第三話「モチベを疎かにして効率に全ブッパする奴は大体途中で消える」
旅とは新たな発見と、不意的な危険に満ちている。
何度も思い出すが旅プくは決して生ぬるいゲームではなかったのだ。
木に張り付くイモムシも人間の目を失明させる液体を放つ。
全長10メートルほどの大クモなんて、山の洞窟で生殖を繰り返している。
また僕の年齢を見るに今は原作開始前だ。
故にやることが決まっても、世界を闊歩するうえで気を付けなければならないことがある。
まず『魔女の使徒』と呼ばれる組織とは関わりにならないこと。
僕の天敵である『ラスボス』なんて以ての外だ。
敵対された時点で寝る間もなく襲ってくるし、『魔女の使徒』は一国を凌駕するほどの勢力を有していた。
また『魔女の使徒』の行動目的は世界の一新だ。
この世界をいったん壊して作り直す、と原作において組織の一員から証言があった。
故に自分たちの邪魔をするものなら女や子供でも容赦なく殺す。
まさに僕と同じ悪役なのだ。
「ふーー、いろいろぶつかったけどなんとか下りれたーーーー!!!」
そうして山を下りた先では仰々しい街並みが広がっていた。
…………ここを収めているのは大層な貴族らしい。
馬車が安全に通れるように設計された橋があり、人々がごった返す商店街は軽快に騒いでいる。
それに今は幼児体だ。
人混みのせいで前がよく見えないし、向こうも恐らく僕が見えていない。
冷やかしの大人たちに体を押されていくのである。
「こいつは滅多に取れない魔物の素材だよ!! 一流の剥ぎ屋から取り入れた品ばかりさ!!」
「お嬢さん、誰かに渡したい手紙はあるかい?」
「うちのポーションは美容にも効くぜー! いまなら安くするよー!」
「冒険者の死因は迂闊な準備不足! 長続きする研ぎ石はいかがー!?」
「王都から仕入れた新鮮な牛肉を買っていけー!!」
「ちょ、ちょっと、ごめ、」
しかし、前を押そうとすれば人の骨をうっかり折りかねないのだ。
流れた果ての路地裏で、立ち尽くす僕である。
「…………ここがどこかもわからないのに、あーどうしよ。この体を制御するまで耐えるしかないけど」
すると、住宅地の屋根が影を作った一本道に何かしらの光源が落ちていた。
路地裏から注がれる光を反射していたのだろうか。
遠くて見ずらかったが、近くにきてみればカードである。
まあ、なんにせよ誰かの落としものならば届けるのが筋だろう。
「…………ん?」
僕はカードを拾った後、まじまじとそれを眺める。
ゲームとは違ってリアリティがあるから気が付かなかった。
…………冒険者の身分証だ、これ。
原作と設定が同じならば、これがなければ冒険者で稼いでいる誰かさんは明日の飯に困ることになる。
「じゃあ届けるか。えっとー、カードの持ち主は」
書かれた名前を見た瞬間に穏やかだった息がひゅっと止まった。
………………心臓の音が鼓膜まで響く。
周りの喧騒も何も、心拍音に覆い隠されていく。
ドクン ドクン ドクン
すぐさま路地を見渡して、端に捨てられた布をすぐ被った。
臭かろうがなんだろうがこればっかりは仕方ない。
「…………」
冒険者カードに書かれた名前はライオット・ヒューア。
魔女の使徒。
その幹部であり、No.2の実力者である。
「…………………………………………………………………………」
ああ、なんたってこうもいい出会いがないのだろう。
ヒロインとかはいないのか。
神様は僕のことをMだと勘違いしてはいないだろうか。
最強になるための覚悟はあるが、こうもトラブル続きだとゆっくりもしたくなる。
「でも、ッ~~~~届けないとまずいよなああああ…………」
フードで顔を隠して、息を整えていく。
だからようやく落ち着けてきた。
聞こえなくなった周りの環境音は、次第に大きさを取り戻していく。
…………だが。そう。届けなくてはならない。
僕からすればカードは拾い物だが見方によれば最悪、僕が盗んだように見えるだろう。
となれば魔女の使徒である彼が許すはずもない。
即バットエンドである。
………………いや待て、いったん落ち着いてみよう。
これを届ければ、僕は彼に恩を売れるわけだ。
しかし世界に触れて久しいので、戦いを極めた者の第六感とかで怪しまれれば終わりだが。
