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第10話:泥中の蓮

傷だらけになって、俺は馬車に揺られていた。

アコウの野郎にボコボコにされて、万事休すの所を兄さんとフレッドに助け出され、今は泣きっ面のアリスの視線を浴びている。

俺は、約束を1つでも守れたのだろうか。

戦って何かを掴め。お前には指一本触れさせない。……ことごとく、大切な契りを俺は破ってしまっているのだ。

その証拠に、彼女の顔は、涙で濡れ続けている。

「ロータス……私は、空っぽなのかしら。……私の思っていること、感じていることは、ヘレーネちゃんから与えられたものなんだって……」

そんなことはない!と否定したかったが、俺の口の中は傷だらけで、激しく沁みたので声は出せなかった。

「無理に、話さないで!……ごめんね、弱い女で……」

アリスは俺に縋りついてくる。……ああ、俺の方こそ弱い男なんだ。

ううう、と俺はうめき声をあげた。その様子を聞きつけ、フレッドがやって来る。

「おい、ロータス!しっかりしろ……俺がわかるか?」

俺は黙って頷いた。

「ああ、良かった。意識はあるんだな。……レジスタンスの伝手でもらってる、特製の痛み止めがあるから、分けておくよ。……注射タイプもあるから、もし口の中が痛かったらそれで何とかするからさ」

フレッドが小瓶と注射器を差し出すと、俺は、小瓶タイプの方を指さした。

それを一口飲みこむと、たちまち感覚が鈍くなり、俺は深い眠りに誘われた。

夢を見た。……見知らぬ男がいた。けれどどこか懐かしい顔だ。

俺は、その男に握手を交わしていた。

「良くやった」

その手触りと声は、馴染みがあった。

何がだよ、と声を出そうとした瞬間、その男は言った。

「俺が、お前に伝えたかったことは……勝敗そのものに拘れ、ということではない。……戦いの内容と、それで得られたものに重きを置いてほしかった。お前は確かに、あの大男に戦闘では敗れた。……だが、お前の目的は達成できた。引きで見た際の、お前が戦いに行った目的だ。……もう、お前は(いちにんまえ)になった」

いや、そもそもあんた誰なんだよ……と思った次の瞬間だった。

「ロータス。お前は、俺を、父を超えろ。……彼女のため、将来の我が子のためにも、長生きし続けるんだ」

男はふっと立ち去ってしまった。

「父さん!」

俺は手を伸ばそうとしたが、男には追い付かなかった。

そんな俺を引き留める手があった。振り返ると、そこにはアリスと、小さい子供がいた。

……そうか。俺は、まだこの世でやることが……。

そう決意した瞬間、俺は目が覚めた。

病院のベッドだった。全身が包帯でぐるぐる巻きだ。

そして俺にもたれるように、アリスが突っ伏して眠っていた。体に何もかけずに、そのままだった。

目の前のソファに、ブランケットがあった。

俺はゆっくりとベッドから降りた。

「いででで……」

ふらつく体と、全身を走る激しい痛みに耐えながら、俺はブランケットを取り、アリスに被らせた。

しかめていた寝顔から涙が溢れたが、どこか穏やかになった。俺は手でその涙を拭い、その顔を見つめ続けた。

(もう、無駄な涙は、流させない……)

痛みという沼でもがきながら、俺ははっきりと決意を固めていたのだった。

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