表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に転生したら、頭の上に「好感度ゲージ」が見える体質だった~ヒロインの好感度が下がるたびに俺の体力が減るので、命がけでデートしている~  作者: ハイさん
第2章 氷の令嬢と命がけの茶会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/65

第16話 忘れなさい

 茶会の翌日。


 リゼットと顔を合わせるのが、怖かった。


 怖い——なんて感情、この世界に転生してから初めてだ。好感度がマイナスになることは何度もあったが、「数字が下がるのが怖い」のではなく、「彼女に会うのが怖い」。


 その違いに、自分でも戸惑った。


 午前中は執務室を避けて、フィーネとの訓練に集中した。と言っても、心ここにあらずで三回連続投げ飛ばされた。


「レン、今日ダメダメじゃん。何かあった?」


「……いや、別に」


「嘘。わかるよ。目が泳いでる」


 フィーネの好感度、【+65】。変わらぬ安定感。だが、鋭い。


「リゼット様と何かあった?」


「……なんでわかるの」


「だって、リゼット様も今朝から様子がおかしいもん。廊下で侍女にぶつかってたよ。あの人が人にぶつかるなんて、あたし初めて見た」


 ——リゼットが、人にぶつかった。


 あの、一分の隙もない所作を持つ氷の公爵令嬢が。


 動揺しているのは——俺だけじゃないのか。


 その事実が、妙に嬉しくて、同時に申し訳なかった。


 午後。


 逃げ続けるわけにもいかない。俺は覚悟を決めて執務室に向かった。


 扉をノックする。


「レンです。入ってもよろしいですか」


 沈黙。長い沈黙の後——


「……入りなさい」


 執務室に入ると、リゼットはいつも通りに書類に向かっていた。いつも通り。完璧に、いつも通りの氷の仮面。


 だが——机の上のティーカップが空のまま放置されていた。普段のリゼットなら、使用済みのカップを机に残すことはない。


 何も言わず、自分の席に座った。書類を広げて作業を始める。


 沈黙で仕事をする。十分。二十分。三十分。


 この沈黙は重いが——不快ではない。お互いがお互いの存在を意識しながら、でも直視しない。


 一時間が経った頃。


 リゼットが口を開いた。


「レン」


「はい」


「……昨日の件ですが」


 心臓が跳ねた。


「ティーカップを壊してしまい、申し訳ありませんでした」


 ——え?


 壊した? ショコラが引っ掛けたのは俺のカップで、リゼットのカップは無事だったはずだが——


「あの後、一人で片付けている際に落としてしまいまして」


 ——ああ。


 茶会の後、一人で後始末をしたのか。震える手で。


「それは大丈夫です。カップは弁償しますので——」


「弁償は結構です。……それと」


 リゼットのペンが止まった。


「昨日の——最後のことは」


 最後。指が触れたこと。彼女が硬直したこと。あの微笑み。


「忘れなさい」


 静かな声。だが——有無を言わさない強さがあった。


「今のは——失態です。私の。公爵として、あのような动揺を見せるべきではなかった」


「いえ、俺は別に——」


「忘れなさい、と言っています」


 好感度チェック——


 【-20】→【-22】


 下がった。さらに2下がった。


 ああ——締め出しにかかっている。壁を立て直している。昨日の茶会で見せてしまった「隙」を、全力で塗り固めようとしている。


「……わかりました」


 俺は言った。


「忘れます」


 嘘だ。忘れるわけがない。あの微笑みを。あの手の温もりを。


 だが今、リゼットが必要としているのは「忘れてくれる安心感」だ。この人は——弱さを見せたことを恥じている。無防備だった自分を許せない。


 俺が「忘れない」と言えば、彼女は恐怖する。自分の弱さが記憶に残ることを。


 だから——


「忘れました」


「……そうですか」


 リゼットがペンを持ち直した。その手は——もう、震えていない。


 好感度——


 【-22】→【-18】


 少しだけ戻った。「忘れた」ことで安心したのだろう。


 だが——まだマイナスだ。茶会前の+15からは、程遠い水準に落ちている。


 分析する。


 リゼットの好感度は、「個人的な感情」が動いた時に暴落する。触れ合い、微笑み、動揺——感情が仮面から漏れた瞬間、彼女は全力で逆方向に振りかぶる。


 照れているのに、数字はマイナスに沈む。


 嬉しいはずなのに、態度は氷のまま。


 これが——好感度システムの「罠」だ。


 数値は態度を反映する。態度と感情が一致している人(フィーネのような人)なら、数値は心を正しく映す。だがリゼットのように態度と感情が乖離していると——数値は嘘をつく。


 俺は今、岐路に立っている。


 数字を信じるのか。自分の目を信じるのか。


 数字は-18を示している。嫌われている、とデータは言っている。


 でも——0.5秒の微笑みを見た俺の目は、違うことを告げている。


「リゼット様」


「何ですか」


「明日も、執務を手伝います」


「…………好きにしなさい」


 好感度、【-18】→【-17】。1だけ上がった。


 多くを期待しない。焦らない。


 「忘れる」と言った俺は嘘つきだ。でも——その嘘が彼女を守るなら、嘘をつき続ける。


 いつか、「忘れなくていい」と彼女が言ってくれる日まで。


 自室に戻る廊下で、ふと立ち止まった。


 ポケットの中に——ハンカチがない。


 昨日、リゼットに渡したハンカチ。返されていない。


 彼女は「忘れなさい」と言ったが、ハンカチは返さなかった。


 ……それだけで——十分だと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