ずよ」私も私に言い聞かせるようにカンジに伝えた。
「……うん、分かった。アノンは任せとけ。」
カンジに、アノンを託した。腕がなぜか痺れている……いつもの軽い、細いアノンのはずなのに。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」背後でカンジの声が聞こえた。
足元の布を破る。胸の奥が少し落ちたような何とも言えない。この気持ち、それでも速く動くんだ。
地面を割って駆ける。いつもより速く、あの風よりも速く、切り割いて行く。
風は肌を切り裂き、少し血が滲む。痛い……痛い。そんなこと分かってる……でも、止めては行けない。走るんだ。土は、散らばり走った後は誰も通れなくてもいい。目一杯蹴って足を上げて走るんだ。
火花が近づいていく。熱い熱い行かなきゃ。灰が目にかかって涙が出る。
「ギャハハ」下卑た笑いも聞こえてくる。
消えろ、消えてなくなってしまえ。右拳を握る。あの下卑た野郎をぶちのめす。
腕に火の粉が舞ってただれる。それでも構わない、もう一度あの子の手を握れるなら。
「ギャァァァ」何人かは殺れただろうか。構わず、拳を振り抜く。一団が気づいたのかこちらへ火の魔法を繰り出してきた。
避けない、避けたくない。拳を握りそれを掻き消していく。熱い。熱い。拳が焦げる音がする。それでも構わない。火傷した皮膚が瞬時に焦げて新しい皮膚が出来る。痛い痛い。どうしてだろう?手が焦げてない。まぁいいそれなら戦える。
一団は驚いたように目を凝らしている。手を止めた。そこを見逃さない。1団の血が飛ぶ。耳が吹き飛ぶ。「同じ仲間じゃねえか」と喚くやつもいる。敵だ、アノンと私の敵だ。消えてしまえ。
一通り、片付いたと思い周りを当たりを振り返る普段忌々しかった村は焼けて火が回ってどうやらもうチリになっている。
「アハハ」何故かこんな絶望的なところでも笑えてしまう。おかしい……そうに違いない。私を除け者にした忌々しい村……カンジには申し訳ないがそう思えてしまう。
火柱が舞い、火の粉が肌に触れては焼き付ける。何故だろう……もう大丈夫なはずなのに足が動かない。こんなところどうだっていいのに。速く、アノンのところに戻らなきゃ……戻るんだ。
村の奥から、何故かまたナガミミの一団が出てきた。耳が裂け穴が開いている。耳に穴なんて開けるのか初めて見た。
私を見て、目を丸くしているようだ。手には樽のようなものを持っている。あれはジジイが大切にしている酒だ。そうか、ジジイもか。
「アハハ」消えていく、私の忌々しい思い出が拒絶され居場所がなかった思い出が。
「なんで笑ってやがる」「コイツが例の片割れだ」
「今ならチャンスだぞ」
何がチャンスだろうか?分からない。目の前にいるヤツらは何をする気だろうか。
魔法を放とうとしている。どうやらコイツら私を倒すつもりらしい。ナガミミでもゴブリンでも地の民でも皆一緒だ。アノン以外全員敵だ。
拳に力を込める。もう今度は熱い思いをしたくない。放たれる前に目の前のやつらを砕いていく。
生焼けの肉の匂いがして吐きそうだ。臭い臭い。焦げる匂いもする。何処かで嗅いだことがある。
木が焼け、肉は焼けず漂う。臭い臭い。
匂いから逃げるように村の出口に出ていく。そしたら驚いた顔をした。ナガミミが6人いや、6匹だ。邪魔だ消えろ。砕いていく。砕いていく。
火が振りかかる。熱い熱い。皮が焼ける臭いがする。そして、皮が剥け痛い。もう向こうにまだいる。
足をそちら向け、走り出す。もう、綺麗な服は焦げてしまった。もう、ヒラヒラをアノンに触ってもらうことも出来ない。ほかのメスに自慢することだって出来ない。
拳をもう一度握る。もうどうだって良い。コイツラを潰してアノンの元へと帰る。それだけだ。
拳に風を乗せる。そうするとなぜか、倒れていく。分からない、でもこれが私の魔法さ。足が止まるのを辞めない。ここで引いたらアノンに降りかかってしまう。振り払わないと。目の前のナガミミたちが吹き飛ぶ。いい気味だ飛んでしまえ。
