第36話 反撃の手札
セラフィーナから受け取った証拠を、翌朝リゼットに渡した。
リゼットは書簡の写しを一読し——表情を変えなかった。
「……予想はしていました」
「使えますか。この証拠」
「使えます。ただし——使い方を間違えれば、逆に我々が窮地に立ちます」
リゼットが書簡を机に置き、考え込んだ。
「ガルシア伯爵の関与を公にすれば、ヴィクトール殿下の評判に傷がつく。しかし——王家を直接攻撃することは、全貴族を敵に回す危険がある」
「じゃあ、どう使うんですか」
「交渉の材料にします。ヴィクトール殿下に直接——」
「直接?」
「ええ。『この証拠を公にしない代わりに、婚約の件を白紙に戻す』。取引です」
「脅迫、ですね」
「政治です」
リゼットの目に鋭い光が宿った。この人は——必要とあらば、手段を選ばない。公爵としての覚悟がある。
「ただし、それだけでは不十分です。ヴィクトール殿下は一度退いても、別のルートで圧力をかけてくる。根本的な解決には——」
「何が必要ですか」
「味方が必要です。単独では王家に対抗できない。他の有力貴族との連携——特に、中立派の取り込みが」
「中立派?」
「仮面舞踏会で、あなたが好感度をチェックしていた貴族たちの中に、シルヴァーノに好意的な反応を示した人物がいたはずです」
——いた。好感度+10前後の小領主が数名。リゼットの経済データに感銘を受けた反応だった。
「いましたね。名前は覚えています」
「リストを作ってください。こちらから働きかけます」
「了解です」
好感度が見えない中での政治交渉だが——仮面舞踏会で確認した数値は記憶に残っている。あの時点で好意的だった貴族は、今も味方になる可能性が高い。
数字を「過去の記録」として参照しつつ、今の判断は自分の目で行う。
——いいバランスだと思う。
午後、フィーネが訓練場から駆け込んできた。
「リゼット様! 大変です!」
「何ですか」
「シルヴァーノ湖の東岸——交易路に、王家の関税所が新設されたって! 商人たちが通行料の引き上げに——」
「来ましたか」
リゼットは冷静だった。予測していたのだ。
「経済的圧力の第一波です。交易路を塞がれれば、湖の加工魚の王都への輸出が——」
「ストップしますね」
「ええ。レン。対策を」
「すでに考えてあります」
俺はブレンナーと作成していた代替輸送ルートの地図を広げた。
「東岸の交易路が使えなくなっても、湖の西岸を経由して隣のベルクシュタイン領を迂回するルートがあります。こちらなら王家の管轄外です」
「ベルクシュタイン男爵は敵では?」
「漁業権の加工販売事業で、彼の領地にも利益が出始めています。関税所のせいで事業が止まれば、ベルクシュタイン男爵も困る。ここは利害の一致で——」
「……敵を味方に変える」
リゼットの唇が——わずかに上がった。
「あなたの得意技ですね」
「え?」
「敵を味方に変えること。……最初に変えたのは、私でしょう」
好感度は見えない。だが——あの微笑みは、確実にプラスだ。
フィーネが横で「ニヤニヤ」していた。好感度【+70】。安定して高い。
「何笑ってるの」
「べっつにー」
この子は——すでに全部わかった上で、応援してくれているのだ。
自分の気持ちを押し殺して。
……フィーネには、いつかちゃんと向き合わなければならない。でも今は——
「よし。ベルクシュタイン男爵への打診、俺が行きましょうか」
「いいえ。それは私が行きます。公爵同士——いえ、公爵と男爵の直接交渉は、格の問題があります」
「では俺は——」
「味方になりうる中立派貴族へのレター作成をお願いします。あなたの言葉は——数字を読める言葉ですから」
数字を読める言葉。かつてリゼットがくれた評価。
好感度は見えなくても——信頼は、見える。
反撃の手札は揃いつつある。




