第38話 ガルシア伯爵の好感度
反撃が始まった。
リゼットはベルクシュタイン男爵と直接交渉し、湖の加工販売事業の共同利益を盾に、西岸迂回ルートの確保に成功した。男爵は王太子派閥だが、自領の利益には逆らえない。
俺は中立派貴族への書簡を作成し、リゼットの名前で送付した。仮面舞踏会で好意的だった小領主五名から返信があり、うち三名が「シルヴァーノ公爵家との友好的な関係を希望する」と回答した。
味方が増えている。
そして——最後の手札。
ガルシア伯爵の暗殺関与の証拠。
これをどう使うか。リゼットは「ヴィクトールとの直接交渉のカード」にすると言ったが——俺にはもう一つ、考えがあった。
「リゼット様。ガルシア伯爵に——直接会いに行きませんか」
「……ガルシアに? なぜ」
「ヴィクトール殿下ではなく、ガルシア伯爵に直接証拠を突きつけるんです。そうすれば——」
「ガルシアが殿下から離反する可能性がある、と?」
「はい。ガルシア伯爵は殿下の指示で動いていますが、暗殺計画が露見すれば切り捨てられるのは伯爵自身です。殿下は直接関与していませんから」
「……なるほど。殿下とガルシアの間に楔を打ち込む」
「敵の駒を寝返らせる——というのは大げさですが、少なくとも『殿下がガルシアを見捨てる可能性』を伯爵自身に意識させれば、暴走は止まります」
リゼットが考え込んだ。
「……危険です。ガルシアは暗殺者を使う人間。直接会えば——」
「だからこそ、俺が行きます」
「あなたが?」
「俺なら好感度が——いえ、人の感情の動きが見えます。ガルシア伯爵が嘘をついているか、本気で怒っているか、取引に応じるかどうか——俺にはわかる」
リゼットの目が——複雑な色を帯びた。好感度は見えないが——心配と信頼と恐怖が入り混じっている。
「……一つ条件があります」
「何ですか」
「フィーネを連れて行きなさい」
「了解です」
三日後。
王都の外れにあるガルシア伯爵の別邸。
俺とフィーネは正面から訪問した。「シルヴァーノ公爵家の使者」として。
ガルシア伯爵、ルドヴィック・フォン・ガルシア。五十代の肥満体の男。脂ぎった顔に薄い微笑み。目は——蛇のように冷たい。
好感度——
【-55】
高レベルの敵意。だが殺意(-80レベル)ではない。警戒している。
「何用ですかな、アシュフォード殿。シルヴァーノ公爵家の使者とは珍しい」
「単刀直入に申し上げます」
封筒を差し出した。
「ベルクシュタイン男爵との書簡のやり取りの写しです。仮面舞踏会における、暗殺者の手配に関する」
ガルシアの顔が——一瞬、凍った。
好感度、【-55】→【-70】。急落。怒りだ。
だがすぐに持ち直した。薄い笑みが戻る。
「……何のことかわかりませんな」
「わかっていらっしゃると思います。これを公にすれば、ヴィクトール殿下の評判に傷がつく。しかし——最も傷つくのは、伯爵ご自身でしょう」
「…………」
「殿下は直接関与していません。つまり——責任を取るのは伯爵です。殿下は、伯爵を切り捨てる選択肢をお持ちです」
好感度が動いた。【-70】→【-60】→【-65】。揺れている。
計算だ。ガルシアは今、必死に損得を計算している。
「何が望みですかな」
「シルヴァーノ家への圧力を停止してください。関税所の撤去。交易路の自由通行の保証。そして——今後の暗殺計画の一切の中止」
「……それだけですか」
「それだけです。この書簡は公にしません。伯爵のお立場も守られます」
沈黙が流れた。
ガルシアが俺を見つめている。蛇の目が——計算している。
好感度、【-65】→【-45】。
上がった。20ポイント。まだマイナスだが——取引に応じる方向に傾いている。
「……若いのに、大した交渉術ですな」
「前世で——子供の頃から、仕事の経験がありまして」
「ふん。シルヴァーノの公爵令嬢は——良い駒をお持ちだ」
駒、か。ヴィクトールにとってもガルシアにとっても、俺は「駒」だ。
だが——リゼットにとっては、駒ではない。それだけで十分だ。
「……いいでしょう。王家への報告は書簡の件には触れず——シルヴァーノ家との『友好的な関係修復の合意』として処理しましょう」
「ありがとうございます」
好感度、【-45】→【-40】。
まだマイナスだが——取引は成立した。
帰りの馬車の中で、フィーネが感心したように言った。
「すっごいね、レン。あの人、明らかに怒ってたのに——最後は折れた」
「好感度が——いや、表情の動きが読めたからね」
「レンの目って、ホントすごいよね。人の気持ちが見えるって——ある意味、最強の武器じゃん」
「……武器か」
武器——かもしれない。でも同時に、呪いでもある。
見えることの恩恵と、見えることの苦しみ。
両方を知った今の俺なら——使い方を、間違えない。
……たぶん。




