ツガイの儀式
「おはよう、朝だよ」
もう数えると手が足りないくらい聞いてきた、そんな短い言葉だ。でも、何回聞いてもその言葉は、温もりを与えてくれる。そう嬉しい。それはそうとミラの声がいつになく弾んでいる。何かいいことがあったのだろうか。
体が揺れている。それでもまだゆらゆらと不規則に揺らされている。起こしてくれてるんだそれでも心地良いからもう少しこうしていたい。ちょっと眠いからもう少しだけ。こうしてよう。
「ほら、起きなさいよ」
ミラの声に少し低い。少しイライラしているのだろうか。それでも今日は少し速い気がする。もう少し待ってみよう。
バサッと布団が取り払われた。ここの村ではこれを被るらしい……これは本当に暖かい。風が撫でてきた。風がここ最近は少し冷えてきた体がブルっと震える。体を起こしてみる。ミラはたぶんあの辺だな。
「おはよう、ミラ。今日はちょっと早いねどうしたの?」
「ちょっと私はここよ」
そうやって向き直される。これもいつものことだ。それにしても、僕はまだまだミラの位置も分からないらしい。それでも、この時はミラを近くに感じられて楽しい。
「それも、むすがしいわね目が見えないのはわかるけどもうちょっと当ててほしいものよね」
そう言って、苦言を少し言われる……カンジにはまるでミラが僕の母親みたいだと言われた。
「まぁ、それはいいとして今日は何の日でしょう?」ミラが嬉しそうに聞いて来ている。こういう時のミラは最近気付いたがこのあとが怖い。にじみ出る圧がある、力が強くて、強い彼女だけれどカンジが言うように本当に弱いんだろうか?うーん難しい、そうだカンジに言われたけどこの時はとりあえず髪を切ったか聞けばいいんだったな。
「もしかして、髪切ったの?」
「ブップー違いますあなたわからないでしょう?」
「うーん、もしかしてお化粧でもしたの?」
「むぅ~」ミラは少し唸っていた。少し、低く何か僕に気づいて欲しいそんな感じだった。それでも分からない。こうなったら降参だ。聞こう。
「今日は何の日なの?」
「うーん……まぁしょうがない、まったくもうアノンは今日は……私たちツガイになるのよ」
ツガイ、と言ってもピンと来ない僕とミラはあの日以来たぶんずっと一緒にいた。それなのにいきなりツガイと言ってもよく分からない。
「そう……そうだったね、カンジからも言われてたけど僕たちいつも一緒でしょ?何が変わるの?」
「うーん、そうだねぇアノンにはちょっと分からないかもしれないけど私には違うのよ」
ミラの声は少し力がない……そんな感じだった、何か分かってほしいそんな感じ……いつもはもっとこうきつくくるはずなのに。
「ごめんね……僕がわかってあげられなくて」
「いいのよ……別に」
ミラはいつになくしんみりしている気がする、そんなミラも初めてだ。声が低く弱い気がする。
「おーい、どうした朝ごはんを食べるぞ」
カンジの声が聞こえてきた、どうやら朝ごはんを食べるらしい。そうすると鼻も気づいたのか味噌のいい香りがしてきた。今日はあのモサモサした麦と玄米じゃなきゃいいんだけど。
ベットから起き上がると少し頭のところからふらっと一瞬倒れそうになる。これは面白い……これまで立ち上がったことがなかったからこんなことはなかったのかもしれない。いつも通り、手を出してみる、そうするとミラが握ってくれる。うーんまだミラが握ってくれないようだ。どうしたのかな?
