第63話 前世への手紙
夜。自室の机に向かい——手紙を書いている。
宛先のない手紙。前世の自分への手紙。
もちろん届くはずがない。だが——書かずにはいられなかった。
前世の俺へ。
元気ですか。——元気じゃないよな。28歳で過労死したんだから。
俺は今、異世界にいます。信じられないだろうけど、転生した。
中世ヨーロッパみたいな世界で、貴族の次男として。
それで——ここではちょっと変わった能力を持ってる。
人の頭の上に「好感度」の数字が見えるんだ。
お前がずっと欲しかったものだ。
覚えてるか? 会社で、上司の顔色をうかがって。
同僚が裏で何を言っているのかわからなくて。
好きだった人と、結局気持ちがすれ違って。
「数字で人の気持ちがわかれば、もっと楽なのに」——死ぬ間際に、そう思った。
答えを教えるよ。
数字は手に入った。
でも——楽にはならなかった。
数字があっても、人の気持ちはわからなかった。
数字は態度と意識の掛け算で、感情の全てじゃなかった。
笑いながらマイナスの人がいた。怒りながらプラスの人がいた。
+85は計算された好意で、-50は信頼の裏返しだった。
数字に振り回されて、数字を疑って、数字を手放して——
やっとわかったんだ。
人の気持ちは、数字じゃわからない。
でも——数字がなくても、わかる方法がある。
目を見ること。
声を聞くこと。
手を取ること。
隣にいること。
信じること。
お前が一番苦手だったこと全部だ。
俺も苦手だった。今でも完璧にはできない。
でも——やれば、伝わる。
好きな人がいるんだ。
最初は好感度-50だった氷みたいな女の子。
今は——数字は見てない。見なくても、好きだってわかるから。
友達もできた。
告白してくれて、フラれても味方でいてくれる子。
感情を失って、取り戻した子。
敵だったけど、変わった男。
全員——好感度の数字じゃなくて、一緒に過ごした時間で繋がった。
だから——安心してくれ。
お前の人生は28年で終わったけど。
お前が最後に願ったことは——叶った。
叶った上で、もっと大事な答えにたどり着いた。
お前の人生は——無駄じゃなかった。
ありがとう。前世の俺。
——レン・アシュフォード
書き終えて——手紙を折り、封筒に入れた。
宛先は書かない。届かなくていい。
封筒を引き出しにしまおうとした時——
「レン?」
扉の向こうからリゼットの声がした。
「まだ起きていますか?」
「起きてるよ。入って」
リゼットが入ってきた。薄い寝間着姿。髪を下ろしている。
「……何を書いていたのですか」
「手紙。——昔の自分への」
「昔の自分?」
「うん。長くなるから——今度話すよ。全部」
リゼットは問い詰めなかった。ただ——隣に座った。
「……おやすみなさい」
「おやすみ、リゼット」
リゼットが部屋を出る前に——振り返った。
「レン」
「うん」
「あなたの過去を——いつか、全部聞かせてください。急がなくていいので」
「ああ。約束する」
扉が閉まった。
好感度は見えない。
でも——あの「約束する」に対する微笑みが、十分な答えだった。




