王の謁見
コンコン……ドアの辺りから小さいけど体のなかに響くような音が聞こえてきた。
瞼を開けるにもまだその気力が満ちてなかった。……ふと、考えてみる、そういえば昨日は寝ている時に何も出てこなかった。
そう、久しぶりに……ゆっくり剣も持たずに寝たようだった。手を宙に浮かべて手の感触確かめる、そうするといつの日か風も何もないただ澄んだものがあるような気がして、それが僕の手のなかに収まるように思える。何も掴めなかった、それでも今は掴まなくてもいい。それでもここはまだ自分だけの場所なのだから。
剣が恋しくなってくる。あれだけ忘れていたのだから剣はそっぽ向いているだろう。それでも、今からでも探すべきである。手で、辺りを伸ばしてあわよくばその周りにいてくれるのではないかと、その不純な願望が湧き出てくる。
剣には申し訳ない……それでも、今は瞼を開けるほどの力も残っていないのでないから。右手を腹の辺りから腰の辺りに空きっ腹をついでに擦るように辿っていく。
手が冷たい懐かしいものに触れた。耳から鞘が触れてカチャと、金属が心地よい擦れる音がした。そして、もう一度確かめるように手でその柄のあたりをつかんで動かすと剣が床を叩いた。もう一度手を剣から離して、左右に寝返りを打とうとしてみる。剣は、僕から離れまいと寝返りを邪魔してくる。そう剣も寂しかったのだろう。
ふと思い巡らしてみる、どうやら腰に据えたまま寝てしまったようだ。僕は剣を携えていることすら覚えていないのだ。剣には、嫌われてしまわないかと。どうしょうもないとも思うが、それでも僕は剣を持っていたのだ。そう、忘れても尚、持っていたのだ、そのことは剣は覚えてくれるだろう。チッ……自分自身に舌打ちをしてしまう。まったく……自分の言い訳じみたところに腹が立つ。剣は赦してくれるかもしれない……でも僕は自分を赦してはいけない。もう一度、剣に謝っておこう……済まないと。剣は、僕を見捨てていなかった…そう多分許してくれるだろう。
もう一度、首を動かしてみるそうすると軽い……今なら誰でも斬れるかもしれない。顔のあたりがいつもの重い、覆われている感じがしない……、背中が刺されたような痛い……そして冷たく収縮していく。もしかして、約束を忘れて、不埒にも間抜けな寝顔を誰が見ているかも分からぬところで晒し、そしてそんなことよりも神様に捧げた約束さえも叶えることではできなかったのだ。
腰のあたりから手を顔のあたりに持っていこうとする。手が思う通りに動かない……ずっしりと思い、初めて剣を握ったときでも鍛錬の時にもこんなこともないのかもしれない。それでも、逃げてはならないそれを多分神様は見ている。
その瞬間指が普段の、冷たい仮面の感触を捉えた。なぜか、その感触が懐かしくて触り続けてしまう。 フゥー、ふと息を吐いて自分を落ち着かせる。落ち着いて、もう一度フゥーと息を吐いた。そうすると、昨日の出来事が自然と僕に語りかけてきてくれた。昨日は、初めてこんな綺麗なリンゴを食べていたんだ。
口の中にまだ余韻があるのかもしれないとそう願いながら確かめる、舌でもう一度丹念に調べている。口の中をゆっくりと味わっていく、もうそこにはリンゴは居なかった。失念に満ちた心が頭の中を喚き始めて、僕の頭の中を占拠する。
コンコン……もう一度部屋中にノックの音が低く部屋の中に響いた。もうそろそろ答えなくてはならない……体起こそうにもまだ気力が足らない。意を決して、重い瞼をゆっくりと開けてみる。瞼が目に張り付いて痛い。ゆっくりとペリペリと剥がしていく。カーテンの隙間から太陽の光が差してきて、僕の目を突き刺してくる。
手で仮面を覆った、それでも眩しい。そんな遠いところではなかったと思ったけど……太陽は昇っていた。どうやらかなり眠っていたらしい。すこし、体を起こして、伸ばしてできるだけ体を起こそうとする。そして、椅子の下にあるボロボロの靴を履いてしっかりと履いた。そうして、ドアの向こうの人に答えた。
「なんですか?」
「お疲れ様です……ラディス様丁度今着きましたのでご報告を」
そうして、執事長である、カウマンが外にいた。今は、蝶ネクタイから普通のネクタイを着て、笑顔でこちらを見ていた。
「ありがとう……今降ります」
太陽の光が肌を焼くように照らしていた。そこまで熱くはないはずなのにどうしてかその光が今の僕には耐え難いものだった。
そうすると地面は土から綺麗な石畳になっていた。足をつけると心地よくこちらの足に反応してくれた。
目を向けると、魔法師が王城の前に並んでいた。綺麗な、装飾をつけそして王国の森から採れた魔法の杖を大事そうに持っている。
魔法師は、騎士や兵士と違って本当に厳しい選抜を通り抜けねばならない……その人たちがここまで自分のことを見ているのだ余程なことだろう。
そうすると、隊列をきっちりと整えられた魔法師たちがこちらを見ている。
