第6話:いずれ菖蒲か杜若
今回は、女王バチになる必要はないなと思ったので、私は、あの黄色いブラウスを着て待ち合わせ場所まで向かった。
今日おしゃべりする場所は、ディビーさんのお店よりはちょっとだけ高いけど、接待とかでは使えないだろうなって感じの喫茶店だ。私たちと同い年かちょっと若いカップルが、奮発して行くような感じの。
私が到着するのと、ちょうど同じくらいのタイミングで、それらしい男性が現れた。事前に、アイビーさんからは「青い背広が勝負服や」と言われたので、見当はついた。
目力が強い人、とも言われていたが、確かに、意志が強そうな男の人だった。アコウさんとは違って、内側でじわじわと何かを燃やしている感じがした。……あの人は、良くも悪くも、周りをお構いなしに巻き込んでいく気がするんだよね。
声を掛けたその時。
「ロータスさんですか」
「アリスさんですか」
2人の声がぶつかってしまったので、何となく面白かった。少し硬かった彼の表情も、緩んだ気がした。
店に入り、窓際の席に座った。
「何か注文しますかね」
彼に訊かれて、私は紅茶が欲しいと言った。
「じゃあ、俺はコーヒーで。……他に何か、付けますか?ケーキとか」
「いえ、大丈夫です。……お腹いっぱいなので」、
少しだけ声が震えたのだけど、分かりました、とロータスさんはあっさり引き下がった。
……あれ?これで終わるの?
私が呆然としていると、彼は言ってきた。
「……なんか、珍しいことでもあったんすか」
「い、いえ。ケーキ、断っていいんだなって思って……」
「は?」
全然ピンと来ていないようなので、私は話題を変えた。……待って。「ピンと来た」ら流れ上おかしいじゃない。
「……き、今日の服は素敵ですね」
「ああ、ありがとうございます」
そう答えた後、彼は何となくきまり悪そうに言った。
「余裕がなくて、そんなにたくさん、準備できないんで……」
私は、今日の黄色いブラウスを眺めながら言った。
「選ぶのって難しいですしね。……私、女の子の友達にお金持ちがいて、いっぱい服を持ってて貸してくれるんですけど、迷っちゃって、かえってしんどくなりました。……服は、ある程度断捨離したほうが絶対良いです」
「……あ、選ぶのが辛いとか、そういう意味じゃなくて」
「え?」
彼も何となく、ボーっとした顔で私を見ていた。
「そんなに、服持ってないよって意味だったんすけど……」
「だから、そっちの方が良いってお話をしてるじゃないですか」
彼は驚きの表情を浮かべていた。すると、そうか、そうっすよね、と彼は何かを納得していた。
こんな感じの、寸劇?も挟みつつ、話題は、日常の過ごし方についてに移った。
ロータスさんの手を見た。爪とかは綺麗にしているけれど、日に焼けて、まめがたくさん出来ている手は、確かに力仕事をしている人のそれだと思った。アコウさんに比べれば細いけれど、弟よりはかなり鍛えられている。多分だけど、男の人の基準からしてもたくましい方なのだろう。
「すごいですね。……お若いころから、大工さんだなんて」
「親父が早くに亡くなって、俺がお袋と稼いでたんで、まあ、成り行きですよ。……アリスさんは?」
「私は、仕事はしてなくて。家の手伝いを」
「良い男を見つけて、それからも家にってところですかね」
「あ、そんな感じです」
次のことは言おうか迷ったけれど、人となりを知ってもらおうと思って、勇気を出して告げた。
「……私、ずっと女学校にいたので、お付き合いの経験がほとんどないんです。だから、うぶなところがあるかもしれません」
「……俺も学校、行きたかったですよ」
「あ、ごめんなさい!……お仕事だったですものね」
「いや、大丈夫です。俺にはよくわからないので、単純に、どんなものか知りたいなって思っただけなんで。読み書き算盤は、職場のオヤジが教えてくれましたがね。……どんな学校に?」
ああ、この質問だ。私は、膝の上に置いた手を握りしめて言った。
「結構厳しい学校で……。全寮制だったんですけど、ひたすら校舎に閉じこもって、勉強とかダンスなどを」
「なるほど。それは恋愛どころじゃないですね。で、もう卒業されたと」
