第24話 王太子の求婚
ヴィクトールの滞在二日目。
午前中の領務会議に、ヴィクトールがオブザーバーとして参加した。
リゼットの隣——副官の席に、ヴィクトールが当然のように座った。俺のいつもの席だ。
俺は末席に回された。ブレンナーが申し訳なさそうな顔をしていたが、仕方がない。相手は王太子だ。
会議中、ヴィクトールは的確な発言をした。財務、治安、農政——どの分野にも深い見識を持っている。
——やりにくい。
この男が「ただの政略家」なら対処しやすかった。だが実際に有能で、知性がある。リゼットの領地経営に関しても、具体的かつ建設的な意見を述べている。
リゼットの好感度を見る。今日初めて近くで確認できた。
【+5】
変わっていない。ヴィクトールが来ても、俺への好感度は動かない。それは——ヴィクトールの存在が、彼女の「俺への意識」に影響していないということ。良い意味でも悪い意味でも。
……しかし、ヴィクトールがリゼットに何を感じているかは見えない。
会議後。
ヴィクトールがリゼットに面会を求めた。二人きりの。
俺は執務室から退室を命じられた。
廊下で待つ。五分。十分。三十分。
四十分後、扉が開いた。ヴィクトールが先に出てきた。
俺を見て、爽やかに微笑んだ。
「レン殿。少し顔色が悪いですよ。夜は早くお休みになってくださいね」
好感度、【+80】。82から2下がった。昨夜の会話以降、じわじわと下がっている。
ヴィクトールが去った後、俺は執務室に入った。
リゼットは窓際に立っていた。夕日を背に、シルエットだけが見える。
「リゼット様——」
「レン」
振り返った。
氷の表情。だが——目が、赤い。泣いていた? いや、泣いてはいない。だが、泣きそうになった痕跡がある。
「何を——話されたんですか」
「……ヴィクトール殿下から、正式な求婚を受けました」
心臓が、一拍跳ねた。
「求婚——」
「シルヴァーノ家とグランツ王家の婚姻。私が王太子妃となれば、領地は王家の保護下に入り、政治的な安定を得られます」
リゼットの声は事務的だった。まるで報告書を読み上げるように。
「条件は悪くありません。むしろ——合理的です」
「……リゼット様は、どうされるんですか」
「考えます」
好感度チェック。
【+5】→【+2】
下がった。3ポイント。
俺の質問が——踏み込みすぎたのか。それとも——
「レン。一つ聞きます」
「はい」
「あなたは——なぜ、この城にいるのですか」
静かな問い。だが——その声には、いつもの冷徹さとは違う何かが滲んでいた。
「最初は社交の勉強だと言いましたね。次に書類の手伝い。領務の参加。……全部、建前でしょう?」
「…………」
「本当の理由を、聞いてもいいですか」
リゼットの紫の瞳が、俺を見つめている。窓からの夕日が、その瞳を琥珀色に染めている。
本当の理由。
好感度のため。HPのため。生き延びるため。
——あの日はそうだった。最初は。
でも今は?
「……リゼット様」
「はい」
「最初に来た理由は——正直に言えば、自分のためでした。この城に来れば、いろいろと都合がよかったから」
嘘は言わない。今ここで嘘をついたら——たぶん、彼女に二度と近づけない。
「でも——今ここにいる理由は、違います」
「……何ですか」
「あなたが一人で全部背負っているのが——放っておけないからです」
沈黙。
リゼットの表情は微動だにしない。
だが——好感度が動いた。
【+2】→【+5】→【+8】→【+5】
激しく揺れて、元に戻った。
——揺れた。
彼女の心が、何かに反応した。でも、表に出すことを許さなかった。
「……そうですか」
リゼットは窓に向き直った。
「お気持ちは——嬉しく思います。ですが、この問題はあなたに関係のないことです」
「関係あります」
「……なぜ」
「リゼット様が——」
次の言葉を飲み込んだ。
「好きだから」とは——言えなかった。
言えるはずがない。子爵家の次男が公爵令嬢に。しかも王太子からの求婚を受けた直後に。
「——大事な人だから」
精一杯の言葉だった。
リゼットの背中が、わずかに震えた。
好感度——
【+5】→【+10】
上がった。5ポイント。小さな上昇だが——「大事な人」という言葉に、彼女の心が応えた。
だが——次の瞬間。
「レン。今日はお戻りください」
氷の声。
「明日の朝までに、考えをまとめます」
「リゼット様——」
「お願いします」
その「お願い」の声が——少しだけ、湿っていた。
俺は執務室を出た。
扉を閉める直前、振り返った。
リゼットは窓際で、一人で——ハンカチを握りしめていた。
あの日の茶会で、俺が渡したハンカチ。まだ返していなかったのではなく——持っていたのだ。
……「忘れなさい」って、言ったじゃないか。
忘れてないのは——あなたの方だ。




