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第4話:言わぬが花

鏡を見るのが怖くなくなったのは、髪の毛から青みがなくなって栗色一色になり、目からの嫌な光が消えて、完全な黒い瞳を見た、あの瞬間だった。

「お母さん……。もう、私は、小さいころにそっくりだよね」

私がそう言うと、お母さんは涙ぐんだ表情で私を抱きしめてくれた。お母さんはパーマがきつかったけれど、栗色の髪色で、私と同じだった。黒い目はお父さん譲りだ。

実は、まだ、2人の娘だということは、まるっきり信じている訳ではなかった。でも、日々を生きていく中で、小さいころこの家で過ごして、愛されていたのかもしれないと思うにつれて、本当の家族なんだと心から実感できるようになっていた。


この家にやって来る前、私は入院していた。

病院に入っていたことは、あの年の4月くらいから、ちょっとずつ記憶があって、今のお母さんやお父さん、弟、そして妹だと決めたあの子と毎日会って話をしていた。内容は本当に他愛もないことだった。天気がいいとか、温かくなってきたねとか。ご飯をちゃんと食べているかはかなりしつこく聞かれた。

あと、時々お絵描きをするように先生にも言われて、日々あったことを思うままに書いていた。4月と5月では書いていたものが全然違ってて、自分でもびっくりしていた。3月分は絶対に見せてくれなかったけれど、そんなに下手な絵だったのかな。覚えてないや。

入院のきっかけ?

あれは確か、全寮制の女学校に入っていて、そこで病気になったせいだ。

学校では何をやってたっけ……。はっきりと思い出せないけれど、凄く厳しいところだった気がする。一日中、決まったスケジュール通りに、勉強やダンス、礼拝なんかで塩漬けにされていたような思い出がある。あの子はここで出会ったはずなので、入院する前から付き合いがあるのかな。

そんな学校に居た割には、色鉛筆の持ち方を忘れていたらしく、先生に教えてもらったのが不思議なのだけど。

退院してから、学校で染められていたという髪の毛と、病気で変わってしまったらしい瞳の色は、しばらくそのままだった。

何の気なしに、街に出て買い物をしていた時、皆が怪訝な目で私を見てきた。

なになに?って思ったけれど、ある服屋さんに入って、紫色のワンピースを買おうとして、店員の男の人に話しかけたその時。

「うわあああ!」

男の人が悲鳴を上げた瞬間、皆が私を一斉に見て、影が来たぞ!とか、戦士を呼べ!とか、変なことを言われてしまって、お店はもぬけの殻になった。

戦士を呼ばれ、お母さん・お父さんと一緒に話をすることになった。お母さんは泣いていて、お父さんは激怒していた。先生もやってきて、戦士に事情を話すと、すぐに家に帰れたので、よかった。

訳が分からなかったけれど、私の髪と瞳が、皆を怖がらせているのだ……ということだけは察して、私は引きこもるようになった。

「姉ちゃん……。この髪染めはどうかな」

理容師をやっている弟が、毎日のように色々な染料を持って、私の部屋にやってきた。

「いらない……。全部効かないもん」

「こいつは結構評判が良いんだ。……一度、試してみてくれよ」

「……髪は良いとして、瞳は?瞳はどうするっていうの」

「そいつは……どうしようか」

「……出て行って」

「姉ちゃん……元気出して。頼むよ」

「出て行って!」

弟は染料を置いて、出て行った。彼の泣きそうな顔を見た時、私は机に顔を伏せて、涙を流した。ごめんね、ごめんね……と誰に言うでもない言葉を漏らし続けた。

あの子も家によくやってきた。

「ヘレーネちゃん……あなたは、どうして、その頭と目で外に出られるの?」

「……私も辛いよ。この前は卵を投げつけられたし……。最近、悪意がある人は何となくわかるようになってきて。そういう人からは避けて、図書館に行くようにしているよ」

「ひどい……。今日も図書館に行ってたの?」

「うん。……お姉ちゃんが教えてくれた物語を、全部書き写していた」

「怖くないの?手もボロボロじゃない……」

「図書館は優しい人が多いし、そもそも人より本に興味がある人ばかりだから、大丈夫だよ。心配かけてごめんね。……私が勝手にやってるだけだから、気にしないで」

「……あ、そういえば、ちょっと気になったことがあって、教えてくれる?」

「どうしたの?」

「うちにあった本を暇つぶしに読んだら、厳しい女学校で修行する女の子の話が出てきてさ。まるで、私そっくりだなって思ったの。やってた勉強とか、ダンスとか、礼拝のセリフも、私が覚えているのとまったく同じ。どうしてかしらね」