「あっ、ごめん、さぁ一緒に行こう」
どうしてか今日のミラの握る力はいつもより弱いいつもなら朝ごはんの時は僕を引っ張っていくぐらいになるのに今日は歩幅が揃っているのが足音でわかる。
パタンパタンと床の木の音が答えてくれるみたいだ。
ご飯の匂いが匂ってきた少しこれは白米かもしれない……良いなぁ。今日はミラの言うツガイになる日だから特別なものなんだな。机についたようだ。
「おい、ミラなんだ今日はしおらしくなってよぅいつもならアノンを引きまわしてくるじゃねぇの」
「うるさいわね、ちょっと早起きして眠たいだけよ」
カンジの声に反応してか、ミラの握る手がいつものように力を増した……痛いけど元気そうで嬉しい。
「おう、そうか天下のミラ様も流石に少しは緊張するか?そうか、そうかウンウン」
「ちょっと、違うわよそんなわけ……」
「いやいや、いいんだそんなことはよくわかってる、今日はご馳走だ味噌も豆腐も貰ってあるからなさぁ食べよう」
机に着くと、ご飯と味噌汁シンプルだけどその組み合わせはどのおかずや麦飯や色々出されたけどこれが美味しい。
机に着くといつも通り隣にミラと向こう側にはカンジがいる……そうそんなところ今日はちょっとミラとの距離が離れてる気がする。いつもだったらもっと近づいてくるのに。
「よし、揃ったなとりあえずミラ、アノンおめでとうまぁそんなに変わらないと思うがこれからもよろしく頼む、よし、手を合わせて、いただきます」
「いただきます」「いただきます」
そうすると、いつもの場所に手をかざすと僕の箸がある箸を指に絡ませるとできた。箸が僕の指にしっかりと応えてくれた。ご飯……あっそうそこだ左手でつかんむと湯気が上がっている。熱いな、息を吹きかけて……よし、箸で米の重さを感じると、つかむ感じじゃなくて載せたら前はうまく行ったな口に運んだ。少し熱いけど、甘くて美味しい。
「ほんと、上手くなったなぁ、アノン、ミラでも1月経っても箸は握るわ米粒は口からこぼれるわ酷かったぞ」
「うるさいわね、ちょっと私は子供だったのだからよ、アノンが上手いのは事実だけど……なんでもない」
ミラはなぜだか寂しそうに聞こえた。それでも、なぜだろう僕は一人でできることが増えたけどミラとは一緒にいれなくなってる気がする。
「おいおい、ミラよ何ちょっとさみしくなっているんだ?別にアノンが食べられるようになったからっていったて食べさせてあげていいんだぜ?ツガイになるついでだほらやってみ」
「……うん、そっそうだわ」
ミラの匂いが風に載って鼻を伝ってくる……少し甘い香りがする……今までにはないそんな香り。トントン、優しく肩を突かれた。
「……ちょっと何ほうけてるの?ほらあーんして」
口をしっかりと開けた。ご飯の少し甘い匂いが入ってくる……口の中にご飯が入ってきた。ほどよく温かい……かみしめる。
「……どう?」
「……美味しいよ」
「……良かった」
ミラは少し、緊張が解けたように深呼吸しているようだ。ミラはいつものように僕のそばに来てくれた。良かった、嫌われているわけではなくて。
「それにしてもよぉ、お前らもだいぶ息が合うようになったじゃねぇか、食べさせるにしても」
「……うん」
いつになく、ミラはなぜか大人しい。やっぱり緊張しているだけなのかもしれないな。
今日はいつになく、静かな朝ごはんになったいつもならミラとカンジが言い争ったり、僕がちょっとこぼしてミラが怒ったりと色々起こったりして楽しいのに今日は誰も騒がない。僕も今日はなぜかきれいに食べることが出来た。ご飯は美味しかったけど……なぜか満たされなかった。
「よし、お前ら食べ終わったな……この後、お前らがついに正式にツガイになるからなぁちゃんと身支度しろよ、わかったか」
「うん」「うん」
「よし!俺も用意するからあとでまたな!」カンジは飛び出すように出ていった。
ミラが手を優しく包み込むように握ってきた。胸の奥が波打っている。手から汗が噴き出してくる。不思議だ……この胸の高鳴りは抑えられそうにない。