「……はい、そうです」
病気のこと、喋っちゃおうかな。アイビーさんはあんなことを言っていたけど、この人だったら、すんなり受け入れるのかな。
「……実は、学校にいる時、体調を崩してしまって。今はだいぶ落ち着いたんですけど、それも学校を出た理由です」
「へえ。……まあ、集団の住み込み場所って、結構病気多いですしね」
「そうなんですか?」
「ほら、流行り病はあっという間に広がるし、いつも一緒だから、ストレスがえぐいじゃないですか。そういう所で働いてたこともありますけど、倒れる奴は多かった。……アリスさんの所も、そんな感じだったのかも」
その言葉を受けて、思い出そうとするが、霧が立ち込めるようで、はっきりと出てこない。
でも、多分、生徒の入れ替わりは多かったかもしれない。自信がないけれど。
「途中で居なくなる子は、確かに沢山いたかもしれません。……それだけ厳しかったのか、何か病気が流行っていたのか……」
流石に、病気のせいで記憶が飛んでいる、とは言い出せなかった。今後、いつ喋ればいいか、アイビーさんに相談だな。
「まあ、生きてりゃ、色々あるってことですかね」
ロータスさんは表情をほとんど変えなかった。真意は分からなかったけれど、多分受け入れてくれたのかな?……あの子がいたら、気持ちを読んでくれるかもしれないのに。
「俺も、喉と腰がやられないか心配なんですよ」
「喉……?腰は、力仕事だからわかりますけど」
「ああ、大工だと埃被って仕事することがあるんですけど、それで喉やられる人は結構いるんです。俺は今のところ平気だが、年を取ったらどうなるか。……だから、ゆくゆくは親方に回って、若いのを育てる立場になるのも目指してます」
ロータスさんは、あっけらかんとそう言って、コーヒーを啜る。
ああ、お仕事に一生懸命な男の人って、格好良いな。
その後も、のんびりとしたペースではあったけれど、会話はお互いに続いた。なんというか、一緒に歩いている、という気がして、心地よかった。
だいぶん話し込んでしまったけれど、この前の夜遊びを叱られてしまったので、門限が付けられてしまった私は、日が沈む前に家に帰った。すると、皆から、良いことがあったのか訊かれた。ウキウキしていたわけでもないのに、不思議だな。
「そういえば、お手紙が届いていたよ」
誰からだろう、と思ってそれを受け取り、自室で封を開けた。
『あなたの永遠の僕より また、デートに行きましょう。今度の集合場所は……』
ドッ、と全身に鳥肌が立った。それと同時に、同封されていたバラの花びらから、あの香水の匂いが漂い、私は思わずベッドに倒れこむ。……胸が、苦しい。
私の頭は、一瞬にして彼一色になってしまった。
『僕の瞳には、貴女しか映っていないのだから。……それは、貴女も同じなはず』
そう声を掛けられたような気がした。
約束した日までは1週間くらいあったけれど、私はずっと落ち着かず、食が進まず、眠れなかった。
彼の自筆の手紙を読み、香りを嗅ぐその時だけ、張り詰めていた気持ちがほどけていく、そんな感覚だった。
彼に会いたい想いと、離れねばという気持ちが入り混じって、身動きが取れない日々が続いた。
返事を出せずに数日たった時、彼から追伸として、1度に2,3通来た。デートの詳細と、返信を催促する内容が記されたものだった。彼から怒鳴られているようで、怖かったのだけれど。
『ああ、私を見てくれているのね……』
そんな心の囁きがあったのも、また事実だった。
「誰かと文通してるの?」
無邪気に弟にそう聞かれたけれど、私は曖昧に笑って流すことしかできなかった。
「一気に2,3通って、中々ヤンチャな送り方だね。……なんか、変な匂いもするし」
「あの人を、否定しないで」
「否定っていうか、さ。.......姉ちゃん、なんか疲れてない?」
「疲れてないわ。私は、選ばれたんだから」
手紙には、当日の服装について記してあった。あの買ってもらった黒いワンピースを着てほしいとあった。
あの日以来、ずっと袖を通していなかったそれを、クローゼットの奥から取り出して、鏡の前で着ると、ドキドキしていた気持ちが、すっと落ち着いていくことが分かった。