その時、あの子の顔色が変わった。何か、変なことを聞いちゃったかな。

「……シンクロニシティってやつかな。偶然の一致というか、そういうものが、きっと……」

こんな調子で日々を過ごしていたので、髪と目の色が、小さいころの私の肖像画そっくりになった時は、本当に嬉しかった。街を堂々と歩けるのが嬉しくて、走りさえしてしまったら、転んで服を汚してしまった。

お母さんに叱られるかな……と思ったけれど、とても優しい様子で、その服を洗ってくれると、元通りピカピカになって戻ってきた。

その晩は、お祝いでケーキまで出てきて、本当においしかった。

ああ、これが幸せってやつなんだな……と思ったけれど、引っかかるものが2つあった。

1つはあの子のことだ。栗色の髪と黒い目を見せた時、あの子は本当に喜んでくれたけど、本人は全く色が変わらない。何だか、申し訳ないね、とリリィと良く話していた。

もう1つは、お母さんに直接聞いた。

「どうして、服を汚したのに、叱らなかったの……?」

「あなたが元気になってくれたからよ」

「服は完璧に清潔にしないとダメなんじゃないの」

「子供の服は汚れるものよ」

「顔はもう、覆わなくていいのかしら。帽子ももう、要らない?」

「アリス……?」

「私の色なんて、この世に……」

そう言いかけた瞬間、お母さんは私の口を手でふさいだ。

息が出来なくなって、私は我に返った。何を口走っていたんだろう……とゾッとした。

でも、これだけは言わせてほしい。全体としては、間違いなく幸せだったと。


18歳。

村にいたという幼馴染たちの多くは、もう家を出て旦那さんと過ごすか、婚約者がいる、という歳ごろらしい。

一方で私はどうだろうか。

女学校に10年近く居たことを、言い訳にも出来る。男の人がいなかったのなら仕方がない。けれど、私より若い、あの子にも彼氏がいるというのはどういうことなのだろうか。どこで知り合ったの?

直接あの子に聞いてみたが、顔を赤くして、あまりちゃんと教えてくれなかった。普段冷静なくせに、こういう話になると急にウブになるんだから。

お母さんにも相談してみたら、色々と親身になってくれて、村にある相談所や、パーティの情報をかき集めてきた。……うん、それはありがたいのだけど、何だか、私より必死な感じなので、誰のための行動だろう、と思っちゃった。

「焦らなくても良いんじゃないか?ゆっくり、自分のペースで探していけばいいじゃないか」

というのはお父さんと弟の意見だった。

「でも、私……、妹……いや、ヘレーネちゃんの話を聞いていて思ったんだ。素敵な男の人に愛されて、家庭を築いていくって良いなって」

「酒場に居る、ディビーさんの事かな?姉ちゃんがどういう男を求めているかによるけど……どんなのがタイプなの?」

「うーん……。そういわれると、実はあんまりピンと来てなくて」

「ディビーさんは確かにカッコいいけれど、すでに彼女持ちだもんね。……フレッドさんは?」

「あの人は優しそうだけど、ちょっと、落ち着きがない感じが……」

「……まあ、そう言うと思ったよ。じゃあ、まずは異性慣れすると良いかもね。男がどんな女性に惹かれるのかとか、話題の作り方とかさ」

こうして、弟の提案で私は「パーティ」に行くことになった。

私は当日、気合いを入れてコーディネートしたが、どうも弟からの受けは良くなかった。

「姉ちゃん、全身紫色だけど……本当にそれで行くの?」

「うん。……気持ちが引き締まるなって思って」

「せめて、帽子とワンピースの色は変えていこうよ……」

「ほかに服がないのよね」

クローゼットから服を探したが、どれもこれも紫色だということに気が付いた。弟はなぜか引きつった顔をしていた。確かに自分でもびっくりしたけど、そこまで引く?大げさなんだから。