「……いや、あんたも一緒みたいね……良かった」
「ほら、行くよ」
そうして、もう一度僕たちが寝ているところに行って……今日の着る服は、触ってみるとふわふわしていてガサガサしている服とは違うみたいだ。
「ほら、触ってないで速く着てね」
ミラは、もう着替えたみたいだ。最近はミラは僕と一緒にいても何も言わずに着替える。前はなぜか僕の向きを変えて着替えていた。袖を通すと、ちょっと耳が引っかかって痛い。ここが首を通すところか、よし着れた。
そして、どうやらこれはボタンが付いている、ちょっと角がずっとなくて痛くないからだ。首の部分は少し丸くなっているから、腕の部分はここでよし、腕を通すと反対の手も通す。ボタンも僕でできるかな?トントン、ミラが呼んでいるらしい。
「ねぇ、アノンいいわね、かっこいいわ、うん?いいわよ私がやったあげる」
ミラがボタンを閉めてくれる。なぜだろう……すこし照れくさい。
「よし、出来たわよ……。うん!バッチリ」
手で触ってみるとボタンがきっちりと留まってある。やっぱりミラはすごい。
「さあ、行くわよ」
手をつないで、2人でもう一度いつもご飯を食べているところへ戻った。
「良し、バッチリだな、アノンも立派になった」
「これからどうするの?」
「うん?これからな、家の中でやるのは締まらないから、外でお前らがつがいであること示す儀式をやるぞ」
外でやるのか……何故か外でやると思うと胸の奥がドキドキして来る。ミラとあった時もそう言えば、こうやって外で初めてお互いを感じたっけ?握る手が緩んだ、どうしたのかな?ミラはなにか面白くない事でもあるのであろうか。
「村ではやらないの?」ミラは、ふと悲しそうに呟いた。
「すまねぇな、どうしてもようあのこそじじいが首を縦に振らなかった」
「そう……せっかくアノンと私が一緒になるって知らしめることができるのに」
僕は、ミラの手を力いっぱい握った。
「痛い……何するのよアノン」ミラが珍しく本当に痛がった。
「僕は、君に助けられてここにいるんだ。他の誰でもないミラに助けられんたんだ。僕は、君の手がないと何処にもいけないし、何も感じられない。君がくれたもので僕がもう一度本当に生きることができるようになれたんだ。それに誰への示しも要らないよ」
「そうじゃないのよ……。いや、いい。アノンから、そう聞けただけで嬉しい」
ミラは、何故か少し悲しそうなこと我慢したように僕の手を力強く握りしめてきた。
「まぁ、ご両人ともお熱いところ失礼するが。一応な、こういうものには証明が必要だからな。アノン、俺がそれを見届けてやる」カンジの一言は、頼もしく聞こえた。
「ありがとう。カンジ」僕は、カンジに精一杯のお礼を伝えた。
「いいってことよ。よし、そういうことだから早速始めるぞ」
三人で、玄関に行ってカンジのツガイがに行って来ますと言って、外へ出た。
風がひゅう、と吹いて体がそれに反応して少し丸くなってしまう。
「もう、秋が終わりそうね。」ミラがそう小さく言った。
「いいや本当にようお前らの儀式が冬になる前にやれそうで良かったよ」カンジはそう言った。
「なんで、冬だとだめなの?」ふと、僕は疑問に思ったからきいてみた。
「そりゃあ、よう。冬は全てのものが枯れちまうだろう?だからツガイの縁も枯れちまう。まぁ迷信だがな」カンジは優しく教えてくれた。
なるほど、確かにそうかもしれない。冬は、今までいたところでも冷たく厳しかった。そんな時にやってしまえば枯れてしまうのも、無理はない。
「おい、ミラ。用意していたあれ?持ってこないのか?」
カンジはミラに何かを聞いている。あれとはなんだろうか。
「あ、そうだったわ。忘れてた。取りに帰るから待ってて」
ミラは僕の手を放して家に帰ってしまった。放された手が風にあたって痛い。手が冷たい、それだけじゃない……こんなにも1人なのか。ミラがそばにいないとやっぱりなぜかソワソワしてしまう。震えが止まらない。