魔法師たちも表面上笑っているが、目は氷のように冷たい。
ふと、僕の身の回りを見てみる……ボロボロで顔にも仮面をつけている。これでは、まったく釣り合いは取れてないと思ってしまう……自分がこれ以上に小さいと思ったのは初めてだ。
「さぁさぁラディス様、王に拝見される前にお召し物をお着替えなさったらどうですか?こちらでお召し物は用意しますので」
「ありがたいよ、そうしよう」
カウマンが有難い申し出をしてきた。やはり執事長はできるのでないか僕もそれに異存はなかった。
そうすると、カウマンは城の正面から入らず側面の通用口を紹介してくれたそこから入ると、城の侍従たちが僕を出迎えてくれた。その光景がなんとも何故か懐かしくて泣きそうになった。
そうすると侍従の人たちに浴場に案内してもらい、足を運ぶどうやら貸し切りのようだ。ある侍従に体を洗うのを手伝おうかと聞かれたがもちろん断って入る。そして誰も入らないでくれと頼むと、仮面を外した。
桶にお湯を溜めて、久し振りに顔を洗うと、カサカサになった唇がお湯によってふやかされて表面の皮が剥けて艷やかになる。上を見上げるとシャワーというものがあったこれは蛇口をひねるとそこからお湯が出てくるらしい……いつもは打ち水で体を清めていた……こんなところに綺麗にするのは初めてだ。
体をそこにあるタワシで擦っていくと、あちこちに痣が見えてこれだけ身体は悲鳴を上げていたのかと思うとそっと抱きしめたくなる。体が暖かくなって血が体を駆け巡った、どんどん気力がみなぎってくるのが分かる。きれいな石鹸と綺麗なお湯によってどんどんと生まれ変わった。体を清め終わり、上がると綺麗な服とそして同じ仮面が置かれていた。
その仮面をもう一度被ると僕の務めを果たすべきだと……そういう気持ちがふつふつと腹の底から湧いてくる。そうして、浴場後にすると侍従たちにお礼を言い、カウマンの所へ足を運ぶ。そうすると、姿勢を崩さず待っていたのだろうかカウマンは笑顔を崩さずこう言った。
「王がお呼びです……ご準備は出来たでしょうか?」
「もちろんだよ」
もう一度通用口から出ると、魔法師たちが綺麗に隊列をなしていた。
今度は魔法師達が綺麗なお辞儀を見せて、普段まったく統制が取れなくて、自分勝手で有名な魔法師は僕に向かって綺麗に揃えてくれた。
そうすると、僕もそれに応えたいと思ってしまう。自然と背中が固まってしまう……ここまで偉い彼らが僕にそこまでのことをするのだ……待ち受ける王の命令について考えると震えてくる。
階段を登り、大きな扉を守衛に開けて貰うと、そこは天井に吊るされる照明が部屋を綺麗に照らしていた。長い廊下を歩くとそこにはもう一度大きな扉があってそこでもきれいな帽子で飾られた従者が扉を開けた。
開けると、大臣が左右に列をなしており派手な装飾をあしらった色とりどりの僕にもわからない服を着ている。
その中央には、王であるヘンドリクス王と王妃であるアーニー妃がおられた。ヘンドリクス王はなぜか、僕に対して悲しそうな視線をアーニー妃はなぜか敵視する様な視線を送っていた。
王妃が居られることは聞いたことはない……余程のことが起こるのだろうか?そうして、僕は所定の位置につき、王のもとに伏せた。
「ラディス今ここに馳せ参じました今度は何様で」
そう言うと、列をなす、大臣たちの顰蹙が轟々であるもちろんだ、話を聞くところその森がなくなったのだ当たり前だ。
そうすると、右大臣であるビンスというらしい……その人が前へ出てきた。神経質な感じだ、使う魔法も神経質であろう、そして大臣たちや王は目にクマを作っていた。
「貴公がラディスとというのだな、貴公の活躍はかねがね聞いている、それで此度呼び出したのはそう神樹の森の一件だ。まぁ貴公らの位では神樹の森なんて言うことは知らないがな、貴公らでいう森のことだ」
やはり、森のことかと得心がいった。なるほど、僕らにはただ立ち入り禁止でただ重要な神聖な森だとしか知らされなかった。
「はい、その一件僕はそこに居ました」
場は、騒然としている……中には怒号を飛ばすものもいた。そして当然なことだ僕は森に立ち入った、そして魔物の侵入を許したわけだ……もちろんそのことだろう。
「さて、貴公は今回のことをどこまで理解しているかとりあえずそこのところを確認したいね」
大臣の目の隈が事の深刻さを物語る……
「僕は、まずその日いつも通り鍛錬をし昨年から拝命したとある魔物の監視部隊に着任し任務に当たっておりましたそこの部隊の部下から警戒の笛から聞こえたところ魔物を発見しました。そこで交戦し、森に侵入を許しました、そこからの記憶は申し訳ないのですが……曖昧で申し訳ありません」
周囲は、顔を見合わせているなぜだろうか……そこまでおかしいこと言っているとは思えない。
右大臣のビンスは顔をしかめながら、
