第42話 聖典の銀文字
セラフィーナから受け取った聖典の写本を、夜の自室で開いた。
エルディアス聖典・周読不能章。
羊皮紙に記された古代文字は、普通の人間には解読できない。だが俺の銀の瞳——《心鏡の瞳》で見ると、文字が銀色に光り、意味が頭に流れ込んでくる。
不思議な感覚だ。「読む」というより「受け取る」に近い。
最初の段落。
*『心鏡の瞳』——他者の意識と態度を数値化し視覚に投影する呪いなり。前世の尽きぬ渇望より生じ、新たな命に刻まれる。代償として、所有者の生命力は他者の意識の総和に連動す。*
知っている内容だ。HPが好感度合計に連動するルール。
次の段落。
*呪いの第一段階——所有者は数値に支配される。判断を数値に委ね、他者を数値で測り、数値なき世界を恐れる。*
……そのまま、ここに転生してきたばかりの頃の俺だ。
*呪いの第二段階——所有者は数値と現実の乖離に気づく。態度と感情は同一にあらず。数値は心の全てを映さず。所有者は苦しみ、数値の限界を知る。*
そのころの俺。リゼットの「罠」やヴィクトールの「計算された好意」に気づいた段階。
*呪いの第三段階——所有者は最も大切な一人に対して数値を手放す。これは呪いの克服の始まりなり。恐怖を超えて、数値なき真実を見つめることを選ぶ。*
そして。リゼットの好感度が消えた——いや、俺が手放した時。
ここまでは、セラフィーナに教えてもらった内容と一致する。
そして——次の段落。まだ読んでいない箇所。
*呪いの第四段階——所有者は数値を『見る』『見ない』を選択する力を得る。これにより呪いは完全に制御下に置かれ、呪いは道具となる。*
第四段階——選択。
今の俺はリゼット以外の人間の好感度は見えている。フィーネもブレンナーも使用人たちも。見えるか見えないかの制御はできない。常時表示だ。
だが、第四段階に至れば——見たい時だけ見て、見たくない時は消せる。
それは——《心鏡の瞳》が「呪い」ではなく「能力」になることを意味する。
さらに先を読む。
*『凍結の契約』について——感情の全てを代償に記憶を保存する呪いあり。解呪の条件は以下の通り。『凍結された者が、自らの意志で涙を流すこと』。*
自らの意志で涙を流す。
セラフィーナは以前、俺の前で涙をこぼした。だがあれは「体の反応」であり感情ではないと彼女は言った。
つまり——「感情として泣く」ことが必要なのだ。感情が凍結されている人間に、感情で泣けと言う。
矛盾している。感情がないから泣けない。泣けないから感情が戻らない。解けない呪い。
……本当に?
*ただし、この契約には例外あり。『凍結された者の傍に、心鏡の所有者が立ち、真の信頼を示した時——凍結の氷に罅が入る可能性を残す』。*
心鏡の所有者——俺が、セラフィーナの傍に立って、真の信頼を示す。
真の信頼とは何だ。好感度の数字ではなく——本心からの信頼。
できるのか。感情がない相手を、好感度が見えない相手を——信じること。
……いや。
リゼットで経験した。好感度が見えなくても、信じられることを。
そこからさらに先を読み進めようとした時、急に視界が白く火花を散らした。
「っ……!」
奥歯を噛み締め、こめかみを押さえる。銀文字を読みすぎたせいか、眼球を針で刺されたような鋭い痛みが走った。
どうやら、一度に解読できる量には限界があるらしい。無理をすれば、このまま意識を持っていかれそうな感覚がある。
今はここまでか。
俺は深く息を吐き、静かに羊皮紙を閉じた。
やるべきことが明確になった。セラフィーナに会いに行く。そして——呪いを解く手がかりを、直接伝える。
ただし——一人ではない。
「リゼットに相談しよう」
セラフィーナはリゼットの旧友だ。二人の力を合わせれば——凍った感情を溶かせるかもしれない。