『思い出して。……これが、貴女の本当の姿なのだから』
そんなことを耳元で囁かれた気がした。
震える手で、私は返事を書く。これ以上放っておくと、さらに容赦なく手紙が送られる可能性があると思ったのと、私の気持ちを彼にぶつけたい、そんな気分だったのだ。
結局、返事には会うことを約束する内容の旨を書いてしまった。
アイビーさんが言ったように、ロータスさんと仲を深めていくことにすれば良い。彼も私のことは好意的だそうだ。私は思い出す。カフェでコーヒーを啜りながら、仕事のことを静かに、熱く語るあの姿を。私を見据え、ありのままを受け入れようとする、青い炎の宿る眼差しを。……でも、私の頭の中では、アコウさんがそこに割って入る。そこにいたはずのロータスさんは、アコウさんに強引に押しのけられ、店からも追い出されてしまった。店を去るロータスさんの後姿を見ようとするが、アコウさんが私を遮ってくる。
『僕だけを見るんだ』
その言葉が、私の心を縛り付ける。
デートの当日、彼はまた馬車でやってきた。
「今日は本当にありがとうございます。……あれから反省して、今日は、のんびり食事でもと思いまして。服装も……素直で、嬉しいなあ」
彼は目を細めながら、私の黒いワンピースを眺める。その表情を見た時、私も熱いものがこみ上げた。
彼の言葉通り、その日の馬車はかなりゆっくりしたペースだった。御者がおじいさんで、飛ばそうにも飛ばせず、小走りくらいのスピードでのろのろ進んでいく。
「……レストランまで、遠いのですか」
「いや、歩きで20分くらいだから、このペースなら15分くらいですよ」
じれったいなあ。そう言いかけたが、慌てて口を噤んだ。
レストランも、この前行ったような、高級というものでなくて、どちらかと言えば大衆向けのダイナーともいえるようなお店だった。
「普段だったら絶対に行きませんけど、肩ひじ張らずに過ごせるお店も良いですよね。……アリスさんくらいの家庭だと、こういうお店の方がなじみ深いですか?」
「え、ええ……まあ、そうですね」
「格というのがあるから……強い側は、時として合わせないとダメなんだなって分かったんです」
ポークステーキを頬張りながら、彼は言った。
「……ちょっとこの後用事があって、食事が終わったらお開きにしようと思ってます。……それで良いですか」
「……はい。お忙しいですもの、ね」
甘ったるいパンケーキをつつきつつ、私は密かに混乱していた。
おかしい。
今日の彼は、どうも距離感が遠く、一度たりともスキンシップをしていないし、デートも短時間で切り上げようとしている。あの香水の匂いも、この前より控えめだ。
……全然、足りない。
彼は食べるペースを私に合わせてくれたが、私が食べ終わり、食後のコーヒーを飲み終えるとほぼ同時に、まだ話の途中だったけれど、店を出た。
「長居するのも、申し訳ないですし……」
そのまま、あっさりと、彼は馬車で去ろうとした。
「まだ日も高いですし、ここからアリスさんのお家は近かったですから、歩きで帰れますよね?ではこの辺りで、お別れで……」
「……アコウさん」
彼の後姿に、私は声を投げかけた。
「……もっと、一緒にいたいです」
彼はゆっくりと振り返った。その口元には、うっすらと笑みが張り付いていた。
「……お願いだから、刺激を下さい。……私は、空っぽなんです」
「刺激ってどういうことですか?……説明してください」
上手く言葉が出ない。俯きながら、私は呟いた。
「……分からない。……とにかく、めちゃくちゃにして……」
ふ、と彼が笑う声が聞こえた。
「貴女は恋愛初心者だったよね?初めて恋をしたから、混乱しているのだと思います。……では、僕が教えてあげますよ。それなりのことを求めますけど……付いてこられるかな?」
「……大丈夫、です。……人に合わせるのは、慣れているので」
「流石……あの施設にいただけありますね」
「え?」
「失敬。女学校ですよね。僕が見込んだ淑女なだけある。……では、僕の胸に飛び込んでおいで」
私はふらつく足で彼に近づき、そのまま、倒れこむように、体を預けに行った。
「貴女は素直な方だ。それでこそ育て甲斐がある……」
