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第3話:石に花咲く

例の店主から、面白い奴を紹介してもらった。

ヘレーネというその女の子は、アリスと親しくやっているらしい。

水色の髪と、金色の瞳だったので、一瞬ぎょっとした。最初は染めたりしているのか、と思ったが、毛先から根元まで青く、目の光も本物なんだと気づくと、何も言えなかった。

「お姉ちゃんは、ロータスさんのことも大切に想っているから……ぜひ仲良くしてあげてください」

初対面で、いきなりこんなことを言われたから、俺は驚いた。

「いや、俺、何も言ってないけど。兄さん……ディビーが、何か吹き込んだのかい?」

「違いますけど……私にはわかるんです」

店主は自慢げに言った。

「ヘレーネはすげえんだぞ。……ロータス、試しに彼女とジャンケンしてみろ。……ヘレーネ、手加減するなよ」

女の子は、やれやれ、という顔をしていた。

俺が彼女とジャンケンをすると、確かに全部負けてしまった。20回くらいはやったと思うが、全てだ。

「目が良いのかい?手が変わる、一瞬を見極められるとか」

「いいえ。最近、目が悪くなってしまって」

彼女は懐から、色のついたレンズの眼鏡を取り出した。

「知らない人の前に出る時は、これを掛けてます。私の目に驚かれることもないし、私も周りが見えにくい分、人の顔を見ずに済むので」

「……大変、だね」

店主が鼻を鳴らしながら言った。

「ロータス、こいつのすごさが分かっただろ?」

「……まあ、ちょっとだけな」

変わった子だと思ったけれど、何か才能があって、はったりを抜かすような奴でもない、というのは、何となくわかった。

「アイビーさんは一般的な恋愛相談。アリスについて言えば、ヘレーネが最強のカウンセラーになると思う。どんどん頼ってくれ」

店主がそう言うと、ヘレーネは微笑みながら俺を見た。

こんな子に、俺の気持ちなど理解できるのだろうか。半信半疑だったけれど、もし困ったことがあったら、一度話はしてみようと思った。


アリスと何度か会う中で、少し気になることが出始めた。

それは、俺の好意を妨げるものではない。単純に、見ていて心配になる、というものだ。

彼女は俺と違ってお洒落だった。まあ、女性はたいていそうなのだろうが。会うたびに色々な服でやって来るので、どんな感じなのかちょっと楽しみだったりもした。俺も新しい服を色々着ないと何か言われるかな、って思ったけれど、それについては特に口出ししてこなかったので、胸をなでおろした。

浪費癖があったら困りものだが、友人に金持ちの子がいるらしく、その子から服を借りているらしいから、そういう意味でも安心してみていられた。

パステルカラーというか、明るい色が彼女の好みで、特に黄色と緑色が好きだったようで大抵の服装にはその色が混ざりこんでいた。

ところが、ある日のデート、彼女は黒一色のドレスで現れたので驚いた。髪もストレートで流しているのではなく、お団子に纏めてやってきて、まるでバレリーナか、使用人のようだった。

その日は表情も何となく暗かった。というより、何か難しい顔をし、上の空だという印象を受けた。

服装に口出しするものじゃないと思いつつ、その日はつい言ってしまった。

「……それ、アリスの好みなのか?」

「わからない。……でも、今日はこうしたくて」

「そうか。……表情硬いから、心配になってさ」

「……この前、アルバイト先で言われたの。……淑女(レディ)になりなさいって」

「バイト?何始めたんだ?」

彼女は目を背けつつ言った。

「ウェートレスよ」

「へえ、仕事始めたのか。会う日取りも考えないとだな。……どこの店で?」

「隣町で。馬車に乗っていくの」

「馬車?持ってないだろ?店が出してくれるのか?」

アリスは急に俺に向き合って言い出した。

「この話、止めない?」

「あ、ああ。……淑女(レディ)っていうのも気になるけどな……格の高い店に就職したならともかく、バイトだろ?中々厳しそうだし、……」

「ねえ、お願い」

その眼には、何かこう、悲痛な叫びが込められている気がした。

「ご、ごめん。……いや、きっかけとか気になっちゃうからさ。良かったら、今度また、話聞かせてくれよ」

「……うん。こちらこそ、ごめんね」

それから気になっていたのは、彼女のいた女学校とやらだった。

本人やアイビーに訊いても何となくはぐらかされるので、ダメもとでヘレーネと話したら、意外な答えが返ってきた。

「私も、お姉ちゃんと同じ学校にいたんです。……そして私たちは、血のつながった姉妹ではない」

「あ、実際のきょうだいじゃないのは、何となく察してたよ。顔が全然違うからさ。俺もディビーのことを兄さんって言ってるし、同じようなノリかな。……どんな学校だったんだ」

「あれはもう、学校などではない。『静かな牢獄』でした。……表現が拙いですが」

彼女の声は震えていた。ストレートすぎる言葉に、かえって驚かされた。

「牢獄……?缶詰にされてたってのは聞いているけれど」

彼女の顔が青ざめ、息が荒くなるのが分かった。

「……私も、思い出したくないのですが……もしご興味があるなら、見せてあげます。私の目を見ていただければ」

「は、はあ」

「辛くなったら、すぐに私から目を逸らして」

あの子の言葉通り、俺はその黄色い瞳を見つめた。不思議な子だと常々思っていたけれど、今度は何をしようとしているのか。

……?

