朝食
ゴォー……ゴォー、なにかが、音を立てているようだ。それが、まるで唸りのように聞こえる。それでも、何かの鳴き声でもなさそうだった。いつになく、頭が軽い。血が巡ってくる。夢も覚えてない、いつもなら覚えてるのに。小気味の良いリズムの音が聞こえてくる。これはミラだ。
「あっ、起きた?」こんな時どんなことを言えばよかったかな?そう考えるだけで楽しい。
「おはよう、アノン」ミラは嬉しそうに、僕に話しかけてきた。
「おはよう、ミラ」そう、おはようその一言が新鮮だった。
「うーんそうだね、今朝ゴハンの用意をしてるからその辺で待ってて」
こんなにも、嬉しいなんて。冷たいあの部屋では全くわからなかった時が流れている。向こうのところが少し暖かい、これはなんだろうか?窓から、指してる光なんだろうか?それがこんなにも温かいのか。
ちょっとその光のするところで寝転がってみる。木の柔らかい、暖かみを感じる。木は、床になっても生きてるのか?昨日は、死んでいるなんて思ってごめんね。そう言って、床となんてことない会話をしてみる。あたりから、いい匂いが立ち込めている。でも、その匂いは分からない。朝食だろうか?ミラは朝ごはんと言ってたなぁ。
朝ゴハンってなんだろうか?お腹がグゥーと鳴る。自然と、口の中から唾液が溢れそうになる。
そういえば……いつもは口の中がこんなにも、唾液が溢れていたのはいつだったろうか?起きた後は、いつもは少し体が重くこわばる。そう、起きたらいつもそこは、戦場だった。いつ、なんどき叩かれてもいいように体を丸く縮こまらせる。起きると、胸の奥がずっとうるさくなってた。いつ、倒れても良いように。でも、こうやって丸まらずに音を聞いてられる。こんなに、良いと思ったことはなかった。胸の奥がそれでも静かだった。
「ちょっと!カンジそれをたいていたの?」
「まぁいいじゃないか、お前もアノンも来たことだしよぉ」
「ちょっと、見つかったら怒られるわよ!」
「そん時はそん時だ」
匂いがする方から、ミラとカンジの声が聞こえる。たいていた?ってなんだろうか?僕にはたいていたと聞こえた。どんな、料理をしているのだろうか?それにしても、怒られるってどんなものが食べられるのかなぁ。窓から差す光でなんだかポカポカする。いい気持ち……
――
「ねぇ、アノン起きてよ!ねぇってば」
ミラの声がする……ここまでは夢だったのだろうか?もしかして、今も夢だったのかも。体が揺れている。木の感じがする。君もおはよう。
「うーんここは?」
「もう、アノン寝ぼけてるの?」
「ほら、起きるよ」手を引いてくれる、お姉様とは違う暖かい強い手、 そこに手を引かれて僕は起きた。
「なんせな、今日は、ミラも食事の準備を手伝ったんだぞ。まったく、普段まったく料理なんてしないのによぉ」カンジは何か、呆れたように言っている。
「うるさいわね、いいでしょ、アノンのためなんだからするわよ」
なんだか、嬉しい。
「まぁ、ミラも、もう立派なメスだな」
「うっ、うるさいわね、あんな奴は無視よアノン食べるよ」
そう言って、机に座らせてもらった。どうやら地面に座るらしい。
「ありがとう、ミラ」
「どういたしまして……」ミラの声がちょっと弱々しくなっている。
照れているのだろうか?それも良い、どうやら夢は夢でもこの夢はいつまでも続いてくれそうだ。なにか、熱気みたいな、熱いものが立ち込めてるのがわかる。なにか、少し甘いような熱いみずみずしいような感じだ。いつも、飲まされてたスープとは違って生臭くない。奥の方から少ししょっぱいような匂いもする。不思議と、お腹が空いてくる……。
「ちょっと、待ってね。ここでのしきたりがあるの」
そう言って、ミラは僕に待ってほしいらしい。別に、誰も置いて食べないのに。
「神様にでも、感謝するの?」僕は、そんなことはないとわかっていながら聞いてみる。
「はぁ……もうお前も"地の民"だ地の民の先達としてこの俺様が教えてやるよ」
カンジは少し嬉しそうだ。"地の民"そんな名前なのか、カンジ達は。すこし、胸が高鳴る。
「良し、手を合わせてくれ」
パチン。乾いた音が聞こえる。ちょっと、身をすくめてしまった。