「母さんにもアドバイス、もらわない……?」

「……お母さんは心配性だから、あまり相談したくないかな。……今日は服がないので、これで行かせてよ」

「姉ちゃん……後悔しないでね」

遠くの外出は家族と一緒に行くように先生に言われていたので、私は弟と共に会場まで行った。

会場は男女が各々の色で着飾っていて、まるで、花畑のようだった。

これなら溶け込めるな、って思って、同い年位の人たちに話しかけに行ってみた。

皆、驚いた表情を浮かべていた。クローゼットを開けた時の、弟の目を思い出した。

男の人からはこう言われた。

「随分……攻めたファッションですね」

それ、褒めていないよね?

「その帽子、取ってみてください。……すごい綺麗な髪じゃないですか。ない方が良いですよ」

ないと落ち着かないんだよね。

女の子からはこうも言われた。

「ちょっと、その服、怖いです……。あの事件をご存じなく?」

あの事件って?聞いてみたけれど、その子は怯えたような顔をして、私から逃げるように立ち去ってしまった。

弟に教えてもらった通り、趣味とか子どもの頃の話とか、そういうものは少し話せたけど、次に誰かと会う約束だとか、そういうことは出来なかった。

「いやあ、上出来だよ。あの場に飛び込めるだけでも……」

帰り道に、弟はそう言って慰めてくれたけれど、これじゃあ、先が思いやられるなあと感じた。

やっぱり、アドバイスをもらうなら同性のほうが良いかも、と思って、あの子やリリィにも状況は話したりした。

そんな中で、あの子から、一つ興味深いものを教えてもらったので、行ってみることにした。


それは、村の一角にある一軒家だった。私が子供の頃からあるらしく、確かにその建物の前を通った覚えもあるけど、どんな家なのかは知らなかった。

ドアをノックすると、虎柄のローブを身に着けた、ちょっと気が強そうなおばさんが出てきた。多分、50歳くらいだろうか。

「私がアイビーや。あんたが、紹介のアリスちゃん?」

「ああ、はい……そうです」

はきはきとした声に圧倒されつつも、応接間に通されると、ソファに座った。アイビーさんはハーブティーを出してきた。一口それをすすると、意外なほどに優しい香りが、私の心をほぐした。もっとドギツいのを想像していたのだけど。

「何が問題やねん?」

「……いつか、素敵な男の人を見つけて、一緒に生きていきたいんですけど……、上手く行かない気がしてるんです」

アイビーさんは私の顔をじっと見つつ言った。

「あんたもお年頃やから、憧れるわな。上手く行かへんというのはどんな(とこ)や?」

「……その、ずっと女学校にいたせいかもしれませんが……男性とどうやったら仲良く出来るかってことがわからないんです」

「私が見ている子たちも、女学校におったようなこいさんは仰山おるけど、ええ人と結ばれとるで」

「こいさんって……?」

「ああ、お嬢さんのこっちゃ」

そう聞いて私はホッとしたが、そんな私を制するように、アイビーさんは続けて言った。

「ただ、本人も努力せなあかん。見た目がめっちゃ地味やったり、えげつない人見知りやったり、アホみたいに我が儘やったり……そんな面があるんやったら、直さなあかん。……ちなみに、どんな学校(とこ)やったん?」

