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異世界に転生したら、頭の上に「好感度ゲージ」が見える体質だった~ヒロインの好感度が下がるたびに俺の体力が減るので、命がけでデートしている~  作者: ハイさん
第3章_数字が壊れる日

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第35話 疑問符の答え

セラフィーナから手紙が届いた。


 暗殺未遂事件の噂は王都に広まっていたらしい。手紙には簡潔にこう書かれていた。


   レン様のご無事を祈ります。

   お伝えしたいことがあります。次の新月の夜、シルヴァーノ湖の北岸にて。

   一人で来てください。

   ——S.V.



 セラフィーナ・ヴェール。好感度【???】の女。


 一人で来い、か。罠の可能性もある。だが——セラフィーナの去り際の言葉を思い出す。「リゼット様を大切になさってください」。あの寂しげな目。


 彼女は敵ではない——と、数字ではなく直感が告げている。


 新月の夜。


 シルヴァーノ湖の北岸は、闇に沈んでいた。月がないため、湖面は真っ黒な鏡のようだ。


 セラフィーナは約束通りそこにいた。銀髪が闇の中でかすかに光る。いつもの微笑み——だが、夜の暗がりの中で見ると、その笑みはより一層作り物めいて見えた。


「来てくださったのですね」


「はい」


 好感度チェック——【???】。変わらない。


「お伝えしたいのは、二つのことです」


 セラフィーナが湖面を見つめながら言った。


「一つ目。仮面舞踏会の暗殺者を手配したのは、ベルクシュタイン男爵——ですが、指示を出したのはヴィクトール殿下の側近、ガルシア伯爵です。ヴィクトール殿下自身は直接関与していません。しかし——黙認しています」


「証拠はありますか」


「書簡のやり取りの写しがあります。……私は殿下の『駒』ですから。書類の整理や後始末に駆り出される際、側近たちが何を企んでいるか、盗み見る隙はいくらでもありますの」


 セラフィーナが封筒を差し出した。中身を確認する。確かに、ガルシア伯爵からベルクシュタイン男爵への「シルヴァーノ公爵の護衛体制についての照会」と、その返答が入っている。直接「殺せ」とは書いていないが、文脈から暗殺計画の打ち合わせであることは明白だ。


「なぜこれを俺に?」


「リゼット様に直接渡すと、政治的に複雑になります。私の立場では——直接的な味方はできないので」


「……セラフィーナ様は、どの派閥にも属していないんですか」


「属していません。属せないのです」


 セラフィーナの微笑みが——わずかに歪んだ。


「二つ目の話。こちらが——本題です」


「はい」


「レン様。あなたには——《心鏡の瞳》がありますね」


 心臓が止まるかと思った。


「……なぜ、それを」


「この世界には、古い文献があります。エルディアス聖典の周読不能章——通常の人間には解読できない章です。私は——読めるのですが」


「読める?」


「私には記憶に関する特殊な体質があります。一度読んだものは忘れません。感情を持っていた頃に読んだ聖典の内容も、全て覚えています」


 感情を持っていた頃——その言い方が、胸に刺さった。


「聖典の周読不能章には、いくつかの『呪い付きスキル』が記録されています。その一つが《心鏡の瞳》——他者の意識と態度を数値化して視覚に投影する能力。代償として、所有者のHPが全ての対象者の好感度合計に連動する」


「……全部知ってるんですね」


「はい。そして——もう一つ」


 セラフィーナが俺を見た。微笑みが消えていた。初めて——完全に表情がない顔。


「《心鏡の瞳》が読み取れない人間は、二種類います」


「二種類?」


「一つは、感情が凍結された人間。意識そのものが停止しているため、計算不能になる。——これが、私です」


「…………」


「もう一つは——所有者自身が、その人の感情を数値で見ることを無意識に拒否した場合」


 ——え?


「拒否?」


「《心鏡の瞳》は、言わざれば『他者への不信』を数字という形に固定する呪いです。ですが、あなたが数字に頼らず、その人の本当の心と向き合う覚悟を決めた時……呪いはその強制力を失い、表示を消します。——最も大切な人との関係において、もはや『測定』など必要ないのだと、あなたの心がシステムを超克した証です。それが、この能力が至るべき『成長』の形なのですよ」


 ——リゼットの好感度が消えた理由。


 オーバーフローだと思っていた。感情が激しすぎてシステムが壊れたと。


 だが——違った。


 俺自身が、リゼットの好感度を「見たくない」と思ったから——消えたのだ。


 数字で彼女を測りたくなくなった。


 あの病室で、泣いているリゼットの顔を見た時——俺は無意識に、数字を手放していた。


「……そういう、ことだったのか」


「ええ。あなたは《心鏡の瞳》の呪いを、少しずつ克服しています」


 セラフィーナの声が——わずかに柔らかくなった。


「私は——克服できませんでした」


「セラフィーナ様——」


「私の感情凍結は、《心鏡の瞳》とは無関係の、別の呪いです。母が死んだ時——私は、感情の全てを代償に、母の記憶を完全に保存する契約を結びました」


 ——記憶と引き換えに、感情を失った。


「母の顔を。声を。匂いを。全てを、忘れたくなかった。だから——代わりに、感情を差し出しました」


 セラフィーナの蒼い瞳から——涙がこぼれた。


 涙。


 感情がないはずの彼女から——涙が。


「……泣いて、いますね」


「涙は感情ではありません。身体の反応です。体は覚えているのです——泣くべき時に泣くことを。心が何も感じなくても」


 その言葉が——あまりにも悲しかった。


「リゼット様を——お願いします。私には、あの方の力になれない。感情のない人間は——誰かを守ることも、愛することもできませんから」


「そんなことは——」


「事実です。ですが——」


 セラフィーナが微笑んだ。いつもの仮面の笑みではなく——壊れた、歪な笑み。


「あなたが聖典の周読不能章を全て解読すれば——私の呪いを解く方法が見つかるかもしれません。《心鏡の瞳》の所有者だけが読める章があります」


「俺が——読める?」


「ええ。その銀の瞳で」


 セラフィーナは封筒をもう一つ差し出した。


「これは聖典の写本の一部です。試しに、読んでみてください」


 封筒の中の羊皮紙を開いた。古代文字が並んでいる——が、不思議なことに、俺にはその文字が「読める」。


 内容は——まだ断片的だが——


「……呪いの解呪条件。『凍結された感情は、所有者との信頼の結晶によって——』」


「そこまでで結構です」


 セラフィーナが羊皮紙を取り戻した。


「続きは——全てが終わった後で」


 全てが終わった後。ヴィクトールとの戦いが終わった後。


「お気をつけて、レン様。嵐は——まだ始まったばかりです」


 銀髪が闇に溶け、セラフィーナは去った。


 俺は湖畔に立ったまま——手の中の暗殺計画の証拠と、頭の中の新しい知識を整理していた。


 《心鏡の瞳》は呪い。好感度の消失はオーバーフローではなく、俺自身の成長。セラフィーナの感情凍結は、母の記憶を守るための代償。


 そして——聖典の周読不能章を解読すれば、セラフィーナを救える可能性がある。


 やるべきことが、増えた。


 だが——怖くはない。


 数字がなくても戦える。


 それを、もう知っているから。

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