第64話 彼女の好感度
冬が近づいていた。
シルヴァーノ湖に初雪が降り、庭園の薔薇は冬支度を終え、暖炉の火が日常になった。
あの嵐から——もう半年。
リゼットとの関係は、日々少しずつ深まっている。劇的な変化ではなく、毎日の些細な積み重ね。
朝の「おはよう」が少しだけ柔らかくなり。レイクミントティーの温度が、俺の好みに合わせて調整され。執務中に手が触れても、もう引かなくなった。
今日は——特別な日だ。
リゼットの誕生日。
冬至のこの日に、リゼットは生まれた。
プレゼントを用意した。ブレンナーに相談し、セラフィーナに助言をもらい、フィーネに背中を押された。
銀の栞。シルヴァーノ湖をかたどったデザインに、小さな紫水晶が埋め込まれている。リゼットが読書好きであることは——好感度の数字ではなく、隣で見ていたからわかる。
夜。暖炉の前で。
「リゼット。誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます。覚えていてくれたのですね」
「忘れるわけないだろ」
小箱を差し出した。リゼットが開ける。
「……栞」
「湖のデザインにしてもらった。紫水晶は——リゼットの目の色」
リゼットが栞を手に取った。暖炉の光が紫水晶に反射して、小さな虹を作った。
「……綺麗」
「気に入ってくれた?」
「ええ。とても」
リゼットが――栞を胸に当てた。大切そうに。
「レン」
「うん」
「あなたに——聞きたいことがあります」
「何?」
「私の好感度——今、見えますか?」
この質問。思いを確かめ合ったあの日にも聞かれた。答えは同じだ。
「見てないよ」
「見ようと思えば——見えますか?」
「……見えるかもしれない。第四段階で、ONにすれば」
「なら——見てほしいのです」
「え?」
リゼットの紫の瞳が、まっすぐに俺を見つめていた。
「今日だけ。私の好感度を——見てください」
「それは——」
「お願いです。一度だけ。見て——確かめてほしいのです。私の気持ちが——数字で、どう映るのかを」
リゼットの目は——真剣だった。
「……わかった」
覚悟を決めた。
《心鏡の瞳》——「見る」。
銀の瞳に意識を集中する。リゼットの頭上に——数字が。
第三段階で消えて以来、初めて。
数字が——浮かび上がった。
最初はぼんやりとした光。それが徐々に焦点を結び——文字が形成されていく。
見えた。
【∞】
——無限大。
100でも200でもない。数値ではない記号。∞。
見たことのない表示。
好感度は通常、-100から+100の範囲で数値化される。だが——リゼットの好感度は、範囲を超えていた。数値では表現できないほどの感情が——∞という記号になっていた。
「…………」
「何が見えましたか」
「…………」
声が出なかった。
∞。無限大。
この人は——俺のことを、数字で表現できないほど——
「レン? どうしたのですか。そんな顔をして——泣いて——」
「泣いてない」
「泣いています」
「泣いて——ない——」
嘘だ。泣いている。涙が止まらない。
∞。
それは——前世の俺が夢見た「好きと確信できる数字」を、遥かに超えた答えだった。
「リゼット」
「はい」
「君の好感度——見えた」
「いくつでしたか」
「教えない」
「え——」
「教えない。でも——俺は一生、君の隣にいる。それだけは、確定した」
リゼットが——笑った。涙を浮かべて。
「……馬鹿」
「知ってる」
「大馬鹿」
「知ってる」
リゼットの手が、俺の手を取った。指と指が絡まる。
「誕生日の——最高のプレゼントです。栞よりも」
「栞よりも?」
「ええ。あなたの泣き顔が——最高のプレゼント」
「ひどい」
暖炉の火が、二人を照らしていた。
好感度——「見ない」に戻した。もう十分だ。
∞。
その数字を——一生、心にしまっておく。