拳の握る感覚はもうない、握っているのか付いてるのかも分からない。それでも振り続ける。風が身の回りに優しく包み込んでくる。暖かい、なぜだろうか?燃える火は私を祝ってくれるのだろうか。暖かい。背中ほわっとして拳も振りほどける。
きれいな光があたりを彷徨う、ホワホワと包まれたみたいだ。ここはどこであろうか?何故か目の前にはアノンが微笑む顔が見える。そんな顔は見たことはなかった。いつもは、私の前では何かぎごちない顔しかしてくれなかった。でも、美しい私のモノ。手が伸びる……暖かい。顔の輪郭が溶けるみたい。アノンとこんな近くに感じられることはなかった。頬が緩み、見せられないよ。うん、でもアノンは受け入れてくれるよね。アノンの手がふわふわとしている。前はもっときめ細かくてそうだった。
痛い。目の前が暗くなっている。誰かにやられた……目がチカチカする。あれは何だっただろうか。背中から、温かいものが流れ出している。まずい……背中に意識を集中させる、また、痛い。温かい物が消え、今度は背中が乾いていた。身体がなぜか重い。息が荒くなり、だんだんと視界が開けてきた。ナガミミの集団に囲まれていた。卑しい目をしている。その中心には仮面をした剣持っているナガミミが立っていた。綺麗な立ち姿。あれは見間違えることはないラディスだ。ラディスの耳は穴も空いてなかった。
「まったく……君はやっぱりおかしいね」
囲まれている……気づかなかった。あれはなんなんだろうか。それよりも体が重い、すぐにでも横たわりたいぐらいだ。
「何?あんた生きていたの?あのとき、アノンにやられたのかと思ったわ」無理やり口角を上げてみせた。
「フフ、どうやら僕にも神の思し召しがあったようでねぇ……そうアノンと言うやつが……フフ」アノンという言葉に何かあるのだろうか首を傾けた。
「それにしても何なんだ?君のその治りの速さは?後ろから切ったら赤い血がでたよ。フフ……君はとてつもなく硬いものだと思ってたさ。フフ……そうか治ってたのか」
ラディスの仮面は揺れている。笑っている、何か私のことを気づいたみたいだ。
「なんのこと?何をしたのか気づかなかったわ」私もハッタリをかけてみる。身体が重い。
「いや……魔物は魔法は使えないと思っていたけど。そうか見た目は僕たちに似ているからね。うん、そんな例もあるのかもしれないな」
ラディスは、興味津々にジロリと私を覗いている。背中がゾクリと寒気がする。体中が逆立って、震えを見せないようにするだけでせいいっぱいだ。
「やってこないの?やろうよ。私はどこからでも良いわよ」私は、ラディスを誘ってみる。正直体が重くて動きそうにない。
「フフ……君の呼吸が荒くなっているのはわかっているよ。それに、部下にも攻撃させてないだろ?そういうことだよ。」ラディスはおかしそうに笑っている。
奥歯で噛み締める。どうにも、目の前の騎士には分かっているのだ。私がどう動こうとしていることが。
「いやぁ、そんなわけないわよ。私は元気よ。さぁ来なさい。」自分に言い聞かせるようにそう、まだ大丈夫だ。
「フフ、おい君たち下がってなさい。こいつは君たちの荷が負えないよ。僕がやる」ラディスは、部下に下がるよう命じた。ナガミミたちは私を囲む円を解かずに広がった。
足は、もうどうついているのか分からない。でももう一度あいつと決着を。こいつを討って、アノンのもとに帰る。ぎゅっと拳を握る、手の感覚はまだある。これならまだやれる。
「フフ……じゃあ行くよ」その瞬間、目の前から消えた。喉先に剣の白い光が見えた。ギリギリで避ける。
速く動いているのだろうか?まったく動きが見えない。軽く拳を繰り出してみる。
「ギャアア」誰かに当たったのか。まったく拳に捉えた感覚はない。
「フフ、おい君たち本当に死にたくないなら下がってろ」ラディスはふっと目の前にもう一度現れて叫んだ。
また、消えた目から本当に消えている。痛い……腕を切られた。熱い、熱いそこから乾いて元通りになった。腕を振ってみる。大丈夫なようだ。もう、痛いのはごめんだ。