何かが心に浮かんでくる。それは灰色の、色褪せた光景だった。

女性と男性の泣き顔。

背が高く、帽子と覆面、ローブで全身を覆った、謎めいた女性の姿。

その女性と同じ姿をした何者かの集団。

その集団に睨みつけられ、怒鳴られ、全身が縮み上がる恐怖。

女の子を連れ去り、人々を殺め、自らの手を、顔を、返り血で染めていく。

気分が悪くなり、俺は彼女から目を背けた。にわかに、映像が途絶えた。

「なんだ、今のは……?」

「そういうことです」

それ以上は、彼女は何も語らなかった。

「……何があったかは、細かいところまでは、恐ろしくて想像は出来ないけれど。……あまりに辛い出来事だったから、彼女の中で、記憶が曖昧になっているのか?」

「……概ね、その認識で合っています」

「概ね?」

「……私は専門家ではないので、何とも言えませんが……少なくとも、お姉ちゃんが過去を語らないのは、躊躇しているのではなく、本当に記憶がぼやけているから」

「そうか。……まさか、誰かを傷つけたりしたとか……」

痛いところを突かれたようで、ヘレーネは俯いてしまった。ちょっと言い方がガサツすぎたか。

「……そうだ、良かったら教えてほしい。……結局、アリスは俺のことをどう思ってるんだ?……アイビーは印象良いって言ってくれてるけど」

ヘレーネの目に光が戻り、俺に告げた。

「もっと一緒にいたいと思っているし、男性として尊敬しているのは間違いないです。……ロータスさんも、そうなのでしょう?」

「そうだな。……何というか、無理をせず、スラスラっと気持ちとか話せるのが良い。彼女も心地よく思ってくれてるなら、嬉しいぜ。まあ、すげえドキドキするかって言われると難しいけど。……悪いな。ボヤっとした言い回しで。俺も、正直初めての気分なんだよ」

16歳の頃の彼女と、パンジーの顔を浮かべながら、俺は言った。

ヘレーネは、にこりと笑って答えた。

「良かった。……どうぞ、お姉ちゃんを大切にしてください。……最近、『声』が濁っていて、気になってるんです」

「声?」

「……お姉ちゃんが、元気がないってことです」

えらく変わった言い回しだ。この子は耳が良いのだろうか。

「やっぱり、元気がないよな。……そう、この前会った時、アリスの様子がおかしくてさ。アルバイト先で、結構しごかれてるらしい」

ヘレーネの眉間に、しわが刻まれた。

「……アルバイト、ですか」

「ああ。そう言ってたぜ」

「嘘だ。しばらく、働くのは止められているはずなのに……」

「それって、医者とかに?」

「はい。……お姉ちゃん、どうして」

ヘレーネは、何かを思い出すように、ぎゅっと目を瞑った。

しばらくたった後、ふう、と息をついて、瞼を開けた。

「……ダメだ。何も、聞こえない。『静か』すぎる……」

俺は黙ってその様子を見ていた。声だ何だと言っていたが、まさか、この子は。

「……学のない俺には、君のやるような、難しいことは分からないが、彼女の様子は見ておくよ。ヤバそうなことが起こったら、相談する」

「お願いします。……どうも、お姉ちゃんは、私たちを避けているようでもあるので……」

俺は、出来ることをやろうと思って、アリスに、何か服を買おうと決めた。姉貴に手紙を書き、おススメの服の選び方を相談することにした。

書いている途中に、ふと思った。

……もし、だ。

もし、あの子の見せてきた光景が、本当に、アリスの身に起こった出来事なのだとしたら。

一度でも、その手を赤く濡らしたことが、彼女にあるのだとしたら。

もはや服とか、俺がそばにいるとか、そんなことでは癒えない傷を負っているんじゃないだろうか。……あくまで、あれはイメージというか、何かの比喩なのだろう。そうだ、そうに違いない。

そうなんだ、そうなんだ。自分に言い聞かせつつ、俺はペンを走らせていた。


姉貴から返事が来たので、それを元に服装を考えようとしたが、彼女の好みもちゃんと聞こうと思って、しばらく何を買おうかは検討しておくことにした。

ある日のデート、彼女と昼飯を食べようという話になって、ある店で待ち合わせをした。

ところが、時間になっても彼女は現れない。あまり遅刻をする子ではないので、珍しいと思った。

30分ほど待ったが、来る気配がないので、俺は彼女の家まで向かうことにした。会話の中で、大体の住所は知っていて、今日の店は彼女の家から近かったから丁度良かったのだ。

訊いていた住所までやってきた。ドアをノックすると、中年の男が出てきた。

「誰だ、君は」

寝不足のようだ。何となく殺気立っているが、アリスの父親だろうか。

俺が経緯を話すと、男は豹変し、聞きなれない名前を出してきた。

「お前がアコウか!出て行きなさい!……2度と、娘に顔を見せるな!」

いや、誰だよそれ。俺は自分の名前を名乗って、アリスがどうしているか訊いた。

「……娘は体調が悪くて寝込んでいる。悪いけれど、日を改めてほしい。……何かあったら、父親の私の方に」

「あ、ああ。わかりました。……お大事にと伝えてください。また、手紙を出します」

その時、ドタドタと家から駆けるような音がしてきた。

「ロータスさん!」

アリスだった。……寝間着で、頭もぐちゃぐちゃ、すっぴん。……やはり、風邪でも引いていたのだろうか?

話したいことがあるとのことだった。

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