第20話 好感度、表示不能
銀水祭の翌週。
シルヴァーノ城に、一人の来客があった。
「セラフィーナ・ヴェール様がお見えです」
ブレンナーの報告に、リゼットの表情がわずかに引き締まった。
「……通しなさい」
俺は執務室の隅で書類を整理していた。セラフィーナ・ヴェール。名前は聞いたことがある。ヴェール伯爵家の令嬢で、王都の社交界では「銀の薔薇」と呼ばれているらしい。美貌と知性で名高いが——
執務室の扉が開いた。
入ってきた瞬間、空気が変わった。
銀色の長い髪。透き通るような白い肌。蒼い瞳は硝子玉のように無機質で、口元には完璧な微笑みが浮かんでいる。年齢はリゼットと同じか、少し上くらいだろうか。
美しい——が、それだけではない。何か、違和感がある。
俺は反射的に好感度を確認した。
セラフィーナの頭上に浮かぶ数字は——
【???】
——は?
疑問符三つ。数字が表示されていない。今まで見たことのない表示だ。
プラスでもマイナスでもゼロでもない。「???」。
《心鏡の瞳》が——読み取れない?
「リゼット様、お久しぶりです。お変わりなく——いえ、少しお顔色がよくなられましたね」
セラフィーナの声は鈴を鳴らすように澄んでいた。完璧な品格。完璧な笑顔。
——だが。
その笑顔が、どこか歪んで見えるのは気のせいだろうか。
「セラフィーナ。王都からわざわざ?」
「ええ。いくつかの用件を兼ねて。……あら」
セラフィーナの蒼い瞳が、俺を捉えた。
「こちらの方は?」
「アシュフォード子爵家の次男、レン・アシュフォードです。一時滞在中で、領務の手伝いをしていただいています」
「あら。リゼット様が他人に領務を手伝わせるなんて珍しい」
セラフィーナが俺に近づいた。俺の前で立ち止まり、首を傾げる。
「レン様、でしたか。お初にお目にかかります」
「は、はい。よろしくお願いします」
再び好感度を確認する——やはり【???】。
何だこれは。今まで見た人間は全員、プラスかマイナスかゼロの数字が表示されていた。それが出ない。
「——何か、見えますか?」
セラフィーナが微笑んだまま、まっすぐ俺の目を見た。
背筋が凍った。
見えますか、って——何が?
まさか、俺の能力を——いや、それは不可能だ。《心鏡の瞳》は俺にしか見えないはず。
「い、いえ。何も」
「そうですか。失礼しました」
セラフィーナはくるりと踵を返し、リゼットとの会談に入った。俺はブレンナーに示されるまま退室した。
廊下で、深呼吸した。
何だ、あの人は。
好感度「???」。表示不能。《心鏡の瞳》のシステムが、彼女の感情を読み取れない。
考えられる可能性は——
一、彼女がそもそも俺に対して何の感情も持っていない。だがそれなら「0」が表示されるはずだ。
二、彼女の感情が複雑すぎてシステムが解析できない。だがリゼットの複雑な感情でもプラスとマイナスの数値として表示されていた。
三、彼女の心に、感情と呼べるもの自体が存在しない。
まるで——冷たい氷で完全に凍らされているかのように。
感情がない、のではなく——生きた感情が「停止」している?
「……何者なんだ、あの人」
フィーネが訓練場から走ってきた。
「レン! セラフィーナ様来てるの知ってる!?」
「うん、今会った」
「大丈夫だった? 変なこと言われなかった?」
「変なこと——特には。ただ……なんか、怖かった」
「わかる。あの人、笑顔なのに——目が笑ってないんだよね」
フィーネの好感度、【+67】→【+65】。セラフィーナの話題で下がった。フィーネも苦手なのだ。
「あの人、なんでシルヴァーノに?」
「表向きは社交訪問。でも……本当の目的は、たぶん別にある。セラフィーナ様は、王都の情報網の中心にいる人なの。誰が何を考えているか、全部知ってる——って噂がある」
「情報屋……?」
「そこまではわかんないけど。とにかく気をつけて。あの人の前では、絶対に隙を見せちゃダメだよ」
フィーネの言葉は真剣だった。
その夜。
自室で天井を見つめながら、考えた。
好感度「???」の女、セラフィーナ・ヴェール。
《心鏡の瞳》は、これまで出会ったすべての人間の感情を数値化してきた。使用人も、貴族も、リゼットも。数字が態度と乖離することはあっても、「表示できない」ことはなかった。
セラフィーナだけが例外。
彼女の中には——数値化できない何かがある。
それは恐ろしいことだ。
俺の能力は、全ての人間の感情を「見える化」することで安心を得る仕組みだ。見えるから対策できる。見えるから怖くない。
だが——見えない相手には、何もできない。
「……マジか」
好感度が見えない人間が、この世界にいる。
しかもその人間が——リゼットの城にいる。