「おい、何してるんだ?ほらほら手を合わせて合掌」
「そうよ、アノン手を合わしてみて」
パチン。手が乾いた音を奏でる。誰かの頬を打つ音ではない、そう、しきたりのためだ。
「これからどうするの?」
「よし!アノンも出来たな、ミラ、アノンこの村に帰ってきてくれて、来てくれてありがとう。いただきます」
「いだだきます」
「ほら、アノンあなたも言うのよ」
ミラはそう言って優しく言ってくれる。……ゴクリ。
「いただきます」
そう言った瞬間、何か違う、わからないけどここにいるミラとカンジと一緒になった気がする。
「よし、食うぞ、なんせ今日はごちそうだからなぁたんと食えよ、アノン」
「そうよ、あなたは初めてだろうと思うからね、ゆっくり味わって食べてね」
「うん、ありがとう」
そうとは、裏腹に手が震える、やっぱりこの”ごちそう"いつもみたいに食べ損なうのはカンジに申し訳ないと思った。手が虚空を駆ける。そういえば……スプーンとフォークは触った感じ、ここにはない。冷たい感じ……それでも今では懐かしかった。
少し丸くて硬いものがある。木の感じがする、これで食べるのかなぁ?木の棒が2本あった。でも、握り方が分からない。指で握っていいかは分からない。
「そうだな、アノンもハシなんて使ってねぇよな」
「今日は、ごちそうだ、ミラ食べさせてやりな」
ハシ?そういうものがあるのか。食べさせてもらうなんて、いつ以来だろう?
「……そうだわ、アノン食べさせてあげる」
そう言って、ミラは意を決したように、力みを感じるようだった。
「よし、はい」甘い、湯気のようなものが鼻先に近づいて熱い。
「ちょっと、ミラ、熱い」
「大丈夫よ、はい」今の、ミラは少し怖い、何故か鼻息が聞こえてくる。
「おい、落ち着けよ」
「これで食べられるわ、大丈夫よ、はい」
「おーい、ミラ聞いてるか」カンジの問いかけにも、ミラは聞こえてないみたいだ。
鼻先にこの"ごちそう"が当たって痛い。涙が出てくる。熱い。ミラは、何を考えてるのだろうか?ゴン。
「はふっ」
ミラは、カンジに叩かれたみたいだ。そうすると、"ごちそう"が離れていく……助かった。
「おい、落ち着けよ、ミラ、アノンは見えないんだろうお前がアノンを見えなくなってどうするんだよ」鼻がヒリヒリする。
「……あっごめんなさい、アノンこんなに鼻が赤くなっちゃってそんなつもりじゃなかったのよ」
「いいんだよ、ミラ。わざとじゃないのは分かるし」
「ごめんね、ごめんね」ミラはしきりに謝ってくる。
「ほらな、ミラも落ち着いて、アノンもいいんだって言ってるじゃねぇか。ごちそうが冷めちまう」
「うん、そうだわ、本当にごめんねアノン」ミラは気を取り直したみたいだ。
「そうだわ、こんなに熱いもの、冷ましてあげる」
フー、フーミラの吹く息が聞こえる。確かに、食べさしてもらったことは昔もあったか気がする……。でも、いつもはそんなに熱いものはなかった気がする。耳に、お母様が、お姉様が食べさせてもらった声が聞こえる。ミラはそれのどれでもない……でも、それのどれよりも一生懸命な気がする。
「はい、どうぞ口開けてあーん」
「あーん」口を開ける。
熱気が伝わってくる。すこし、甘い、モチモチしている。噛むと、甘みを感じている。美味しい、こんなに美味しいものは初めてかもしれない。久しぶりだった……いや初めてかもしれない。温かい食事、カンジがいった"ごちそう"はこの美味しいものなのかもしれない。でも僕には、ミラとカンジと一緒に食べれたのも確かに"ごちそう"かもしれない。
目がキューっとなってくる。鼻の奥も痛い。何かが溢れてくるような気がする。堪らえようとしても、溢れてくる。
「なに?どうしたの、熱かった」ミラは、心配してくれる、そんなことじゃない。
でも、嬉しい。
「ありがとう」
グスン……ミラも泣いてる気がする。
「ごめんね、わからないけど……私も嬉しいの……」
「ほら、2人とも"ごちそう"が冷めちまう」
なみだを飲み込む。すこし、しょっぱい。
「グスン……ほらもう一口あーん」
「あーん」
すこし、冷めてきていた。木の棒――そう、ハシも感じる、スプーンと違って冷たくもない。パンも食べたことはある。でも、こんなにもちもちしたものはなかった。
