第31話 仮面が落ちる時
舞踏会の後半。
リゼットの発表は会場に波紋を広げていた。シルヴァーノ領の経済的自立を公に示したことで、他の中小貴族たちの反応が二分されている。
「さすがシルヴァーノの令嬢だ」と好意的な声もあれば、「王太子殿下に恥をかかせるとは」という冷たい視線もある。
俺は会場を歩きながら、近づいてくる貴族たちが『俺に向ける好感度』を片っ端からチェックしていた。
シルヴァーノ家の末席である俺への態度を見れば、彼らが公爵家をどう評価しているかはおおよそ透けて見える。
——【+3】。無害。社交辞令だけで接してくる相手。
——【-5】。やや敵対的。俺を『目障りな派閥の人間』と見ている。グランツ派閥の末端か。
——【+10】。好意的。リゼットの手腕を評価し、その連れである俺にも好意的な小領主。
——【-15】。警戒が必要。シルヴァーノ家に対する明確な敵意が、俺にも向けられている。
情報担当としての仕事をこなしながら、フィーネに目配せで危険な人物を伝えていく。
彼女は頷きで応じ、該当する人物をさりげなくリゼットから遠ざけた。
完璧な連携——のはずだった。
異変が起きたのは、舞踏会が終盤に差し掛かった頃だ。
一人の男が、リゼットに近づいた。
仮面と外套に身を包んだ中年の男。貴族にしては粗野な歩き方。好感度を確認する——
【-80】
-80。
出会った人間の中で、最低の数値。ヴィクトールの+85の正反対。
しかも——近づき方がおかしい。他の貴族のように正面からではなく、柱の陰を縫うようにリゼットの死角に回り込んでいる。
——殺気。
前世では感じたことのない感覚が、背筋を駆け抜けた。好感度-80が発する「意識の強度」が、殺意そのものだ。
「フィーネ!」
叫んだ。
フィーネが振り向いた——同時に、男が外套の内側から何かを引き抜いた。
短剣。
リゼットの背に向けて——振り下ろされる。
体が動いた。考えるより先に。
俺はリゼットの背中に飛びつき——彼女を庇うように倒れ込んだ。
——左肩に、焼けるような痛み。
「ぐっ——!」
刺さった。浅くはない。短剣が肩の肉を抉り、血が噴き出す。
「レンッ!!」
フィーネの叫び声。次の瞬間、彼女の拳が男の顔面を捉えた。男は吹き飛ばされ、床に崩れ落ちる。
大広間が悲鳴に包まれた。仮面の下の素顔が驚愕に歪み、貴族たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「レン——レン!」
リゼットの声が聞こえた。俺の上に覆いかぶさったまま——いや、俺がリゼットに覆いかぶさって庇っている体勢だった。
左肩の痛みが脈打つように襲ってくる。視界がぼやける。
HP——確認しなければ。
好感度合計は——計算する余裕がない。だが基礎HP100がある。即死はしないはずだ。
「レン! 目を開けて——レン!」
リゼットの声が、仮面の下から聞こえた気がした。だが——彼女の顔には、もう仮面はなかった。
銀の仮面が床に転がっている。リゼットの素顔が、すぐ目の前にあった。
紫の瞳が大きく見開かれ——涙が、溢れていた。
氷の公爵令嬢が。仮面もなく。人前で。涙を流している。
「な、んで……あなたが……私を庇うなんて——馬鹿……っ!」
好感度を見る——
【+5】→【+15】→【+30】→【+10】→【-5】→【+25】→【-10】→【+40】→——
数字が。
激しく。
狂ったように振動している。
+と-が交互に入れ替わり、上下に激しく揺れ、一つの数値に定まらない。
今まで見たことのない動きだ。「心配している」時の振動パターンとは次元が違う。数字そのものが壊れかけている。
「衛兵を! 治療師を呼べ!」
フィーネが怒鳴っている。男は取り押さえられた。
俺は——リゼットの顔を見ていた。仮面の落ちた素顔を。
涙を拭おうともせず、俺の肩に手を当てて止血しようとしている。その手が——震えている。
「大丈夫……です。浅いですから——」
「……お願い、黙っていて。喋らないで……。血が、止まらないの……っ」
リゼットの指が、俺の血で赤く染まっていた。
意識が遠のいていく。痛みと出血で——
最後に見えたのは、好感度の数字だった。
激しく振動する数字が——一瞬、停止した。
表示された数字は——
【+100】
上限値。一瞬だけ。
次の瞬間——意識が途切れた。




