第23話 好感度+85の男
セラフィーナが去ってから五日後。
「嵐」は、予告通りにやってきた。
「ヴィクトール・フォン・グランツ王太子殿下が、シルヴァーノ城を訪問されます」
ブレンナーの顔は、蒼白を通り越して灰色だった。
王太子。グランツ王国の次期国王。そして——リゼットの領地をめぐる政治劇の中心人物。
リゼットの表情は一切変わらなかった。だが——好感度が、微かに揺れた。
【+5】→【+3】。
動揺している。
「王太子殿下の訪問目的は?」
「表向きは、銀水祭の盛況を聞いてのご視察、とのことですが——」
「表向きは、ね」
リゼットの声に棘があった。
本当の目的は——政略結婚の打診。あるいは、それ以上のこと。ブレンナーも俺も、それを理解していた。
三日後。
シルヴァーノ城の正門に、王家の紋章を掲げた馬車が到着した。
ヴィクトール・フォン・グランツ。
馬車から降りた男を見て——俺は、思わず息を呑んだ。
金髪碧眼。完璧に整った顔立ち。白い軍服に金のモールが映え、まさに「王子様」という言葉を具現化したような男。笑顔は自信に満ちていて、動作の一つ一つに気品がある。
そして——頭上の数字。
【+85】
プラス85。
初対面で+85。
……は?
俺は目を疑った。
フィーネが初対面で+55だったのにも驚いたが、+85は次元が違う。しかもこの男は王太子だ。俺のような子爵家の次男に+85?
「これはこれは。アシュフォード家のご子息でしょうか。お噂は伺っていますよ」
ヴィクトールが爽やかに微笑んで手を差し出した。
「は、はい。レン・アシュフォードと申します」
「お会いできて光栄です、レン殿。リゼット殿の信頼を得ている方と聞いております」
握手。力強く、温かい手。
好感度をもう一度確認する。【+85】。微動だにしない。安定して+85。
——何だ、この数字は。
好感度の意味を思い出す。数値は「相手が俺のことをどれだけ意識しているか」×「態度の方向」。
+85ということは——ヴィクトールは俺のことを「強く意識しており」かつ「好意的な態度」を取っている。
嬉しい——はずだが。
背中に冷たいものが走った。
なぜだ? なぜ、初対面の俺を+85も意識する?
答えは一つしかない。
この男は——俺を「利用価値のある駒」として認識している。
リゼットの傍にいる人間。リゼットの信頼を得ている人間。政治的に影響力のある立場の人間。
+85は「レン個人への好意」ではない。「レンを通じてリゼットに近づける」という計算の結果だ。
——好感度が高いからといって、味方とは限らない。
思えば当然のことだ。好感度は「意識×態度」であって「好意」ではない。フィーネの+55は純粋な好意が反映されていたが、ヴィクトールの+85は——
計算された「好意的態度」だ。
歓迎の昼食会が開かれた。
ヴィクトールはテーブルの上座に座り、リゼットと向かい合った。俺は末席。フィーネは護衛として壁際に立っている。
ヴィクトールの会話は完璧だった。リゼットへの敬意を示しつつ、シルヴァーノ領の発展を称え、互いの協力関係の重要性を説く。教養に裏打ちされた的確な言葉選び。
——だが。
ヴィクトールがリゼットに語りかけるたびに、俺は彼の好感度を観察した。
リゼットに話しかけている時——ヴィクトールの頭上の数字は【+85】のまま。
待て。リゼットに話しかけているのに、俺への好感度が動かない?
いや——当然だ。頭上に表示されるのは「その人物が俺に対して抱く感情」だ。ヴィクトールがリゼットのことをどう思っているかは、見えない。
だが——ヴィクトールがチラリと俺をほうに見た時。
【+85】→【+87】。
上がった。俺を見て、上がった。
その視線の意味は——「この駒は使える」。
確信した。ヴィクトールの+85は、好意ではない。打算だ。
食後。廊下で一人になった時、フィーネが駆け寄ってきた。
「レン。気をつけて」
「わかってる」
「ヴィクトール殿下は——味方じゃないから」
「うん。俺もそう思う」
フィーネの好感度、【+65】。変わらない。この安定感が、今の俺にはありがたかった。
「リゼット様の様子は?」
「わからない。あの人は鉄の仮面だから」
リゼットの好感度は——あの後確認していない。食事の間、距離がありすぎて見えなかった。
夜。
城の廊下を歩いていると、ヴィクトールと鉢合わせた。
「おや、レン殿。夜歩きですか?」
「ええ、少し——」
「よろしければ、少し話しませんか。屋敷のバルコニーからの月光がとても美しいと聞きまして」
笑顔。完璧な笑顔。
好感度、【+87】。
……断る理由もない。いや、断るべきかもしれないが——彼の意図を知るためにも、話をする価値はある。
バルコニーで並んで月を見た。
「美しい土地ですね、シルヴァーノは」
「はい」
「リゼット殿も、大変お美しい方だ。若くして公爵の重責を担い、見事に治めておられる」
「……そうですね」
「レン殿は——リゼット殿の、何になりたいのですか?」
不意を突かれた。
「何に——?」
「私は率直に申し上げます。私はリゼット殿との婚姻を望んでいます。シルヴァーノ領と王家の結びつきは、両方の利益になる」
好感度、【+87】→【+85】。微減。本音を語ったことで、態度の好意的なカモフラージュがわずかに薄れた。
「リゼット殿にとっても、悪い話ではないはずです。王家との婚姻は政治的保護を意味します——」
「それは——リゼット様ご自身に聞くべきことでは」
「ええ、もちろん。ですが——レン殿が傍にいらっしゃると、交渉が難しくなる」
笑顔のまま、核心を突かれた。
「つまり、邪魔だと?」
「いえいえ。ただ、レン殿がリゼット殿に与えている影響は、無視できません。子爵家の次男が公爵家の当主の傍にいるのは——立場上、不自然でしょう?」
好感度、【+85】→【+82】。下がった。笑顔は変わらないが、本音が混じるほど好意的態度が剥がれる。
「ご忠告として受け止めてください。——では、おやすみなさい」
ヴィクトールは爽やかに去っていった。
——好感度+82。
今の会話で、俺を排除しようとしていた。笑顔のまま。好感度がプラスのまま。
リゼットのマイナスは「態度と感情の乖離」だった。
ヴィクトールのプラスは——「計算と好意の乖離」だ。
好感度がプラスだから味方だと思ったら——喰われる。
この男は——危険だ。