「あまり覚えていないんですけど……、凄く厳しかったと思います。一日中缶詰にされて、勉強とかダンスとかさせられてました」

「そら、無理もないわな。その真面目さを、逆に武器にしていけばええと思うわ。……覚えてへんって何やねん?」

「学校に居た時、病気をして、そのせいで記憶が曖昧になっているらしいです」

アイビーさんの表情が変わった。厳しそうな顔がすこし緩んだ。

「まあ、それは難儀なことや……」

「……でも、だいぶ良くなっていて、今日は一人でここに来たんです。今まで、家族が付き添わないと駄目だったんですけど」

「そう。……お付き合いする男の子には、そのことはどこかで話した方がええかもわからへんな。特に、結婚を考えるとなれば……」

私はゴクリ、と唾を飲んでいた。渇いた喉をハーブティーで潤すと、少しだけ気持ちが落ち着いた。

「……あ、打ち明けるタイミングは考えなあかんで。初対面とかだと、えらいこっちゃ!って、男の子もビビッてまう。相談乗るから、おばちゃんを頼ってな」

「……ありがとうございます」

「で、あんた、別嬪さんやし、スタイルがめっちゃええから、ちゃんと光る原石の筈や。そういう子ほど磨き甲斐があるねん」

アイビーさんは私の足元から、頭まで見てからこういった。

「まずは、服のセンスやな……全身紫は、ちょっとやめたほうがええわ」

「……やっぱり、変えた方が良いですか」

「それで男の子から引かれたんならな」

私は、紫色のドレスの裾を、ギュッと握りしめて言った。

「服を選ぼうとすると、どうしても同じようなものばかりになってしまって……」

「じゃあ、今度、一緒に買い物行こか」

「あ……ありがとう……ございます」

「おばちゃんと行くの、あかんか?」

ふふふ、とアイビーさんは笑いながら言った。

「い、いえ、そういうことじゃなく……むしろ、お母さんや友達はかえって頼りにくいから、助かります」

「じゃあ、決まりやな。贔屓にしているお店があるから、そこで集合や」

帰り際に、改めてこんなことを言われた。

「せや……私の仕事仲間も、あんたと同じように紫色の服の子が来はったって、ちょっと話題になってたわ」

「そうなんですね。……そんな服が、流行っているのでしょうか」

「その子も、アリスちゃんと同じく、厳しい学校で育ったようやけど。……何より、悩みは瞳が光る金色だったってことや。そのせいで男の子をビビらせてまうそうやから、どうにかせなって意気込んでたわ。……どないしたん?」

思わず、両目を手で覆っていた。アイビーさんの声に応えるように、恐る恐るその手をずらしていった。

「……アイビーさん、もう、大丈夫ですよね」

「アリスちゃん……?」

「……手鏡を持ってきてください」

アイビーさんから手渡され、私は震える手で、ゆっくりと、自分の姿を覗き込んだ。

栗色の髪と、黒色の瞳。

良かった。私の目はお父さん譲りの、あの色になっている。

その瞬間に、かすかに声が聞こえた。

(……あなたたちの色など……)

「……いや、必要なはず……」

「何や?」

私は、慌てて手鏡をアイビーさんに返した。

「……アイビーさん、ありがとうございます。……では、また今度お願いします」

家に帰って、声が聞こえたことは伏せつつ、出来事を皆に話した。どうも気分が落ちているように見えたようなので、心配された。容姿を褒められたのは事実だったので、そこは強めに言っておいた。

家族は皆優しい。でも、アイビーさんの話や、パーティでの受け止められ方を考えると、何かを隠しているのかもしれない。そう思うと寝つきが悪かった。


あの子にお礼を言いたくなって、次の日、私は図書館へ足を運んだ。

案の定、薄暗い部屋の一角で、一心不乱に書き物をしていた彼女がいた。

「ああ、お姉ちゃん……」

あの子は眼鏡をかけ始めていた。

「……ちょっとやりすぎなんじゃないの?目も悪くして……」

「……ごめんなさい。心配かけてばかりで……。そうだね、ちょっとは休まないと……」

あの子は小さい体で、目いっぱい伸びをした。なんて細い腕だろう。私は思わず、自分の腕と比べてしまった。

入院していたころより、確実に肉付きが良くなってきた。そういえば、昨日の晩御飯では、牛肉のステーキを全部食べられたので、お父さんとお母さんから驚かれた。弟は彼女とご飯に行っていたので、見せられなかったけど。

それなのに、この子は、助け出された時からずっと、足踏みをしているのではないだろうか。底なし沼から出られずに、もがいているのでは。どうやったら、引き上げられるだろう……。

私は思わず、あの子の傷だらけの手を握りながら言った。

「……紹介、ありがとうね。アイビーさん、最初はちょっと怖いなって思ってたけど、話すと優しかった」

「それは良かった。……実は、ディビーさんが教えてくれたところで、私は行ったことが無いんだよね」

「彼も、顔が広いわねえ」

「うん。なんかお店で恋愛相談を受けることが多いそうだけど、ディビーさんは苦手なんだよね。どうしようか悩んでるときに、お客さんに教えてもらったんだって。……アイビーさんも依頼が増えたって感謝してて、前お店に来てたみたいだよ」

「やっぱり、デキる男の人って……カッコいいね」

「そうだね……。私、剣士の時のディビーさんももちろん好きだけど、今の穏やかな彼はもっと好きかな」

「……そういう男の人って、アイビーさんに聞けば紹介してくれるかな」

「そうなんじゃない?お姉ちゃんも優しいから、きっと良い人見つかると思うよ」

あの子の内面からも、声が聞こえてきた。

(お姉ちゃん、頑張って!)

