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異世界に転生したら、頭の上に「好感度ゲージ」が見える体質だった~ヒロインの好感度が下がるたびに俺の体力が減るので、命がけでデートしている~  作者: ハイランダー
第1章 好感度サバイバル

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第5話 氷の公爵令嬢は好感度『-50』で俺を見る

 社交会は、佳境に入っていた。


 緩やかな弦楽の調べが大広間に満ち、貴族たちが杯を傾けながら談笑する中、俺はまだ「ゼロの海」から抜け出せずにいた。


 挨拶回りで得た好感度は合計プラス60〜70ほど。使用人たちの+68と合わせて好感度合計は+133。基礎HP100を加えると、HP上限は233を超えた。安定圏内だ。


 だが、この場に来た目的はもう一つある。


 シルヴァーノ公爵家の当主——リゼット・フォン・シルヴァーノへの挨拶。


 アシュフォード子爵家はシルヴァーノ公爵家の遠縁だ。父の代理で来た以上、主催者への挨拶は必須。貴族としてのマナーであり、義務でもある。


 大広間の奥、ひときわ広い空間にリゼットは立っていた。


 側近と思しき文官と言葉を交わしている横顔は、十六歳とは思えない威厳を放っている。背筋は定規を当てたように真っ直ぐで、プラチナブロンドの髪は一筋の乱れもない。


 よし、行こう。


 挨拶するだけだ。名前を名乗って、社交辞令を述べて、退く。好感度【0】からスタートなら、丁寧に挨拶すれば【+3〜5】くらいには——


 俺はリゼットの前に歩み出た。


「失礼いたします。アシュフォード子爵家次男、レン・アシュフォードと申します。本日は父の名代として——」


 噛んだ。


 「名代」の「みょう」で舌がもつれた。


「——みょ、みょうだっ……名代、として参りました」


 沈黙。


 大広間の一角が、しんと静まり返った。


 リゼットの紫の瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。鍛え抜かれた氷の視線。そこに感情は読み取れない。


「……」


 何も言わない。ただ、見ている。


 俺の額を冷たい汗が伝った。


 そして——彼女の頭上の数字が変わるのを、俺は見た。


 【0】→【-50】


 ——は?


 ゼロからマイナス50。


 一瞬で。


 挨拶を噛んだだけで、好感度がマイナス50に急降下した?


 いやいやいやいや。噛んだだけだぞ? 人間として多少恥ずかしいミスではあるが、-50は暴落しすぎだろう。株なら取引停止になるレベルだ。


「アシュフォード家の方ですか」


 リゼットが口を開いた。声は凛として美しいが、温度はない。


「お父上のエドムント殿にはお世話になっております。本日はようこそお越しくださいました」


 完璧な社交辞令。一点の隙もない敬語。だが——


 頭上の数字は、揺るぎなく【-50】を示している。


「では、ごゆっくりお楽しみください」


 それだけ言って、リゼットは視線を外した。


 終了。


 会話時間、約十五秒。


 好感度変動、-50。


「……」


 呆然と立ち尽くす。周囲の貴族たちが「あの子爵家の次男、挨拶で噛んでいたわね」とひそひそ話しているのが聞こえた。


 いや、噛んだのは認める。痛恨のミスだった。だが-50は度が過ぎないか?


 冷静に考えろ。マイナス50は「かなり嫌い」のカテゴリだ。使用人のマルタさんが長年の不満を募らせて-30だったのに、初対面で-50?


 何か——別の理由がある?


