第22話 凍った感情の名前
セラフィーナの滞在最終日。
彼女はリゼットとの会談を終え、城を去る準備をしていた。
俺は——迷っていた。
セラフィーナと話すべきだろうか。好感度が見えない相手に、何を言えばいい。
だが——リゼットの顔が浮かんだ。友人のことを心配する、あの微かな痛みの表情。
正門前。
銀髪の令嬢は馬車の前に立ち、リゼットと別れの挨拶を交わしていた。
「お世話になりました、リゼット様。次は——」
「王都の秋の舞踏会で」
「ええ。お待ちしています」
二人の会話は淡々としている。だが——リゼットの手が、わずかに前に出かけて、止まった。友人の手を取ろうとして——やめたように見えた。
セラフィーナが馬車に乗り込もうとした時、俺は声をかけた。
「セラフィーナ様」
銀髪が揺れて、蒼い瞳がこちらを向いた。
「あら、レン様。お見送りありがとうございます」
「あの——少しだけ」
リゼットが遠目にこちらを見ていたが、何も言わなかった。
俺はセラフィーナの前に立った。頭上の表示、相変わらず【???】。
「セラフィーナ様。一つだけ聞きたいことがあるんですが」
「何でしょう」
「初めてお会いしたとき——『何か見えますか』とおっしゃいましたよね。あれは、どういう意味だったんですか」
セラフィーナの微笑みが、一瞬——ほんの一瞬だけ、揺れた。
「……あなたの瞳が、少し変わっているように見えたからです。銀色の光が滲んでいた。それだけのことですよ」
嘘だ。
嘘だとわかる。好感度の数字が見えないから表情で判断するしかないが——彼女の瞳の奥に、一瞬だけ「本音」のようなものが見えた。
「セラフィーナ様。俺は——人の気持ちを理解するのがすごく苦手な人間です」
「……はい?」
「前世——子供の頃から。人の言葉の裏が読めなくて、いつも的外れなことをして、嫌われてばかりでした」
セラフィーナは微笑んだまま——だが、首を傾げた。
「だから——人の気持ちが見えたらいいのに、って思ったことがあるんです。数字で。はっきりと。そうすれば間違えなくて済むのにって」
セラフィーナの微笑みが、少しだけ——固くなった。
「でも最近わかったんです。仮に見えたとしても——数字だけじゃ、人の心はわからない。数字が嘘をつくこともあるし、数字に出ないものもある」
沈黙。
セラフィーナの蒼い瞳が、微かに揺れた。微笑みはまだ貼りついている。だが、その下にある何かが——ほんの一瞬だけ、表面に近づいた。
「……面白い方ですね」
「そうですか?」
「ええ。——ただの子爵家の次男ではないみたいです。リゼット様が傍に置く理由が、わかりました」
セラフィーナが馬車のステップに足をかけた。
「レン様。一つだけ、お教えしましょう」
「はい」
「リゼット様を大切になさってください。あの方には——味方が必要です。今後、特に」
「今後、特に——?」
「嵐が来ます。王都から」
それだけ言って、セラフィーナは馬車に乗り込んだ。扉が閉まる寸前——
彼女が、初めて微笑み以外の表情を見せた。
——寂しそうな、目。
一瞬で消えた。扉が閉まり、馬車が走り出す。
俺は正門の前に立ったまま、遠ざかる馬車を見送った。好感度の【???】は最後まで変わらなかった。
だが——あの最後の一瞬の表情。あれは「仮面」ではなかった。
セラフィーナ・ヴェール。
感情を凍結された女。常に微笑みを浮かべる女。好感度がシステムに読み取れない女。
——でも、寂しいと思う心は、まだ残っている。
「嵐が来る。王都から」。
その言葉の意味は、数日後に判明する。
リゼットが隣に来た。いつの間にか。
「……何を話したのですか」
「リゼット様を大切にしろと言われました」
「…………」
リゼットの好感度が揺れた。【+5】→【+3】→【+7】→【+5】。激しく行って戻る。
嬉しいのか恥ずかしいのか怒っているのかわからない。たぶん全部だ。
「余計なことを言う人です、あの人は」
「でも——リゼット様のことを心配してるんだと思います」
「……知っています」
リゼットはそれだけ言って、城に戻った。
その背中は——少しだけ、柔らかかった。