果物は食べたことがある……そういえばお姉様に連れられて隠れて食べたんだっけ、爺やに凄い剣幕で怒られた。でも、果物みたいな甘さでもない、不思議な甘さだった。美味しい。
「そういえば、この"ごちそう"は何なの?」気になったから聞いてみる。
「これはな……コメっていうんだ」カンジはこう答える。
「コメ?」
コメというのは、聞いたことはなかった、麦をパンにするのは、お母様から聞いたことがある。
「そうだ、米だ、イネって言ってなそこから採れるんだよ」
カンジはそう言いながらなんだか嬉しそうだ。
「まぁ、ここの村の一番の自慢だな、うまいだろ?まぁこれはな米と言っても外の殻を剥いた白米って言うんだがな」白米と言うのか、そんなもの知らなかった。
「ミラもなぁここに来たときによう一口食べたらかぶりついちまってよう大変だったな」ミラも、そんなことがあったのか。
「……あの時はお腹が減っていただけよ」ミラは恥ずかしそうに、呟いた。
「ねぇ、一回自分でこのゴハン食べてみる?」
「ゴハンってなあに?」
「これはね、米のほかにご飯と呼んでるのよ。この村ではね、このご飯を食べるから朝ご飯、昼ご飯、夜ご飯と言うのよ」ミラは待ってましたとばかりに答える。何か誇らしげだ。
「よくわかってるじゃねぇか、ミラ、まったくよぉここに来てからも覚えが悪かったのによぉ成長したなぁ」カンジは、少し感慨に耽ってるような気がする。
「ふん、当たり前だわ、私もここに住んでいたもの」ミラは当たり前だというぐらいの感じで頷く。
「……そうね、ハシを握ってみる?ほら、ハシをこうやって握ってあっ……ほらやって」
ミラと僕の手が触れる、前も手を握ったことはあるけど胸がドキドキするこんなことはなかった。気をまぎらわせたい、そんな一心だった。
「ハシ?そうね箸はね、これはねこの2つの木の棒で食べ物をつかんで食べるの、スプーンと違って少し難しいけど慣れると楽しいわよ」そう言って、手の握り方を教えてくれる。
「一回ね薬指と小指を一緒に、同じくらい曲げてみて」
僕は、指の曲げ方がわからなかった。一緒に曲げるというのが分からない、どうしても、一緒に曲げようとすると他の手が動いてしまう。
「ほら、アノンしっかりと握らないと米が冷めちまうぞ」カンジが少し、煽ってくる。
「黙ってなさいよ、アノンは一生懸命やってるのだから」ミラも応戦している。
「なら、ミラも口で言ってやるだけじゃなくて手で教えてやれよ」
「……うん、やっぱり難しいわね、そうねアノンこうやって握るの」
そう言って、手を重ねる、今度はなぜだか胸の奥は高鳴らない。すぅーと落ち着いて来た。ミラも、同じで息を吐く音が穏やかだ。指が重なる……ミラの指は、お姉様ともお母様とも違ってこう、やっぱり違うそれでもこの手はなぜだか今はこの手が一番だ。
「ハイ、出来た、ここから指に箸を通すわよ」
一本が人差し指中指の間で挟まってくる、そしてもう一本は薬指と中指の間に挟まっている。少し、難しい。銀のスプーンと違って冷たくもない。不思議な感覚だ。冷たくもないし、重くない、こんな2本の棒で食べるなんて。
「それでね、アノンここからごはんを食べるんだけどここからが難しいの私は少し苦労したわ」ミラは優しく、そう言ってくれる。
「まぁ、最初お前は箸から米が落ちちまって挙句、怒っちまって最後は手掴みで食べてたからなぁ。俺とかみさんは止めるのに必死で……ああ懐かしい」
カンジはなにか、感慨に浸っている。
「ちょっと!それは言わない約束でしょ!」ミラは、少し動揺しているようだ、語尾が揺れている。
「まぁ、いいじゃねえか。せっかくの米が冷めちまうぞ」
「フン!カンジは嘘ついてるからね!無視無視」全くもってカンジは嘘をついているとは思えなかった。
「うん、そうだね。これから、どうやるの?」ミラに聞いてみる。
「そうねぇ、いきなり箸でごはんを取ろうとすると難しいからごはんを乗せる感じで食べると食べやすいわよああ、そうか、ご飯の場所がわからないわね、そっちそっち」
ミラの言う方向に体を向ける。そして、手を伸ばしてみる。