彼とは来週に会う約束を交わした。
ロータスさんとアコウさんの二人と会うことに、最初は罪深さを覚えていたけれど、恐ろしいもので、当たり前になってしまうとそんな感覚もなくなっていった。
彼らにバレなかった理由はいくつかある。
一つは、一緒に行くお店のグレードが全然違ったことだ。
ロータスさんとは家族とも行ったことがあるようなお店に行くことがほとんどで、歩きで行ける範囲だった。一方のアコウさんは私の知らないお店に連れていくことが多く、馬車も持っているのでとにかく遠くによく行った。
もう一つが、ぱっと見だと同じ人物とは思えないくらい、私の見た目が違っていたということだ。
ロータスさんに会う時、私は明るい服を着て、髪はストレートに流していくことが多かった。
「まあ、好きな服を着てもらえれば。スタイルも顔も綺麗だし、何着ても似合うだろうから。……何なら、服選び手伝ってくれないか?……俺、センスの自信が無くて」
「……黒色って似合うのかしら」
「え?着たいなら着れば良いんじゃねえの」
「……ううん。明るいのが好き」
「そう。まあ、アリスには、そんなイメージはあったよ」
リリィに協力も仰ぎつつ、毎回違った服を着ていくようにしていたら、いつからかどんな服を着てくるのか楽しみにしてもらえるようにもなっていた。
一方、アコウさんはこんな注文をしてきたので、それに合わせていた。
「僕が買った服を着てほしいな。トップスからボトムスはもちろん、小物や靴まで。……で、髪はシニヨン系で、ひっ詰めてもらうのが好きかな」
髪が傷むから嫌だなあ、と内心思っていたけど、一度普段通りの頭で行ったら、明らかに機嫌が悪くなったので急いで直した。
ギチギチに髪を纏めている時の、不思議な気持ちよさは、一体何なのだろう。
アコウさんのもとに向かう時、両親や弟が心配そうに私を見ていることに気が付いて、私は彼に相談した。
「……両親が、何をしに行ってるのか気にしてるんです。……どう答えたら良いですか」
「そうだね……ウェートレスのアルバイトをしていると答えなさい」
「……それで、大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫だ。僕だけを信じなさい。……そうだ。僕のお店に、社員として登録しておこう。そうすれば嘘じゃない。デートの時は遠くに行けば、君の知ってる奴に会わなくて済むだろう。……馬車はそういう理由もあるんだよ。感謝したまえ」
私はボーっとしていた。ロータスさんが、仮に馬車を持っていたとして、そんなことを言うだろうか。これって、ちゃんとしたお付き合いなのかな……。
「返事は」
「ありがとう……ございます」
「ダメだ。もっとハキハキと。……淑女は慎ましさも必要だが、何より、元気がないと、困るのでね」
「ありがとうございます」
「うん」
彼は満足そうに私を見つめていた。
そんなある日、彼から自宅に来ないかと誘われた。
「ちょっと面白いデートをやってみたくて。……内容は直前まで教えられないけど、どうですか」
「……乗り物酔いに、ならなければ……」
「ああ、そこは大丈夫。そうだな、しいて言えば……ごっこ遊び、かな」
「……門限を、守れれば……」
「それも保証する。君の親はうるさくてしょうがないんでね。……返事はOKということで、良いですか」
私は頷くほかなかった。
……大丈夫。明日は、ロータスさんに会えるんだ。
猛スピードの馬車に乗って、連れてこられた自宅は、お城ともいうべき、大きな屋敷だった。
「あまりに大きな家だから、1人では持て余してしまうのですよ。じゃあどうするか。人を雇って、代わりに管理してもらう訳です」
なるほど、庭には鋏や鎌を持った女性達が草むしりをして、家の中は、若い女中さんが忙しそうに窓ふきや掃除に勤しんでいる。少し不思議だったのは、全員私と同い年くらいの女の人だったことだ。
私は馬車で揺さぶられた際に覚えた吐き気を堪えつつ、彼の部屋に通された。
「君は見た目も綺麗だし、僕の手によってオシャレや髪形も磨かれた。……でも、まだ足りないものがある。それは何だと思いますか」
