第47話 元王太子の名刺
シルヴァーノ城に戻ってから数日後。
予期せぬ来客があった。
「グランツ商会代表、ヴィクトール・グランツ殿がお見えです」
ブレンナーの声が、執務室に響いた。
フォン・グランツではなく、ただのグランツ。王位を辞して平民となったか、あるいは——新しい立場を示す為のポーズ。
「……通してください」
リゼットの声は冷静だった。だが、俺の手の上に——彼女の手がそっと重ねられた。一瞬だけ。「大丈夫」の合図。
ヴィクトールが入ってきた。
姿が変わっていた。白金の軍服ではなく、仕立ての良い紺の商人服。金髪は短く整えられ、かつての王子然とした雰囲気は影を潜めている。代わりに——実業家としての鋭さが滲み出ていた。
好感度——
【-25】→【-10】
上がっている。15ポイントも。
嫌悪が減った? いや——立場が変わったことで、俺への敵意が薄れたのか。
「リゼット殿。レン殿。お久しぶりです」
笑顔はない。かつての作り物の笑みは消え、代わりに——真っ直ぐな眼差し。
「……お変わりになりましたね、殿下——いえ、ヴィクトール殿」
「ええ。もう殿下ではありません。ただの商人です」
ヴィクトールが名刺を差し出した。
紺色の厚紙に金の箔押し。「グランツ商会 代表 ヴィクトール・グランツ」。
「今日は商談に参りました」
「商談?」
「シルヴァーノ湖の加工魚事業——以前から注目していました。王家の交易路を使わずとも流通を確保できる仕組みに、商人として興味がある」
リゼットの目が細まった。
「……つまり、グランツ商会を通じてシルヴァーノの産品を流通させたい、と」
「ええ。対等な取引です。以前のような政治的な圧力はありません——というより、もはやその力がない」
好感度が——【-10】→【-5】。
また上がった。本音を語っている。嘘がない分、好意的態度の仮面も不要で、好感度が素直に反映されている。
これは——かつての+85とは全く異なる数字だ。あの+85は「計算された好意」だった。今の-5は——「わだかまりが残る中の正直な態度」。
「なぜ王位を辞退されたのですか」
俺が尋ねた。
「……率直に答えましょう。王位に固執していた自分が——間違っていたからです」
「間違い?」
「権力で人を動かそうとした。リゼット殿との婚姻を政治的に強制しようとした。暗殺者まで動いた。——あれは、私の責任です」
好感度、【-5】→【-3】。
認めた。責任を認めた。かつてのヴィクトールなら絶対にしなかったことだ。
「ガルシアの暴走を黙認したのも——保身のためでした。王太子としての立場を守るために、見て見ぬふりをした」
「…………」
「その結果、レン殿が負傷した。刺したのはガルシアの手配した暗殺者ですが——原因を辿れば、私に行きつく」
ヴィクトールの好感度が——
【-3】→【0】
ゼロ。
かつてゼロだった時は「感情を遮断した状態」だった。今のゼロは——清算。借りも恨みもない、フラットな状態。
「謝罪します。レン殿。申し訳なかった」
元王太子が——子爵家の次男に、頭を下げた。
「……受け入れます。ありがとうございます」
好感度、【0】→【+3】。
プラスに。
今度のプラスは——計算ではない。素直な。人間としてのプラス。
リゼットがヴィクトールを見ていた。好感度は見えないが——表情はわずかに緩んでいる。
「商談の件。検討させてください。ブレンナーに詳細を渡してもらえますか」
「承知しました。——それと、もう一つ」
「何ですか」
「リゼット殿。あなたと——いつか、対等な友人として、お茶を飲む日が来ることを願っています」
リゼットが——少しだけ、微笑んだ。
「……考えておきます」
ヴィクトールが去った後、俺は深く息を吐いた。
「……変わったな、あの人」
「ええ。人は——変われるのですね」
リゼットの声に——感慨があった。
好感度+85から-25を経て+3になった男。
数字の旅路を最も劇的に歩んだのは——ヴィクトールだったのかもしれない。