「ああ、そこそこよ」なにか、層をなしてるものに当たるごはんだ。
「そうそう、それを乗せてみて」
ごはんを載せてみる、少しぽろぽろとこぼれたが、ごはんの重みが伝わってくる。
「口まで持っていってみて」
ごはんの、微かな甘い香りが鼻を刺激してくる。口を開いてみる。そこにごはんを運んでみる。箸を抜いて、ごはんを口で噛んでみる。少し、まだ熱いかもしれない。
でもおいしい。自分でうまく食べられたのは久しぶりかもしれない。
「……ああうまくいったじゃない」
「おめでとう、アノン」
「ミラと違って器用じゃねえかアノン」
そうだ、自分で食べられたんだ。
「やったー!!!」自分でもこんなに大きな声が出るとは思わなかった。
それでも、それくらいうれしかった。嬉しくなって、ごはんを口に運んでいく。口の中でほのかな甘みが広がってくる。
「おいおい、米ばかりじゃなくてミソシルも飲んでくれや」
少し、興奮しすぎているのかなぁ
「ミソシルて何?」
「ミソっていうのはね、ダイズっていう豆があってそれを塩とか麦とかで上手く寝かせると出来るのよ」
「へぇ、それを味噌呼んでるのか」
「それを溶かして味噌汁なの。いわゆるスープみたいなの」
なるほど、味噌汁というのか、そんなものお姉様と一緒にいた時もそんなものは知らなかった。
「そうそう、そっちの方向にあるわ」
味噌汁のある方角に体を向けてみる。そして、手を伸ばす……独特なそれでも深みのある匂いが感じる。味噌汁が入った入れ物を触れた。入れ物の温もりを感じる、いつもはスープを倒していたそんな気がする。でも、今は誰も飲むことを急いではいない。
「それを、口に運んでそこの入れ物の縁に口をつけて飲んでみて」
口を入れ物の縁につけてみる、木の感じがして、少し柔らかい感じかする。
味噌汁を飲んでみる、縁をそって飲んでみる、塩気のある味だ……少ししょっぱいかもしれない。それでも温かい。口に柔らかいものが当たる。なんだろうこれは?
「なにか、柔らかいものがあるね」
「カンジ、トウフも出したの?」
「良いじゃねぇかせっかくの"ごちそう"だぜ、そらぁよう持ってくるだろうよ」
「アノン、不思議そうな顔をしているな」
カンジも僕のことをわかってきている、すごいなぁ。
「トウフはなダイズという味噌に使った豆があるだろう?それを潰して水を吸わせて、ニガリっていってなそれを固めるやつを入れてな、それを豆腐って言うんだ。まだ、わからなさそうな顔をしているな、まぁ、要はおまえは柔らかくて美味い物と覚えといたら良いんだよ」カンジはそう言った。
豆腐か、そんなものもあるのか。そんなに美味しいもの……それなら食べてみよう。箸をもう一度握り直してみる。ミラにはこうやって握らせてもらっていたな。
「アノン、……っく上手いわね」なぜだか、ミラは悔しそうだった。
「アハハ、上手いじゃないかアノン、ミラはなぁここに来てよぉ箸の使い方は悪くてなぁ、うまく掴めなくて握るは、握りは適当だわ……まぁいろいろあったわけだ。」
ミラにもそんな時期があったのか……そうかそんなことも。
「なによ、アノンまで……」しまった、ミラは僕の考えていることが分かるんだった。
「いや、ミラ、箸の使い方を教えてくれてありがとう」
「……なによ、まぁいいわよ、どういたしまして」ミラも少し嬉しそうだった。
気を取り直して、箸を握り直して味噌汁の豆腐を食べてみる。箸を伸ばしてみる……そうすると、汁の少し圧を感じる。ああ、ここだ、豆腐だ、柔らかいものが触れた。掴んでみる。柔らかい、ああっ。ぽちゃん。
汁に落ちてしまった、これだけで切れてしまうなんて……もう一回、やってみる。
ぽちゃん……。また、落ちてしまった。難しい。
「……ねぇ、アノン教えてほしい?」なぜだか、嬉しそうにミラは聞いてくる。
「教えて、ミラ」
「フフン、良いわよ、アノン」
「今はね、掴むの握るのは難しいのは難しいから、箸を揃えてみて、そして豆腐を刺してみて、まぁ行儀が悪いけど食べられれば良いのよ」
「……ミラ、オメェそれはちょっと」
カンジは、嫌そうな口調で話している。
本当にだめなことなのだろうか。
「何よ、"ごちそう"なんでしょ?食べられば良いじゃない!」
