第46話 白い薔薇が色づく時
???にプラスの記号が見えた——その翌朝。
別邸に泊まった俺たちは、朝食の席でセラフィーナと顔を合わせた。
彼女はいつも通り微笑んでいた。だが——昨日とは、何かが違う。言葉にできない違い。
好感度チェック——
【???】
戻っている。一瞬見えたプラスの記号は消え、再びクエスチョンマーク。
だが——昨日、確かに動いた。罅が入った。それは消えない。
「セラフィーナ。昨日はよく眠れましたか」
リゼットが聞いた。以前なら「報告してください」と言っていた場面だが、今は友人としての気遣い。
「……夢を、見ました」
「夢?」
「はい。感情が凍結してから——夢を見ることはなかったのですが。昨夜、初めて」
感情がない人間は夢を見ない。夢は感情の残響だから。
「何の夢でしたか」
「母の夢です。母が——泣いていました」
場が静まった。
「私が泣けないから——代わりに母が泣いている夢でした」
セラフィーナの声には感情がない。事実を述べているだけだ。
だが——夢を見たこと自体が、変化の証だ。凍結された感情の氷に罅が入り、そこから記憶の断片が夢として漏れ出した。
「セラフィーナ様。聖典の続きを、もう一度確認させてもらえませんか。今の『兆候』について、気になる記述があった気がするんです」
「構いません」
あの夜、眼の痛みに耐えかねて途中で切り上げた箇所。そこには、まだ俺の知らない真実が眠っているはずだ。
俺は銀の瞳を凝らし、聖典の白紙に見える部分へと視線を落とした。
**『凍結の契約の解除は段階的に進行する。第一の兆候——夢の復活。
第二の兆候——身体反応の増幅。第三の兆候——感情の断片的な回復。最終段階——涙。』**
段階的。一度に溶けるのではなく、少しずつ。
「段階的に進むそうです。夢は第一の兆候——解呪が始まっています」
セラフィーナが俺を見た。微笑みは——やはり仮面のままだが、目の奥に何かが灯り始めている。意志か。記憶か。あるいは——まだ名前のない何か。
朝食後、庭園を散歩した。リゼットとセラフィーナが並んで歩き、俺は少し後ろを歩く。
二人は子供時代の話をしていた。
「この薔薇園、昔は赤い薔薇もあったのに」
「母が亡くなった後、全て白に植え替えました。母の好きだった色だけを残したかったので」
「……でも、お母さんは赤い薔薇も好きだったでしょう」
「…………」
「私、覚えているわ。あなたのお母さんが赤い薔薇を摘んで、あなたの髪に飾ってくれたこと。あなた、すごく嬉しそうだった」
セラフィーナが立ち止まった。
「覚えています。記憶として」
「嬉しかった?」
「その時は——嬉しかったと、記録されています」
「今は?」
「今は——」
セラフィーナが白い薔薇を見た。
「わかりません。でも——赤い薔薇を植えてもいいかもしれない、と……思います」
思う。感情ではなく意思として。
だが——「植えてもいいかもしれない」という言葉の中に、何かが芽吹いている。
リゼットが微笑んだ。柔らかく、温かく。
「植えましょう。一緒に」
好感度は——リゼットは見えない。セラフィーナは???。
だが——三人の間に、確かに何かが通い合っている。数字では測れない。数字がなくても感じられる。
それを——信頼と呼ぶのだろう。
帰りの馬車の中で、リゼットが小さく言った。
「レン」
「はい」
「……ありがとう。セラフィーナのところに連れて行ってくれて」
「リゼット様が来てくれたから——」
「リゼット、でいいです」
「え?」
「様はいりません。もうずっと——いらないと思っていました」
好感度は見えない。でも——隣に座るリゼットの肩が、俺の肩に触れていた。
あの時、椅子を並べていた5センチの距離が——ついにゼロになった瞬間。