「なるほど、了解した……貴公は、そこまでは覚えているわけだね……実際に生存者は君だけだ、部隊の他のものは後発の調査隊を編成したが君の部下は発見されなかった……」
それを聞いたとき、一連の行動を頭の中でもう一度思い返していた、それにしても森に侵入を許して以降の行動がモヤがかかったように思い出せない。
手から汗が噴き出す、ここから何が起ころうというのか、わからない視界がおぼろげになるのがわかる。
「そこで、特別にもともと森があったところ説明しようこれを見てくれ……これは特別に王城の魔法師によって取った絵だ、このように森全体がくり抜かれている本当になかったかのようにね」
右大臣は続けた。
「そこで、単刀直入に聞く。君にはこういう芸当ができるかな?」
正面に出された絵を見つめていた、これは高度な魔法なのだろう恐らく魔法師なかでもよりすぐりの逸材たちのものだ。
目にすると、それは自分の目を疑う光景が広がっていた……森のあったであろうところがくり抜かれたように消えていた……背中が引き攣るような感覚があった。こんなことできるわけがない……僕に出来るのはせいぜい相手を幻惑させる光魔法ぐらいだ。
「生憎、私にはこういう魔法は出来ません、せいぜい出来るとして目眩ましの光魔法ぐらいです」
背後から、「白々しい」……「何かを隠しているだろう」と言った声が聞こえる。そんなこと言われても困る。針の上に立たされているようで痛い。
「静粛に」王が辺りを一喝する。低くて重厚な声が会場に響き渡った。そうすることで全員が静まり返った。
「ビンス、続けなさい」そう言ってビンスに続けるよう促した。
「貴公らの言い分も分かる、そう言うところを加味してね、王城では、ラディス君、君をその事件の犯人だと仮定して教会とともに監視をしていたんだ、もともと君は事件発生現場から唯一の発見された人間だったからね、調査場所として逃げられた魔物の拘禁場所を使用した所を再利用させてもらったよ」
確かに、起きたときから……ずっとそこにいた……なるほどそのためにあそこにいたのか。少し得心が行った。
「そこで、調査をしたところそのような兆候はなかった……そして、ラディス君、君の無実は証明されたよ、なんせ君はあの部屋を出ようとも外部の者との交信を取らなかったからね、それに諸君らもラディス君はそんな術を使わないことはわかっているだろう?」
そうして、右大臣であるビンスは続けた。
「そんなこと信じられるか?」「うーん」「どうかな?」周囲では疑問の声を浮かべている。
「貴方方の疑問は当然なことだとは思われる……しかし、ここにいるラディス君は王国直下の魔法師でもない、それに彼は仮面を被っていますそれがどんな意味を持つか貴方方なら分からないはずがなかろう?」
ビンスはそう続けた。
「確かにそうだ」「その通りだ」踵を返したかのように貴族や大臣たちが頷いていた。
「そこでだ、この森の事件魔物がやった可能性があるかね?魔物の血を浴びすぎて、鮮血卿の異名を持った君ならわかるだろうが魔物がそんな不思議な力を持つことはあるのだろうか?君ほど魔物を討って来たものは居ないだろう?」
右大臣の意見は芯を食っているように感じられる……それでも魔物は狡猾なものである。不思議なことだけど……ここにいる人達は魔物に関してはどう思っているのか不思議に思う。
「確かに魔物が魔法の様な神様から貰った特別なものは無いと思われます、しかし……彼らは狡猾です……それに、貴方達もお分かりでしょうが名前を奪ったり呪ったりすることも個体によりますがいると報告されています。それに私が交戦した魔物はとてつもなく力が強かった、僕らの部隊の監視をしていた魔物も特別な力があったのでは?」
「そうだね……機密事項のためここでは言えないがそうだと言える……魔物でも特別な力を使うを奴は居る、それを調べるために、いやそれを知らせないためにもあそこで監視していた……」
ざわざわと大臣や貴族達は何か喚き出している
「あの日の再来だ」あたふたしているようにも感じられる。
「そして、祈祷師から神様のお告げがあったらしい……どうやらその犯人はコブリンの集落にいるらしい、そこで君は一度交戦したから適任だと思う、そこでどうだ受けてくれないか?」
それは聞くまでもなかった……あの魔物を討ち取るまでは死ぬに死ねなかった……右拳をしっかりと握る。
「了解しました、その命しかと」
そうして、王に向けて深々と片膝を立てて敬意を示す。
また、右大臣はさらに続けて
「それに……君は唯一生き残ったんだあの場所で、君には何かあるのかもしれない頼むよ」
「貴公らもそれでいいか」
「異議なし」「異議なし」声が会場を響き渡った。
「以上、この会を閉廷する……ラディス君、貴公は作戦を申し渡すためこの場で待機だ、いいね?」
「ははぁ……」そう言って、僕は大臣と王に誓った。そうして、王や貴族たちは出て行った。




