第45話 好感度なんて気にしなくていい
リゼットとセラフィーナが子供時代の話をしている間、俺は別室で聖典の写本を広げていた。
解呪に必要なのは、セラフィーナが自らの意志で涙を流すこと。
だが感情がない人間に、感情で泣けとは言えない。
聖典を改めて読む。
*『心鏡の所有者が真の信頼を示した時、凍結の氷に罅が入る』*
真の信頼。
リゼットの好感度が消えた時、俺は彼女を「数字ではなくそのまま」信じた。結果として呪いの第三段階を突破した。
セラフィーナに対しても同じことを——「好感度が見えなくても信じる」ことを示せばいいのか?
いや——少し違う。
セラフィーナの場合、好感度が【???】なのは俺の問題ではなく、彼女の問題だ。感情が凍結されているから数字が出ない。
俺が信頼を示しても、受け取る側の感情がなければ——氷に罅は入らないのでは?
——いや。感情はなくても「意思」はある。
セラフィーナは、会いたいと思った。記憶を守りたいと思った。手紙を書いた。
意思は生きている。
なら——信頼を示す相手は、感情ではなく意思だ。
応接間に戻った。リゼットとセラフィーナは、並んで窓の外を見ていた。白い薔薇の庭園。夕焼けが白い花弁を橙色に染めている。
「セラフィーナ様」
「はい」
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「俺の好感度——セラフィーナ様から見て、どう見えますか?」
セラフィーナが首を傾げた。
「……好感度? 私には、そのような能力はありませんが」
「いえ、能力じゃなくて。普通の感覚で。俺のこと——どう思いますか」
「…………」
セラフィーナが考え込んだ。微笑みが——消えていた。
「わかりません。どう思うか、と聞かれても——思うための感情がないので」
「じゃあ、質問を変えます。俺が明日死んだら——セラフィーナ様は、何か変わりますか?」
不躾な質問だった。だが——核心を突くために。
「…………」
長い沈黙。
「変わらない——と思います。悲しめないので」
「そうですか」
「でも——」
「でも?」
「……手紙の宛先が、一つ減ります」
その答えに——俺は、確信を持った。
感情がなくても。好感度が見えなくても。数字が???でも。
セラフィーナの中には——「つながり」がある。感情ではなく、意思としてのつながり。手紙の宛先が減る——それは、彼女にとっての「喪失」だ。
感情のない喪失。論理としての喪失。
でも——喪失は喪失だ。
「セラフィーナ様。俺からも一つ伝えたいことがあります」
「何でしょう」
「好感度なんて——気にしなくていいです」
「…………」
「俺には人の好感度が見える能力があります。セラフィーナ様の好感度は【???】——見えません。でも、それでいいんです」
セラフィーナの蒼い瞳が——俺を見つめた。
「見えなくても、俺はセラフィーナ様を信じます。あなたが感情を持っていなくても、笑えなくても、泣けなくても——あなたが手紙をくれたこと。証拠を届けてくれたこと。リゼット様を心配してくれたこと。全部——値がなくても、確かです」
「…………」
「数字なんて、なくていい。好感度がゼロでも、マイナスでも、???でも——セラフィーナ様は、俺の大切な人です」
リゼットが隣で静かに頷いた。
「私も——同じです。セラフィーナ。あなたの好感度がどうであれ——あなたは、私の友人です」
セラフィーナの微笑みが——揺れた。
いつもの仮面の微笑みではない。何かが——内側から揺れている。
「…………」
セラフィーナが唇を開いた。声が——かすれた。
「ありがとう——ございます」
その瞬間。
好感度が——動いた。
【???】が——ちらついた。ノイズのように。
一瞬だけ——数字の断片が見えた。
【+■】
完全には読めない。だが——プラスの記号が見えた。
???の向こう側に——感情の欠片が、芽吹いた。
氷に、罅が入った。