「やっぱり……その治りの早さは異常だね、それにその異常なまでの力の強さ。ふふ……本当に戦い甲斐があるよ」その怖い仮面がさらに足をすくませる。
怖い、逃げたい。でも、逃げたらアノンが……。
ふと、何が降ってきた。そう、なんだろう。もう少し意識を集中させてみる。そうか……アノンなら。そうコイツは私の目には見えない。そう、そうだ。
「このままだとさっさと仕留めちゃうよ」
ラディスはおどけてこちらに話しかけている。でも、なぜか声が少し変だ。そうか、なぜかコイツは剣を持っている。確かに、カンジたちとずっと一緒に行ってたから分からなかったわ。ナガミミなのにコイツは「剣を持っている」そうよ。そうだわ。
「ハハハ……」笑みが自然と零れた。体も少しちょっと軽くなった気がする。それだけでこいつらをぶちのめすには十分だ。
「フフ……何がおかしいか分からないけど。それならさっさと決着をつけるよ」
そうして、ラディスが目の前から消えた。目をつむっと見る。たたっ……軽い足音が聞こえる。それに軽いこんなに軽いのか。私の方へと向かってくる。
何も、消えたりはしない。足音は素直だ。拳を握りつける。剣が左腕に当たった。右拳に力を込めた。
「よし!これなら貴方を見なくても当てられるわ」
「くっ……」ラディスの喉の音が聞こえる。
私は、渾身の一打を振り放った。ドーン物音が聞こえる。何かがはぜたみたいだ。目を空けてみると、剣が刺さったままだ。地面がめくれている、雑草の根が白く光っていた。仮面の騎士は、飄々と立っている。
剣を捨てたみたいだ。コイツの武器を捨てさせたみたいだ。やったぞ。
「フフ……君ならではの作戦を思いついたみたいだね。でも、僕はやれてない」ラディスはあくまで、平静を装うっている。それでも仮面のすき間から一筋の汗がキラリと光った。
拳を深くもう一度握る。剣は、刺したままでいい、どうせこいつにはもう力がないのだからいける。
もう一度、目の前からラディスは消えた。目を瞑る。タタタ……ズゾ……タタタ。良しこの辺だ。
拳に何も感覚はない。捉えれていない。痛い……剣を抜かれた。熱い熱い……ダラリとする感覚が嫌だ。だんだんと冷たく、乾いていく。そして、肉が盛り上がって痛い。もう……目の前が真っ白だ。もう寒い震えることさえできない。
「君の考えたのは良かったよ……うん、そうだね腕を犠牲……いや君の場合は犠牲にする必要すら無いね。でもねそれぐらい僕も考えているよ」
仮面がおぼろげに見える。もう、すうっと立っていて重心のブレもない。そして汗の一滴さえもう見えない。綺麗に構えられてしまっている……もう、隙が見えない。
こうなったら、ラディスだけじゃない……その周りにいる奴を出来るだけやっつけるしか無い。ふぅ……息を吐き出した。すうっとモヤが隠れた。
木の陰で隠れている部下たちを見つけた。これならできるかもしれない。思い切り、地面を殴った……。そう、ラディスは〝剣を持っている〟それなら……コイツは部下は守れまい。思い切り、両の拳を一目散に殴り続ける……土を飛ばして黙って、当たれ。木の陰に隠れた部下達が倒れていく。良し!そのままでいい。
「フフ……何をしているのかかな。僕はここにはいないよ」ラディスはまだ気づいていない。土を鋭角に飛ばしていく。「ぎゃあああ」……しまった。部下の一人が叫んでしまった。
「そういうことか……貴様ぁ」ラディスが焦って来た。それが分かる。それでもいい拳を振り続けるんだ。ラディスはもう目の前から消えない……怒っても、僕の前から動けないんだ。どうやら、これで良かったのか。身体が軋む……それでも振り続けるんだ。いつまでも。「ピー」高い音が聞こえた。笛が聞こえる……どうしたのか。
「おい!貴様ら後退だ!!!」ラディスが叫びながら後ろずさっていく。良し動かなきゃ。足が重い。こいつはここで仕留めなきゃ。逃げていく……追わなきゃ。動かない。おわな……きゃ。…………




