第27話 嘘つきの数字、正直な手
リゼットの好感度は【-20】まで回復した。
仕事上の信頼関係はすでに確立されている。領務会議にも変わらず出席し、隣の席で意見を交わしている。
だが——個人的な会話は、ほぼゼロだ。
あの日(「あなたは私に近づくべきではない」と言われた日)以降、リゼットは仕事以外の話題を徹底的に避けていた。猫の話も、お茶の話も、窓の外の天気の話も——全て、こちらが振ってもすぐに切り上げられる。
壁が、以前より厚くなっている。
ヴィクトールの影だ。王太子の婚約申し入れを保留にしたまま、リゼットは政治的に危うい立場にある。受ければ領地は安泰だが自由を失う。断れば政治的な敵を作る。
その重圧が、彼女の壁をさらに硬くしている。
ある日の午後。
執務室で報告書を作成していると、ブレンナーが慌ただしく入ってきた。
「リゼット様。王都から使者が参りました」
「……内容は」
「秋の仮面舞踏会への招待状です。グランツ王家主催。——全貴族への一斉招待ですが、リゼット様には特別に王太子殿下から個人書簡が添えられています」
リゼットの手が止まった。
好感度——【-20】。動かない。
仮面舞踏会。王家が主催する年に一度の大規模社交イベント。全貴族が集まる場で——ヴィクトールが何かを仕掛けてくるのは明白だ。
「……出席します」
「宜しいのですか」
「欠席は政治的な意思表示になります。今の状況で王家と距離を置くのは得策ではありません」
冷静な判断。だがリゼットの指先が、わずかにペンを強く握った。
「それと——」
リゼットがこちらを見た。
「レンも同行しなさい」
「え?」
「子爵家の次男として招待状が来ているはずです。確認してください」
ブレンナーが確認すると、確かに俺宛ての招待状もあった。アシュフォード子爵家の名で。
「仮面舞踏会では——私の隣に立ってください。領務顧問の名目で」
好感度、【-20】→【-18】。微増。
彼女が俺を隣に置きたがっている。「近づくな」と言った人間を、自分から隣に呼ぶ。
矛盾だ。
だが——わかる。
あの場で一人で立ち向かうのが怖いのだ。ヴィクトールと、その派閥の貴族たちと。自分一人で全てを受け止めるのが。
「近づくな」と言いながら、手を伸ばしている。
好感度の数字は-18。態度はマイナス。だが——「隣に立ってほしい」という行動は、プラスだ。
数字と行動の乖離。また、だ。
「……喜んで」
リゼットは何も言わず、書類に目を戻した。
だが——ペンを握る指の力が、わずかに緩んだのを、俺は見逃さなかった。
嘘つきの数字。正直な手。
どっちを信じるかなんて——もう、迷わない。




