第43話 旧友への手紙
翌朝。執務室でリゼットに聖典の内容を伝えた。
セラフィーナの呪いのこと。感情凍結が母の記憶保存の代償であること。解呪には「自らの意志で涙を流す」必要があること。
リゼットは黙って聞いていた。表情は静かだが——指先が、わずかに震えていた。
「……セラフィーナが、そこまで」
「はい。母上の記憶を守るために、感情の全てを——」
「知りませんでした。あの日——突然笑わなくなったと思っていた。笑えなくなったのではなく……笑うことも、泣くことも、全て手放したのですね」
リゼットの声が揺れた。旧友への想いが、公爵の仮面を透過している。
「リゼット様。聖典にはもう一つ書いてありました。『心鏡の所有者が傍に立ち、真の信頼を示せば、凍結の氷に罅が入る』と」
「あなたが——セラフィーナの傍に」
「はい。そして——リゼット様にもお願いがあります」
「何ですか」
「一緒に来てください。セラフィーナに会いに」
リゼットの紫の瞳が——大きく見開かれた。
「私が——セラフィーナに」
「あなたはセラフィーナの旧友です。感情が凍結されていても、昔の記憶は残っている。あなたの声は——氷の奥に届くかもしれない」
沈黙が流れた。
好感度は見えない。だが——リゼットの目に、決意の光が灯るのが見えた。
「……行きましょう」
「ありがとうございます」
「ただし——セラフィーナがどこにいるかを、まず確認しなければなりません」
「手紙を書きます。前回の待ち合わせの返答として」
俺はセラフィーナ宛ての手紙を書いた。
セラフィーナ様。
聖典を読みました。あなたの呪いについて、伝えたいことがあります。
リゼットも一緒に伺いたいと申しています。
お会いできる場所と日時をお知らせください。
——レン・アシュフォード
三日後、返事が届いた。
レン様。
ヴェール伯爵家の別邸にてお待ちしています。
リゼット様がいらっしゃるのですね。
嬉しい——と言えれば良いのですが、今の私にはその感情がありません。
ですが、お会いしたいという意思はあります。
感情と意思は別のものです。
——セラフィーナ・ヴェール
「感情と意思は別のもの」——その一文が、胸に残った。
感情がなくても、会いたいと思える。泣けなくても、手紙を書ける。
完全に壊れてはいない。氷の奥に——まだ何かが残っている。
出発の前夜。
リゼットが、自室で手紙を書いていた。俺が書斎に寄ると、慌てて紙を隠した。
「何を書いているんですか」
「……何でもありません」
「セラフィーナへの手紙?」
「…………」
リゼットの耳が——赤い。手紙の中身は見えなかったが、彼女がセラフィーナに何かを伝えようとしていることは明白だ。
「昔の——友達として、ですか」
「……昔の友達としてではなく。今の——友達として」
その言葉に——俺は、リゼットの成長を見た。
かつて誰にも心を開けなかった氷の公爵令嬢が、「今の友達」としてセラフィーナに手紙を書いている。
リゼットもまた——殻を破ろうとしている。俺だけでなく。
翌朝。
馬車が用意された。リゼット、俺、そして護衛のフィーネ。三人でヴェール伯爵家の別邸に向かう。
フィーネの好感度、【+72】。安定。
「レン」
「ん?」
「しっかりやってよ。あたしは護衛だから、中には入らない。でも——あたしの分も、セラフィーナさんを頼む」
「ああ。任せろ」
「かっこつけちゃって」
フィーネが笑った。好感度は動かない。だがその笑顔は——確かに、温かかった。