「それならよぉ、別にアノンが自分で食べる必要はねぇじゃねぇかよ、食べさせてやれよ」
「……っく、そうだわね。ほら、箸貸して」ミラに箸を手渡す。
「はい、あーん」
「あーん」口を開ける、豆腐を噛み締める味噌汁が絡んで美味しい、豆腐自体にはあまり味がしないけど柔らかくて美味しい。そう言って、一瞬だったいつもあんなに長い朝食、いや朝ごはんの時間がスッーと過ぎて行った。
楽しかった……そして美味しかった。食事が終わり、少し休んでいた。久しぶりに、いやなかったかもしれない。
そんなとき、ミラが嫌そうな声で。
「ねぇ、やっぱりあそこのジジィのところ行かないとだめぇ?」
カンジに向かって聞いているようだ。
「そらぁ、行かなきゃいけねぇだろうよ、アノンも居るんだ村の奴に教えてねぇと色々と不都合だろう?」
「そうね、そうだわ、そうよアノンもいる」
ミラは、自分に言い聞かせるように呟いた。
「よし、それならこれを片付けたら行く準備をしていくぞ」
「行く準備?」別に行く準備なんてしなくていいのに。
「いや、オメェは分からねぇけどよぉオメェの服ボロボロなんだよ、そんな所で村の長のところに見せるわけには行かねぇよ」カンジはいつになく真剣だ。
「まぁ、アノンも、自分で触ってみな袖のあたりを」カンジは僕に服を確認するよう促してくる。袖を、触ってくるそうするとボロボロ服の繊維が崩れていく。
綿なのか麻なのか分からない、それにこの服はどんなものなのか分からない。いろんなことがあった、いつも僕が粗相をして地面に転がってボロボロになっていた。
「ああ、そうだねボロボロだ」
「そう言ってるけど、どうするの?ここにアノン用の服は無いわよ」
ミラはそう言った。確かに、どうするのだろう?
「うん?ここにはミラの服があっただろう?それを着せるんだよ」
どうやら、ミラの服があるらしい。
「まだ、あったの?」ミラは、疑問に思ってカンジに聞いていた。
「うん、カミさんがな……残しとけってお前が帰ってきた時に使えるようになるからって」
「……うん、アイシャが……」
なんだか、しんみりしてきた。ミラはもともとここにいたんだっけ?アイシャさん、カンジの奥さんがこうやって遺してくれたもの……そうなると、僕も家族の一員になった気がする。
「そういえば、アノン、私の服着れるの?」
「……言いにくいがな、アノンとお前、背の大きさがほぼ一緒なんだよ」
カンジがバツが悪そうに話している。確かに、手をつないでも、自然と手が一緒に合った気がした。
「どうしてなの?僕はミラと同じ背の大きさなのはいいと思うよ」
「おっ?そうなのか、お前も変わってるなぁ大体のオスはそれを嫌がるもんだがなぁ……」
カンジは意外そうだ。大体は嫌がるらしい、不思議だなぁ。
「おい、ミラ、そこでなに赤くなってるんだ、どうなんだ、着せて良いのか?」
「……何よ、もぉカンジの服を着せればいいじゃない」ミラは、少し動揺しているようだった。
「見てわかるだろ?俺とアノン大きさが違うだろ?」
「……良いわよ、それなら」
「よし!助かる、それならミラ、お前が着せてやれお前のツガイだろ?」
「……わかったわよ」ミラの声色がずっといつもと違ってた。
僕に服を着られるのがそんなに嫌なんだろうか?
「俺も、準備するからな、ミラ頼むな」カンジは別の部屋に行ったようだ。
「大丈夫?嫌じゃない?僕はこのままでいいけど」
「そういうことじゃないのよ……そうあなたは私と一緒でいいのね?」
ちょっと、ミラの声には、湿っぽさがあった。どうしてだろう?
「もちろんだよ、ミラと同じ大きさで良かったよ」
「……ありがとう、良し私の服だね、多分あそこにあったわ、ちょっと待ってて」
ミラは、元気になってくれたようだ、僕が着ることが嫌じゃなくて良かった。
そうすると、ミラは服を持ってきてくれた。ずっと、ミラは恥ずかしそうにしていたけどどうしてだろう?でも、ミラの服を着れて、ミラと同じものになれて良かった。
「良し!行くぞ、アノン、ミラ」
「行ってきます、アイシャ」
「行ってきます」
カンジは奥さんに挨拶して、僕たちも挨拶してカンジの家を出た。