「それに僕は正義の味方になる。最強の正義の味方になるんだ。あと世界を旅したい。なら、このカードは放っておいていいのか? 違うだろ?」
一度拾ってしまった故に引き返せない状況である。
誰にこんなことを喋っているのかもわからないが、少なくとも今やることは定まってしまった。
「………………」
それに今、そのライオットさんが路地裏に来ようものなら逃げることもできない。
ろくな時間がないせいか、胃が重たくなってきた。
もう駄々をこねることも許されない状況だ。
この体の強度や能力は折り紙つき。
………………建物の屋根から、屋根に伝っていけば冒険者ギルドなんてすぐに着くだろう。
「よし、」
だが僕の想定よりもこの体は超えてしまうから。
屋根を目指すのではなく、その半分程度に届くくらいの力で跳躍すればいいのだ。
僕は息をすって地面に足をつけたり離したりする。
軽くだ。軽く。
膝も少しだけ曲げて、太ももの筋肉を凝縮させる。
「でもいけるのか? いや、いけるな。いけるいけるいけるいける………………いけッ!!」
普段の癖か腕を大きく振りかぶった瞬間、一気に視界がぶれた。
止まることもできずに上空へと投げ出されてしまう。
しかし咄嗟の判断だ。
空に投げ出される前に屋根の縁を右手で掴む。
その勢いを殺すこともできずに背中から転がった後、止まることなく住宅地の屋根から屋根に跳んでいくのだ。
「はッ、は、は、は、は、は、は、は、は、は、は、は、は………………」
なるほどようやく掴めてきた!
川を飛び越えた時は想定距離を4メートルほど超えていたが、そもそも着地点が急な登坂だったのだ。
実際はもっと高く跳べたのだろう。
具体的な距離を測る為に力を調整しながら屋根から屋根に跳んでいく。
「はは、はははははははははは…………!!」
つま先での跳躍は力をちょっと加えるだけで3メートルほど、思いっきりは怖いので後に保留。
超人的でも体の構造は人と同じだ。
それに恐らく腕の振りでも跳躍力は伸びる。
「冒険者ギルドッ!どこだ!?」
なるべく足の力だけで屋根と空をはしごしていく。
下で買い物をしている人たちは僕に気づかない。
こんな世界でも屋根を駆けていく少年がいれば目立つものだが、ろく視認すらできない速度で僕が駆けているのだろう。
「あ、あれかな? あれだな!? ゴツイ人いっぱいいるし! いやでも着地はどうする!?」
視界の奥、やや三十メートル先には赤く染まった集会所があった。
金色の装飾が玄関や屋根に施されており、大剣を背中に担いだ男や小さな紙を手にした人たちがいる。
………………だが一番の問題はどうやってこの勢いを殺すかだ。
「誰かの屋根は駄目! 崩れる! えええっとええっと!!!」
これだけの肉体だ。頭とか打たなければ不事着でも問題はない。
僕は斜めに下った坂をスライディングして、そのまま頭を両腕で抱えて転がっていく。
「ガッ。ご、ウ」
勢いのあるスーパーボールをビルとビルの間に投げればどうなるか。
この体はゴムではないが、地面に落ちるまで反射を繰り返していく僕だ。いずれ内臓を持ち上げる浮遊感が収まると、ゆっくりと立ち上がる。
「けほッ、ァーーーーーー死ぬかと思った…………」
自分の体を見下ろすが、どこも赤くはれてなければ青くもない。
………………いや、自分で言ってて恐ろしくなる。
普通ならこんな無茶すれば、骨折したりしているのが常套だろう。
「これが魔物を一晩食べた影響なのかな…………」
ワンチャン、隙さえあればライオットさんに見つかっても逃げれるのではないだろうか。
逃げ道の追加による安堵でつい呟いてしまう。
………………だが、原作最強勢はこんな感覚は朝飯前なのだろう。
未開拓の大迷宮を一晩で往復するヒロインだっていれば、海を割って島国から大陸に移動するヒロインだっている。
主人公も常識の範囲で見れば規格外だ。
実体験からもしかすると主人公たちは皆、化け物なのではと思ってみたりする。
…………そんな奴らを超えていく可能性があるのだ、僕は。
「走っている間も笑っちゃった。駄目だな、つい」
空を駆けるなんて新しい感覚に興奮してしまったのだ。
昨日よりもワクワクは止まらない。
まあ、そんなこんなで街の端から中心までの数秒間のランは終わった訳である。