あまりにも純粋な声に、目が滲む。入院中、喋れなかった私を救ったのは、まさにこの子の『声』だった。

あの子は肩を回しながら言った。

「お姉ちゃんのおかげで、リフレッシュできたよ。……今日は早めに帰って、お父さんとお母さんへ、お料理でもやろうかな」

「……ヘレーネちゃん」

「何?」

「私は……紫色じゃない服も、似合うのかな」

「え?……そうだね、私は服は詳しくないけれど……お姉ちゃんはスタイルも良いし、顔も綺麗だから、大体なんでも似合うんじゃないかな?今の服も良いと思うけどね。ラベンダー色のワンピースも……」

「何だか、怖いの。……『紫じゃないと、怒られる』んじゃないかって気がして」

あの子の顔が、にわかに険しくなった。それを見て、私は言ってしまう。

「私に……隠し事をしていないよね?」

あの子は俯いてしまった。それが答えだと思ってしまった。

「……ごめんね。ごゆっくり、家族と料理を楽しんでね」

私はあの子に背中を向け、二度と振り返らずに、図書館を後にした。


アイビーさんと約束したお店は、高級店というものではなく、若い人から中年くらいの人が買い求めるような、庶民的なところだった。

「若い子は、あまりゴテゴテしすぎずに、2色くらいの色でコーディネートするとええ」

「2色も……」

「今は夏に入りたてやから、ちょっと淡い色が合うと思うで。水色とか、薄い緑とか……。好きなものを選びや」

フラフラと、私は陳列されていた服を手に取る。薄くて、手触りが軽いシャツだった。服って、こんなに軽くて良いんだっけ。

選んだのは黄色っぽいブラウスだった。

「可愛いやんか!」

笑顔のアイビーさんにそう言われると、何だかそんな気もしてきた。

「ボトムスはどうするねん?」

「え……ボトムス?何ですか、それ……」

「スカートやパンツの事や。アリスちゃんは足が長いから、スキニーなものも似合(にお)うかも……」

呆然としていると、アイビーさんは白いパンツを持ってきた。

「さあ、これを着てみて!」

アイビーさんに勢いのまま渡されて、私はお店の奥へ連れていかれた。

着慣れていた、紫色のドレスをはぎ取って、私は、アイビーさんの選んだ服に袖を通す。

とても軽い服のはずなのに、何だか、鎧のような存在感があった。

いったん着込むと、ふわっとした感覚が体を包み、生まれ変わったようで、ドキドキした。

着替えた私は、待っていたアイビーさんに声を掛ける。

「やっぱり……すごく似合(にお)てるわ!可愛い!」

「そ、そうですか……」

「鏡を見てみいや」

アイビーさんに手を引かれて、姿見の前に通される。思わず、目を瞑ってしまった。

ああ、怖いなあ……。

勇気を出して、目を開けたその時だった。

明るく、快活そうな女性の姿があったのだ。

「これが……私?」

「そうや。間違いなく、アリスちゃんや」

「綺麗……」

私の中で、何かが溶けていく音が聞こえた。そして、ポロりと涙が零れてしまった。

近くにいた店員さんに驚かれてしまったけれど、そんな私を、アイビーさんは優しく抱き、ハンカチで涙を拭いてくれた。

「うわあああん!」

子供のように泣いてしまった。迷惑だろうな、と思ったけれど、止まらなかった。

泣き止んだ後、私は、服を何種類か選んだ。アイビーさんのアドバイスもほどほどに、自分の思うままに。

一通り服をそろえた後、お金がすこし余ったので、他に何か買えるかな?と思って、小物コーナーへ行った。

そこにあったのは、スカーフと色のついたレンズの眼鏡。

あることを思いつき、私は改めて、まだ使えるお小遣いの額を計算した。

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