急に言われても……。何かを答えようとしたその言葉に、わざと被せるように、彼は言った。
「経験です。……アリス、君はまだまだ世に出ていないから、大人の世界というものを分かっていない。残念だけど、弱い者は強い者に従うほかないのが世間というものなのだよ」
彼は窓から、庭に出ていた女中さんたちを見下しつつ言った。
「……君もそういう意味だと、弱い者に分類されうる存在だと思う。金もなく、力もなく、頭もよいとは言えず。従う者を見誤れば、あっという間に食い物にされてしまう。……だが安心したまえ。君には僕がいる。僕に従えば誤りはない。強者は羊に道を照らす必要があるのだよ。そんな義務を、僕は遂行したい。……幸い、君には若さと美貌という武器がある。それを保ち、僕に忠誠を誓う限り、君の生き様は最大限に輝くだろう」
ちょっと、何を仰っているの……?そう言わせる間もなく、私は女中さんたちに手を引かれ、服を着替えるように指示を出された。
私は彼女たちと同じ服装にされた。
黒いインナーのシャツに、白いエプロン、カチューシャ。
そして、私は家政婦長の指示のもと、屋敷の掃除や炊事の手伝いをさせられていた。
「あくまで、ごっこ遊びだから。……でも、手抜きは許さない。真剣に頼むよ」
そう彼に告げられ、私はこの奇妙なデートを夕方まで乗り切った。
「家政婦長から聞いたけれど、中々筋が良いようだね。来週も頼むよ。頑張ったら、またご馳走するから」
くたくたになって帰った私に残っていたのは、労働の疲れと、彼の演説の残響だけだった。
疲れ切っていたから、次の日はロータスさんとの約束を守れるものか不安だった。……体調が悪くて、動けないんじゃないかって。
約束はお昼から食事だったけど、ギリギリまで寝込んでいた。けれど彼を裏切りたくなくて、なんとか体を起こす。
……服を選ぶのが億劫だ。というか、選べない。自分の色を出すということは、相当な労力がいるんだなと思った。
もう、どうでも良いや。
私は黒いワンピースを着込み、髪は無造作に纏めて家を出ようとした。
その直前、私は腕を掴まれる。お父さんだった。
「そんな格好で何をしに行くんだ。……良い加減にしなさい」
「あ……」
「アコウに逢いに行くのだろう。……そいつと知り合って以来、お前は日に日にやつれていっている。……お父さんの職場でも聞いたが、悪辣なやり方で有名な、地主の男だそうじゃないか。……お前にどう接しているかはわからないが、もう、逢うのは禁止だ。……自分の身体を、大切にしなさい」
違う。……今日会うのは、ロータスさんなのに。そう声を上げようと思ったけれど、喉がひくついて動かなかった。
「お母さんは寝込んでて、弟は夜、ずっと泣いている。……皆心配しているぞ。アリス、お願いだ。今日は大人しくしているんだ」
お父さんは玄関に仁王立ちして、通せんぼすると、私は視界が歪み、崩れ落ちた。そんな私を、お父さんは抱きしめた。
「ちが……ちがう……」
「今は休みなさい、アリス……。弱いお父さんで、本当に、悪かった……」
ああああ、と私は声にならず泣き続けるのだった。
お父さんの手で、暗い部屋に閉じ込められ、私はひたすら鬱々としていた。
……もう、ロータスさんとは終わりなのか。
体は重かったけれど、彼と会うことは全然辛いことじゃなかった。だから家を出ようとできたんだ。アコウさんと会う時のような、「気合い」が要らない。
そういう相手は、大事にせなあかん。
……アイビーさん、ダメだったよ。
私はもう、誰も味方がいないのかもしれない。やっぱり、アコウさんが唯一、私の理解者なの?
その時、お父さんの声が玄関から聞こえた。
「誰だ、君は」
「……アリスさんとお付き合いしてて。……何かあったんですか」
「お前がアコウか!出ていきなさい!……2度と、娘に顔を見せるな!」
「い、いや、違いますけど……俺、ロータスって言います」
「何?」
「あの、お昼食べようって話で……体調悪いなら、また出直してきます」
私はベッドから飛び出し、玄関へ走り込んだ。
「ロータスさん!」
頭はボサボサ、服装は寝巻き、顔は涙で汚れていたけれど、構わずに彼の元に向かった。
皆、驚いていた。