「アノン、もうそろそろ戻ってくるから落ち着きな」
カンジが僕の様子が見えているのか、そんなことを言ってくれる。それでも、止まらないのだ。
「お待たせ」ミラが家から帰ってきたようだ。
「ごめん、アノン寒そうだね。ちょっと待ってね」
「おっ、ちゃんと持ってきたな」
カンジも何か知ってるようだ。僕だけ知らないらしい。なぜか、悲しい。
「ほら、待たせたね。ハイ」ミラが手を差し伸べてくれた。ミラの厚い、温かい手を握ると心が落ち着く。
ミラに手が厚くて落ち着くって言ったら怒られたなぁ。女の子にそんなこと言わないって。カンジにも「そりゃあねぇよ」って言われた。
「どうしたの?私の手に何か付いてる?」ミラが不思議そうに聞いて来た。
「そんなことないよ。ミラの手を握ると落ち着くんだ」僕は、本当のことを言ってみた。
「そう……ありがとう」今日のミラは落ち込んだり、素直だったり今日で色んなミラが聞こえた。嬉しい。
「おーい、俺も忘れてくれるなよ。まぁ、形だけどやるぞ」カンジは、俺を忘れるなよと言った感じだ。
「それで、どうするのよ?」ミラもわかってないらしい。握る力が強くなった。緊張しているのだ。
「うーん、このままだと締まらねぇからもうちょっと後ろから歩いて俺のところまで歩いてくれよ」
「わかったわよ。ほらアノン一緒に行くよ」ミラは、何かを決めたらしい。僕も握り返した。
向きが変わった。ゆっくりと、歩幅が合っているのが分かる。足音が、握っている手の強さがミラと一緒に合わせられているのが分かるのが嬉しい。
「すぅ……よし。アノン本当に一緒に行くわよ」
「うん……行こう」
カンジの元に、歩いていく。そんなこと普通なことかもしれない。それでも、僕には信じられないことだ。こんなところでお姉様以外の女の人と一緒に手をつないで歩いているなんて。お姉様は、確かに亡くなってしまった、たぶんそうかも知れない。それでも、僕はここまで来た。そして、この名前をだいじに抱えて一緒にミラと生きる。
「フフ……」ミラが笑った。
「どうしたの?」僕も気になったから聞いてみた。
「いやねぇ……ちょっとアノンもちゃんとした男の子なんだって思ってね。ちょっとドキドキしてきた」
ミラが耳元で囁いてきた。ミラの手は、確かに汗をかいてるみたいだ。でもちょっと、耳がザワッとした。初めてだ、小さい声でもそんなことになるのか。
「おーい、もうちょっと速く歩いてくれよ。こっちはちょっと寒いんだからよ」カンジが文句を言ってる。
「分かったわよ。ほら行くよ」ミラがそう答えた。
少し、ペースが上がったけど、1つ1つ踏みしめていく。たぶん、この光景を僕は一生忘れないと思う。そっと僕の胸の奥に誓った。
「おい……お前らようやくここまで着いたな。よし始めるぞ」カンジはそう言って儀式を始めるようだ。
「ミラ、アノンお前らは病める時も、お互いが信じられなくなっても、互いが感じられなくなっても一緒にいることを誓うか?」
「もちろんよ」「もちろんさ」お互いの声が揃ってしまった。
「ふふっ……こりゃあ誓わせるのは間違いだったな。完璧だお前たち」カンジはおかしそうに笑った。
「よし、ホイ。ミラ、これはお前が被せてやれ。本来はオスが被せてやるものだがな。お前がアノンを守るんだからな」カンジはミラに渡したらしい。
「うん」そう言って、ミラは僕の手を離した。
なぜか、手は今は温かい。手を離されたことは一緒なのに……今はうれしい。
「よし、アノン頭出して」ミラはそう言った。
僕は、ミラが言ったように頭を突きだしてみる。
「はい、よしいいわよ」頭に何かかかった気がする、柔らかい草?みたいなものがある……暖かい陽だまりの匂いがする。自然と笑みがこぼれる……こんなにも嬉しいことはない。
「ありがとう……嬉しいよ」ミラにそう伝えた。
「うん、どういたしまして」ミラは僕の両手を握って微笑んでくれたと思う。笑顔が見えた気がした。
今まで、冷たい風が僕たちを柔らかくそして暖かくつつみ込んでくれた。




