第57話 湖畔の約束
午後。
シルヴァーノ湖の南岸。二人きり。
フィーネは「護衛は遠くから見てるから。邪魔しないよ」と言って、湖畔の木の下で昼寝をしている。ありがたい。
湖面が秋の日差しに銀色に光っている。風が穏やかで、波紋が緩やかに広がっていく。
リゼットが湖を見つめていた。髪が風になびく。
「……ここは、母が好きだった場所です」
「お母さん——」
「幼い頃、よく連れてきてもらいました。母は湖を見るのが好きで——『湖は、見る人によって色が変わるのよ』と言っていました」
「見る人によって?」
「ええ。悲しい時は灰色に見える。嬉しい時は銀に見える。怒っている時は黒に見える。——母は、そう教えてくれました。同じ湖なのに、見る人の心で色が変わる」
「……すごくいい話だな。好感度みたいだ」
「好感度?」
「同じ人間でも、見る側の心の状態で数字が変わる。好感度は見られる側の態度と意識で決まるけど——見る側の心理状態にも影響される」
「……あなたの能力は、そういう仕組みなのですか」
「たぶん。俺が不安な時に見える数字と、穏やかな時に見える数字は——同じ相手でも、微妙に違って見える気がする」
リゼットが俺を見た。
「今——私の好感度は?」
「見てない」
「もし、見たら——何色ですか」
「色?」
「湖の色で。母の言い方で」
「…………」
俺はリゼットの顔を見た。紫の瞳。秋の光に透ける横顔。風になびく髪。
「銀色だと思う」
「嬉しい時の色ですね」
「うん。きっと——とても綺麗な銀色」
リゼットの耳が赤くなった。でも——目をそらさなかった。
「レン」
「うん」
「私——こういう時間を、もっと早く知りたかった」
「こういう時間?」
「誰かの隣で、湖を見て、馬鹿な話をして、笑う。父を亡くしてから——ずっと、一人でした。公爵の責任を背負って、領民を守って。誰にも弱さを見せられなくて」
「…………」
「あなたが来て——変わりました。好感度がマイナスなのに近づいてくる馬鹿がいて」
「馬鹿って言うなよ」
「事実です」
リゼットが笑った。柔らかく。自然に。
「でも——その馬鹿のおかげで、私はもう一度、人を信じられるようになった。セラフィーナにも会えた。フィーネという友達も得た。ブレンナーの信頼も深まった」
「俺の手柄じゃないよ。リゼットが自分で——」
「あなたのおかげです。全部」
リゼットの手が、俺の手を取った。
「だから——約束してください」
「何を」
「ここにいてください。この湖のそばに。この城に。私の隣に」
好感度は見えない。見なくていい。
でも——この手の温もりが、どんな数字よりも確かだ。
「約束する。どこにも行かない」
「……ずっと?」
「ずっと」
リゼットの目から涙がこぼれた。泣くなと言おうとして——やめた。
この涙は——幸せの涙だ。
湖が銀色に光っていた。
二人にとって——嬉しい色。




