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異世界に転生したら、頭の上に「好感度ゲージ」が見える体質だった~ヒロインの好感度が下がるたびに俺の体力が減るので、命がけでデートしている~  作者: ハイさん
第3章_数字が壊れる日

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第30話 +85が牙を剥く夜

 リゼットとヴィクトールのダンスが終わった。


 遠目に見ていたが、二人の会話の内容はわからない。リゼットの表情は——仮面に隠れて、読めない。


 曲が終わり、リゼットが指定席に戻ってきた。


「……何を話されたんですか」


「社交辞令です。特に何も」


 好感度、【-8】。変わっていない。ヴィクトールに何を言われたか——数字は語らない。


 舞踏会は佳境に入っていた。オーケストラが優雅な旋律を奏で、仮面の貴族たちがダンスフロアで旋回し、酒杯が傾けられている。


 その時——ヴィクトールが壇上に立った。


「皆様、本日は王家主催の仮面舞踏会にご参加いただき、感謝いたします」


 大広間が静まった。


「この場をお借りして、一つ、喜ばしいお知らせがございます」


 空気が張り詰めた。来る——と思った。


「我がグランツ王家と、シルヴァーノ公爵家との——」


「お待ちください」


 リゼットが立ち上がった。


 大広間の全視線が彼女に集中する。月光色のドレスに銀の仮面。その場にいる誰より凛とした声で——


「殿下。お話の途中で恐縮ですが——その前に、シルヴァーノ公爵家当主として、皆様にご報告したい『喜びの知らせ』がございます」


 ヴィクトールの笑顔が、一瞬だけ固まった。しかしすぐに持ち直す。


「……もちろん。どうぞ、リゼット殿」


「皆様もご存知の通り、当家は長らく領地の立て直しに注力してまいりました。そして今月——先般より進めておりました湖の特産品を用いた新事業が、予想を遥かに上回る利益を上げ、軌道に乗りました」


 ざわめきが広がった。衰退傾向にあったはずの公爵家が、独力で新事業を成功させたという事実に、貴族たちが色めき立つ。


 ——あの漁業権加工販売の提案。俺の提案が、ここで武器になっている。


「詳細なデータについては、既に陛下と殿下のお手元にも提出しております。ご覧いただければ、シルヴァーノ領が独立した経済圏として、完全に自立を果たしたことがお分かりいただけるでしょう」


「したがって——シルヴァーノ公爵家は現在、いかなる他家の『財政的援助』も、『血の結びつきによる後ろ盾』も、必要としておりません」


 静寂。


 リゼットはヴィクトールを正面から見据えた。


「殿下のお申し出は、大変光栄です。しかし——私は公爵家当主として、領民の利益を最優先に判断する義務がございます。婚姻の決定は、充分な検討の後に改めてお返事いたします」


 完璧だった。


 ヴィクトールの婚約発表を先回りして封じ、かつ正面から断ることも避けた。データという客観的な根拠で「婚姻が不要」であることを示し、決定の主導権を自分の手に取り戻した。


 ヴィクトールの好感度——


 【+78】→【+60】


 一気に18ポイント下落。


 ……怒っている。笑顔は崩していないが、内心は激怒だ。計算された好意の仮面が、薄れている。


「……見事な発表ですね、リゼット殿」


「ありがとうございます、殿下」


「しかし——データは未来を保証しません。外的要因一つで、自立は瓦解し得ます」


「……それは脅しでしょうか、殿下」


「いいえ。どういたしまして——ご忠告です」


 ヴィクトールは笑顔のまま壇上を降りた。去り際に俺を見た。


 好感度——


 【+60】→【+45】


 さらに15下落。俺がデータを準備したことを察知している。利用価値ではなく、障害として俺を認識し始めた。


 +45。まだプラスだが——好意の仮面は確実に剥がれつつある。


 この先、この数字がマイナスに転じた時——ヴィクトールは牙を剥く。


 リゼットが席に着いた。俺の隣。


 仮面の奥の紫の瞳が、微かに揺れていた。


「リゼット様——見事でした」


「……あなたが用意したデータのおかげです」


 好感度——


 【-8】→【+2】


 プラスに。仮面舞踏会の夜に、好感度がプラスに転じた。


 10ポイントの急上昇。感謝ではなく——信頼だ。


 一緒に戦ってくれた、という信頼。


「まだ終わっていません。殿下は引き下がっていない。あの『ご忠告』——具体的な報復が来ます」


「わかっています。だからこそ——」


 リゼットの声が、わずかに震えた。


「……今夜は、隣にいてください」


 好感度、【+2】→【+5】。


 しっかりと、プラスの領域に戻った。


「——はい」


 大広間の音楽が続いている。


 仮面の下で——俺は、生まれて初めて、この能力を持っていることに感謝した。

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