 俺はリゼットの横顔を遠目に観察した。


 彼女はその後も次々と挨拶に来る貴族たちに応対していた。どの相手にも同じように冷徹で、同じように完璧な社交辞令を返している。


 ——あ。


 ふと気づいた。


 別の貴族が挨拶に来た。中年の侯爵らしき男性。愚づいた笑みを浮かべて礼を述べているが、リゼットの応対は——俺の時と全く同じだった。


 同じ氷の視線。同じ完璧な礼語。同じ「では、ごゆっくり」の一言での切り上げ。


 さらに別の貴族。若い女性。丁寧にお辞儀をしているが、リゼットの表情は微動だにしない。


 もう一人。人当たりの良さそうな老貴族が親しげに声をかけているが——同じ。全く、同じ対応。


 誰に対しても、彼女は同じ氷の仮面を被っている。


 《心鏡の瞳》で見えるのは「相手が俺に対して抜く感情」だけだ。リゼットが他の貴族に何を感じているかは、数字ではわからない。


 だが——数字が見えなくても、「目」で見ればわかることがある。


 リゼットは俺だけを特別に拒絶しているわけじゃない。彼女は——


「……全員に、壁を作ってるのか」


 十六歳で公爵位を継いだ少女。父を亡くし、政治的に孤立し、周囲の貴族は領地を狙い——


 信じられる人間が、いない。


 だから、全員に対して同じ「氷」を返す。最初から壁を築くことで、裏切られる痛みを避けている。


 そう考えれば、-50も理解できる。俺だけ特別に嫌われているのではなく、たぶん全員がマイナススタートなのだ。


 挨拶を噛んだことで「この程度の人間か」と判断された分、他より低いだけ——たぶん。たぶん、だが。


 ……理解はできた。だが、問題は深刻だ。


 リゼットの好感度【-50】は、俺のHP上限に直撃する。


 計算してみよう。


 使用人合計:+68

 社交会で得た好感度合計:+65ほど

 リゼット:-50


 好感度合計:約+83

 基礎HP:100

 HP上限:100 + 83 = 約183


 数字上は問題ないように見える。普通の生活はできるレベルだ。だが、リゼット一人のマイナスが、社交会で三十人以上から得たプラスの大部分を帳消しにしている。


 しかも、リゼットはただの貴族ではない。シルヴァーノ公爵家の当主。俺の実家の主筋にあたる上位貴族。今後の人生で、関わりを避けることはほぼ不可能。


 つまり——リゼットの好感度を放置すれば、彼女と関わるたびにHPが削られ続ける。


「……これは」


 マルタさんの時とは次元が違う。


 使用人のマルタさんは、日々の誠実な行動で-30から+10まで持っていけた。地道にジャガイモの皮をむいて、「ありがとう」を言い続ければ、いつかはプラスに転じる。


 だが、リゼット・フォン・シルヴァーノは違う。


 氷の壁を持つ少女。たぶん全員に壁を作っている公爵令嬢。


 ジャガイモでは——どうにもならない。


 社交会が終わり、馬車でアシュフォード領への帰路につく。


 窓の外の夕焼けを見ながら、俺は考え込んでいた。


 リゼットの-50を放置すれば、HPは圧迫され続ける。だが、安易に接近すればさらに嫌われてマイナスが深まるリスクもある。


 どうすればいい?


 マルタさんには「料理の手伝い」で近づけた。ルドルフ爺さんには「庭仕事の質問」で。


 リゼットには——何で近づけばいい?


 十六歳の公爵令嬢。孤独で、誰も信用していなくて、完璧な仮面の下に何を隠しているかもわからない。


「……情報が足りない」


 まずはリゼットのことを知る必要がある。何が好きで、何を嫌い、どういう言葉に心が動くのか。


 好感度が数字で見える俺には、試行錯誤のフィードバックが即座に得られるという武器がある。


 だが、リゼットを相手に試行錯誤する機会そのものが少ない。公爵令嬢と子爵家の次男では、日常的に会う接点がほとんど——


 ……いや。


 一つ、方法がある。


 アシュフォード子爵家はシルヴァーノ公爵家の遠縁だ。縁があるなら、理由をつけて公爵領に滞在することも不可能ではない。


 父に頼んでみよう。「社交の勉強のため、本家に一時滞在させていただきたい」と。


 リスクは高い。リゼットの近くにいるということは、好感度-50の影響を常に受け続けるということだ。HPはギリギリのラインで推移するだろう。


 だが——やらなければならない。


 このまま放置すれば、リゼットと関わるたびにHPが削られる。逃げるのではなく、向き合うしかない。


 前世の俺なら、ここで逃げていた。人間関係の問題を先送りにして、消耗して、最後に潰れた。


 でも今は——数字が見える。


 見えるなら、動ける。


 馬車の窓から見える夕焼けが、シルヴァーノ湖の水面をオレンジ色に染めていた。


 ——好感度【-50】。


 マイナス50から始まる関係。


 正直、気が重い。だが、やるしかない。


「……氷の公爵令嬢かぁ」


 溶かすのは、大変そうだ。

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